第4話 聖域
空を飛び、アスモディア魔法女学校までやってきたリオンとセシリアは、校門の前に着陸した。
着地の時は相変わらずの自由落下で、地面にぶつかる直前にセシリアが風魔法で衝撃を受け止めた。
その際にリオンが絶叫を上げていたのは言うまでもないだろう。
「リオーネさんって意外と怖がりさんなんですね」
「これに関してはセシリアさんの肝が太すぎるんだよ」
「そうでしょうか?」
「あー、……いや、うん。もういいや。それより早く行こうぜ」
「そうですね。せっかくここまで来たのに遅刻で入学出来ないのは悲しいです」
セシリアの鈍感な部分はひとまずスルーして、二人は急ぎ校門へ向かった。
校門の前までやってくると、そこで鎧を身につけた警備員に呼び止められる。
「お前たち、新入生か?」
「はい」
「名前は?」
「リオーネ・クラシア」
「セシリア・ウィングです」
「リオーネとセシリア……。あぁ、確かに。確認もしたから通っていいんだが、入学式まで時間がないぞ。間に合うのか?」
「どうでしょう。ギリギリといったところでしょうか」
警備員の問いかけにセシリアが苦い顔をする。そんな彼女の肩に手を置いて、リオンは不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫。今度はオレに任せてくれ」
「リオーネさん?」
「ふむ……どうやら心配は要らないみたいだな。アスモディアを大いに楽しんでくれ」
警備員はそういうと、リオン達に道を譲った。
心配そうな顔をしたセシリアがリオンを見る。
「何か手があるんですね」
「あぁ。──ちょいと失礼」
「──きゃぁ!」
リオンはセシリアの返事を待たずに彼女の足と背中に手を回すと、そのまま彼女を抱き上げた。
セシリアは最初こそ驚いた声を上げたが、抵抗はせず、むしろ楽しそうに目を輝かせた。
「お姫様抱っこなんて人生で初めてされました!」
「相手がオレでごめんな」
「いえ、嬉しいです!」
「〜〜〜〜っ!」
彼女の言葉が"リオーネ"に向けられたものであると頭では分かっているのだが、それでもリオンは顔を赤くさせずには居られなかった。
彼は誤魔化すように咳払いをすると、校内と外界を隔てる境界線──すなわち、校門の真下までやってきた。
すると、リオンの足がぴたと止まる。セシリアが首を傾げ、リオンの見ている方に顔を向ける。そして、納得した。
「これが噂の『男除けの結界』ですね?」
「あぁ、これこそがアスモディアが聖域と呼ばれる所以だな」
アスモディアは開校以来一度たりとも男を校舎に入れたことが無い。
それは学校の敷地内を囲むように展開された結界が原因だ。
通称『男除けの結界』と呼ばれるこいつはその名の通り、結界内に男が侵入すると校内にある全ての施設に連絡が行くようにプログラムされている。もしそのような連絡が伝わると各施設に常備している警備員や手の空いている教師達が侵入者を排除するためにやってくる仕組みだ。
過去に幾度かそのような事件が起こったが、結果はアスモディアの結界の無敗記録を高めるだけだった。
侵入を企てた男たちに関しては監獄へ送られたり、最悪殺された、なんて噂もある。
「……っ」
リオンが口内に溜まった唾を飲み込んだ。
どうやらここまでやって来てなお、覚悟が決まらない様子である。
セシリアと恋仲になるためにリオンはこの学校への入学を決めた。
そのために新たな戸籍を偽造したし、血のにじむような努力をして様々な魔法を習得した。変身魔法もその内のひとつだ。
しかし、アスモディアの結界は変身魔法さえも見破る効果がある。
リオンの変身魔法は少し特殊であるため、結界が反応しない可能性の方が高いが、確かめてみないことにはなんとも言えない。
もしダメだったらと考えると、リオンはその先へ一歩踏み出すことが出来なかった。
「────さん」
「…………」
「──ーネさん!」
「…………」
「リオーネさん!!」
「……セシリア?」
負の感情に囚われて、延々と思考の渦に流されていたリオンの意識をセシリアが引っ張り上げる。
彼女は悲しそうな顔でリオンのことを見あげていた。
「大丈夫ですか?」
「──っ!?」
その一言はリオンにとって金槌で頭を殴られるよりも重たい一撃だった。
好きな人に悲しい顔をさせた。その事実がリオンの脳内を満たしていた思考を吹き飛ばす。
知らず、リオンは笑っていた。
「今更何を考えてんだか……」
「何か悩み事ですか?」
「いや、もう解決したよ。セシリアさんのおかげでね」
「私の? それってどういう──」
「おっと、もう時間がないな。セシリアさん、しっかり捕まっていてくれよ。全力で行くからさ!!」
リオンが忠告すると、セシリアは文句も言わずに即座に抱きつく腕に力を込めた。
それを合図にリオンは全身を循環する魔力の流れる速度を速くする。
もう顔が赤くなるなんてことはない。そんなことをして彼女との幸せな学園ライフを水に流すわけにはいかないから──。
リオンの足が校門を跨いだ。
結界は静かなままである。それはリオンの正体が男だとバレなかった証であり、史上初めてアスモディアが男の侵入を許した瞬間であった。
リオンは自分が罪人となったことを自覚する。
ここから先は一瞬の油断も失敗も許されない。
しかし今は何よりも、入学式に間に合わせることが先決であった。
彼は早馬よりも速いスピードで本校舎まで駆けていった。
▼
現在時刻、九時五十九分五十秒。
入学式開始まで残り僅か十秒。
本校舎の一階の端にある大広間の入口に二人の教師が時計を眺めながら立っている。
秒針が刻一刻と時を進める。
七、六、五、四…………。
その時──長い廊下の奥から人影が現れた。それは歪な形をしており、徐々に大広間へと近づいてくる。
──三。
教師が扉に手をかける。入学の入口が閉ざされ始めた。
──二。
人影の正体があらわになる。
それは二人組の生徒だった。
一人がもうひとりの生徒を抱えて走っている。
──一。
扉はほとんど閉ざされた。
残るは人がひとり通れるかどうかという隙間のみ。
抱き抱えられた生徒が天を仰ぐように顔を上に向ける。
走る生徒は歯を食いしばって大きく足を前に伸ばした。
そして──○。
扉は完全に閉ざされて、二人の教師が鍵をかける。
それにより本年度のアスモディア魔法女学校の新入生が確定された。
真っ暗だった大広間に照明がつけられる。
大広間の中央にはキャラメル色の制服を身につけた女性達がずらりと並んでいた。
彼女らこそがこれからアスモディアで育っていく魔女の金の卵達である。
「──はぁ、はぁ、はぁ……」
「──ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
そしてもう一組。
照らされた大広間の隅にある入口の"内側"。
そこに息を切らしながら座り込んだ二人の女子もまた、アスモディアに認められた金の卵となった。
「セシリアさん。約束は守ったぜ」
「はい。かっこよかったですよ、リオーネさん」
リオンとセシリアはお互いに顔を向き合わせると、どちらからというわけでもなく、高らかな音を響かせて、ハイタッチをした。
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