第10話 もふもふちゃん
三限、魔法生物学。
教室は一風変わって教師の研究室──魔塔。
桃色の塔の入口前に集まった生徒たちを代表してフォルトナが扉をノックする。
「はいはーい」
可愛らしい声が扉の奥から聞こえ、ぱたぱたという足音が続いた。
扉が開き、魔塔の主が姿を見せる。
亜麻色の髪でフリルが大量にあしらわれたドレスを身にまとった小さな女の子である。
「え、子供?」
現れた少女を見てついついリオンが口を滑らせる。
栗色のぱっちりとした瞳がリオンを睨む。
「子供じゃないです! ユップ・ハーメルン。魔法生物学の先生です!」
教師を名乗った少女は自らを大きく見せるために胸を張り、ふんすと鼻を鳴らす。
生徒たちから胡乱の視線がぶつけられた。
ユップはやれやれといった様子で肩を竦めると、腰に付けたポーチから鍵をひとつ取り出した。
「これが証拠です!」
「え、あれって塔の鍵じゃ……」
「てことは本当に先生なの!?」
何人かの生徒がユップが見せた鍵に反応を見せる。
彼女が取り出したのは塔内の全ての扉の施錠を管理するマスターキーだ。これはその塔の塔主──つまり教師にのみ与えられるもので、他人に譲渡したり貸与する事は出来ないものだ。
要するにマスターキーを持っているということはアスモディアの教師である事を示しているのだ。
全員が彼女を教師と認識したところでユップは鍵をポーチにしまう。
「さてとっ。誤解も解けたようですし、早速授業に移るです。──と言っても今日はオリエンテーションです。皆さん先生の塔の中へどうぞです」
ユップはニコリと微笑むと、生徒たちを自らの魔塔の中へ誘った。
しかし生徒たちは躊躇うように、なかなかその場から動こうとはしなかった。
当然だ。
魔塔とは魔法界の第一線を行く魔法使いの研究室。どんな危険なものがあってもおかしくはない。最悪一歩踏み入れたら死、ということが平気で有り得るような所なのだ。
余程図太いか鈍感な神経をしていない限り、我先にと飛び込んでいく者はいないだろう。
リオンもそう思っていたのだが──
「私は行きますわ」
先頭に立っていたフォルトナが言う。
他の生徒から奇異の目を向けられるが、それでも彼女は堂々とした態度で扉の前に立つ。
そしてゴクリと喉を鳴らすと、勢いよく扉を開き、中に飛び込んだ。
「フォルトナ様、待ってください!」
「私達を置いてかないで〜」
フォルトナに続くように彼女の取り巻きの二人が魔塔に入る。
「あいつらスゲェな」
こればかりはリオンも素直に感心した。
他の人たちもそう思ったのか、最初に入った三人を皮切りに次々と魔塔の中へ入っていく。
リオンの袖が引っ張られた。
「私達も行きましょう」
「あぁ!」
セシリアに促され、リオンも入口へ向かって歩き出す。
ふと、彼は後ろを振り返った。
「……ウノも行こうぜ」
「…………」
ひとりぽつんと佇んだままのウノに声を掛ける。だがやはり返事は返ってこなかった。
彼女は早足でリオンの横をすり抜けると、一人で魔塔の中に入っていった。
その後をリオンはただ眺めていた。
先程からずっとこの調子である。
魔法薬学の実習で出来た僅かな亀裂。これが思った以上に大きくて、リオンは何度もウノに無視をされていた。
そのせいかリオンも暗い顔をしていた。
「……リオーネさん。早く行かないと、私達が最後みたいですよ」
「あ、うん……」
再びセシリアに促され、リオンは心の内にモヤを抱えたまま魔塔の中へ踏み入った。
▼
まず初めにセシリアが小さく声を上げた。
リオンも他の生徒たちも眼前に広がる光景に目を奪われる。
そこには──『楽園』が広がっていた。
「……か……──かわいい!!」
ついにセシリアが大きな声で叫んだ。
リオン達の目の前にいたのは首輪を付けた愛くるしい見た目の魔法生物学たち。
それらは魔塔の中で放し飼いにされており、あるものは寝て、あるもの達は追いかけっこで遊んでいる。
不意にリオンの足元にフワフワの毛玉のような魔法生物が寄ってきた。
「きゅい?」
「うぐッ」
毛玉から覗く丸い瞳に上目遣いで見つめられ、心臓を矢で撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
気がつくと彼はその毛玉を胸に抱えていた。
「……ん?」
ふと横を見ると、セシリアが羨ましそうな目でリオンを見ている。
彼は苦笑いをする。
「セシリアさんも抱っこする?」
「いいんですか!? ……で、ではお言葉に甘えて……」
リオンがセシリアに毛玉を手渡す。すると彼女はそれをぎゅっと抱き締めてだらしない笑みを浮かべた。
「はあぁ、癒されますぅ……」
「……癒しだなぁ」
毛玉によって完全に油断したセシリアを見て、リオンもまただらしない顔をさらけ出した。
そんなことが各所で行われていると、突然ぱんっという音が鳴り響いた。
「きゅい!?」
破裂音に驚いて毛玉がセシリアの手から放れる。
「あっ」と小さな声を漏らしたセシリアは非常に残念そうな顔をしていた。
リオンは彼女から視線を外すと、手を鳴らした張本人、ユップに目を向けた。
「すでに皆さんここが気に入ったようですね。さて、今日のオリエンテーションの内容なのですが、いま皆さんがやっていたように、ここにいる魔法生物ちゃん達とふれあってもらうです。ふれ合いを通して魔法生物ちゃんの特性などを知って貰えたら嬉しいです」
ユップの言葉を聞いた生徒達から歓喜の声が沸き上がる。
先程まで悲壮な顔をしていたセシリアもそんな姿はどこへやら、今は目をキラキラと輝かせていた。
「ただ二点、注意があるです。一つ、魔法生物ちゃん達が嫌がるような事はしない事。二つ、地下へは入らないこと。この二点を守ればあとは自由にしていいです」
「どうして地下へは行ってはならないのですの?」
皆が疑問に思っていることをフォルトナが問いかける。
それに対し、ユップは精一杯声を低くして脅すように言った。
「地下には恐ろしいモンスターちゃんがいるのです」
ユップの言い方はまったく怖くなく、むしろ可愛かった。
しかしモンスターという単語が生徒たちに緊張感を与えた。
皆が息を呑んで押し黙ると、ユップは脅かしすぎたと思ったのか、あわあわと忙しなく手を動かした。
「恐ろしいモンスターですが、きちんと躾はしてるので間違えて地下に入ってしまっても死ぬような事はないですよ」
幼女の口から死という言葉が出てきたことには驚いたが、危険は無いと知り場の緊張感が少しほぐれた。
ユップが安心したように息を吐き、もう一度優しく手を叩いた。
「それじゃあ、自由にふれあっていいですよ」
ようやくユップの許可が下り、生徒達が自由に魔塔の中を探索し始めた。
ずっとウズウズしていたセシリアにリオンが声をかける。
「セシリアさん。オレたちも……」
「はい! 行きましょう!」
リオンが誘うとセシリアは颯爽と魔法生物たち目掛けて駆けていった。
それを微笑ましい気持ちで眺めたリオン。彼は後ろを振り返った。
「…………」
しかしそこに人影はなく、あるのは古びた扉のみ。
リオンから小さなため息が漏れた。
「リオーネさん? どうしました?」
「……いや、何でもないよ」
リオンは脳内にかかるモヤを頭を振って払うと、セシリアと共に行う魔法生物とのふれ合いに集中を注いだ。
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