第3話 空の旅
「本っ当にありがとうございました!!」
ミミと手を繋いだ母親がセシリアとリオンに頭を下げた。
彼女はお礼をしたいと言っていたが、二人は時間が無いと言って断った。
「お姉ちゃん、魔女お姉ちゃん、さようならー」
「うん、ばいばい」
「もうはぐれるなよー」
手を振るミミに手を振り返して、セシリアとリオンはその場を去った。
迷子の子供の問題に関してはこれにて一件落着だ。
しかし、二人にはもうひとつの問題が残されていた。
「それで? ここからどうやってアスモディアの入学式に間に合わせるんだ?」
現在時刻は九時四十五分。ここからでは足で走っても馬車を走らせても入学式には到底間に合わない。
その事を理解しているリオンがセシリアに問いかけると、彼女はにこりと微笑んだ。
「飛びます」
「…………なんて?」
「ですから、空を飛んで行くんです」
「────はあ!?」
セシリアのあまりに非現実的な提案に唖然とするリオン。そんな彼を前にしてセシリアは平然として見せた。
そもそも飛行魔法というものは小説やおとぎ話に出てくるもので、現代の第一線で活躍するような魔法使い達でさえ未だ実現出来ていない代物だ。
それを一介の見習い魔女が使えるわけもない。
しかし、セシリアの顔を見るに、とても冗談で言っているようには見えないのだ。
リオンは大きなため息を吐くと、彼女を信じてその提案を受け入れた。
「分かったよ。もうキミが何を言っても驚かない。──それで、どうすればいいんだ?」
「私に抱きついてください」
「はあああ!?」
驚かないと誓った直後に大きな声を上げて驚くリオン。
なんて大胆な発言なんだと思ったが、しかしすぐに何の不思議もないことに気がついた。
セシリアからしてみれば今のリオンは女の子だ。同性の人間に向けた発言だと捉えればなんら不思議はない。
むしろそれしきのことでいちいち声を上げるリオンの方が不思議である。
「いや、しかしなあ……」
「どうしたんですか? 早くしないと入学式に間に合いませんよ」
「うっ……」
それを言われてはリオンに返す言葉はない。彼は大人しくセシリアの腰に手を回した。
「それだと落ちてしまいますよ。もう少ししっかり抱きついて下さい」
「くぅぅ……! もうなるようになれだ!!」
リオンの内心など知る由もないセシリア。彼女に言われ、リオンは半ばヤケクソ気味に抱きつく力を強くした。
セシリアが満足そうな声を上げる。
「それじゃあ行きますね。手は絶対に放しちゃダメですからね。放したら落ちて死んじゃいますよ」
「あぁ! 分かったから早くしてくれ。……恥ずかしさで死んじまう!!」
「分かりました。では──【
「え? ────ぎゃあああぁぁぁ──…………」
セシリアが飛行魔法ではなく簡単な風魔法を詠唱した直後、二人は遥か上空へと打ち上げられた。
地上にはリオンの絶叫だけが残された。
▼
「──落ちるううううう!!!!」
上空へと打ち上げられたリオンの絶叫は放物線を描くように今は地面へ向けて急速に落下していた。
このまま行けばあと数秒と経たずにリオンの意識はあの世へと送られること間違いなしだ。
リオンが己の死を確信したその時──セシリアが先程と同じ魔法を放った。
「【突風】」
すると落下する力が無くなって、再び斜め前方へ上昇を始めた。
しかしそれも一瞬のことで、少し経つとまた地面へ向けて落下が始まった。
だがその度にセシリアが魔法を放ち、リオン達はいくつもの放物線を描きながら少しづつ前へ前へと進んでいった。
少しずつとは言っても障害物がないため地上を走るよりも何倍も速く進んでいる。
リオンが大声で叫ぶ。
「セシリアさん!! これって本当に飛行魔法なのか?」
「違いますよ。風魔法で擬似的に飛行魔法を再現しているだけです」
「再現て……」
さらりと言ってのけるセシリア。
確かに飛行魔法の術理を大成させるよりは簡単そうだが、それでもリオンの才能では不可能だ。
リオンは改めてセシリアの才能の大きさを思い知らされた。
彼がそんなことを考えていると、今度はセシリアが口を開いた。
「私からもひとつ聞いていいですか?」
「なに?」
「あの、どうして私の名前を知ってるんですか? 初対面ですよね?」
「え!?」
セシリアに尋ねられ、顔を青くするリオン。思い返せば彼女が名乗る前に彼女の名前を呼んでしまっていた。
どうやって誤魔化そうか。
いや、いっそのこと今ここで正体を打ち明けてしまおうか。
──いやいやいや。何を馬鹿なことを考えている!?
ここでもし男だと名乗り出たらこのまま地面に振り落とされるに決まっている。
だいたい男になったところでセシリアに認知されていないことに変わりは無いのだから余計なリスクを負う必要はないはずだ。
熟考の末、リオンは一旦誤魔化すことを選択した。
「いや、あの、筆記試験の時に隣で、セシリアさんの見た目は目立つからそれで覚えていたというか……」
若干苦しい言い訳に聞こえるが、言ってしまったものはもうどうすることも出来ない。あとはセシリアが信じてくれるかどうかにかけるしかない。
リオンは恐る恐るセシリアの顔を覗いた。
「そうだったのですね! ごめんなさい。私ったら忘れてしまっていて……」
「仕方ないよ。たった二時間やそれくらい隣の席にいた人を普通は覚えられないって」
「いえ、私、一度見た人の顔と名前はすぐに覚えるタイプなんです」
「え……」
「……緊張していたのでしょうか。覚えていなくて本当にごめんなさい」
「…………いや、大丈夫だいじょうぶ……あはは」
一瞬疑われたかと思ったがセシリアが素直なおかげで助かった。
しかし些か素直すぎる気もする。このままだと悪い男に騙され、不幸な目にあってしまうかも知れない。
「セシリアさんだけは絶対に守るからな」
「へ……?」
「あ、いや、なんでもない」
ついつい口に出してしまい、誤魔化すリオン。そんな彼の顔をセシリアがじっと見つめる。
「えっと……なにか?」
「そういえば私、あなたの名前を聞いてませんでした」
「あれ? そうだっけ?」
「はい。教えて頂けますか?」
「もちろん」
セシリアの問にリオンは快く頷いた。
男の名前──つまり本名を言うことは当然できない。まさかリオン如きがセシリアに覚えられているなんてことは無いと思うが、先程判明した彼女の特技のこともある。
リオンは念の為、入学に際して考えた偽名を答えた。
「オレの名前はリオーネ・クラシア。リオーネでいいよ」
「リオーネさんですね。……はい、覚えました」
「本当に記憶力がいいんだな」
「今度は忘れません!」
「あはは、そうしてくれると助かるよ」
セシリアが変なところで気合いを入れるものだからリオンはついつい吹き出してしまう。
するとその反応が面白くなかったようで、セシリアは頬を膨らませ、前を向いてしまう。
すると──。
セシリアがリオンの名前を呼ぶ。彼女は前方を指さしていた。
「リオーネさん。見えて来ましたよ」
「え? ──あ、もしかしてあれが……」
「そう。これから私たちが通うことになる学舎──アスモディア魔法女学校です!!」
セシリアに促され、リオンがそちらに目を向ける。
ふたりの眼下にあったのは歪な形をしたお城である。
まるで子供が積んだ積み木のようなアンバランスな造りをしているが、これこそがアスモディアの本校舎だ。
城の隣には生徒全員を入寮させてもなお部屋に余りがあるほど大きな寮が、裏には巨大な庭園があった。
魔塔と呼ばれる無数の塔がそれらを取り囲むように建ち並び、アスモディアへ訪れる者を睨みつける。
そしてさらにそれらを取り囲むように巨大な結界が展開されており、その中に含まれる全ての建物がアスモディアの所有物であると内外に知らしめているようであった。
下手をすれば先程の街にも匹敵するほどの大きさの敷地。
それを前にセシリアの胸中には驚愕を通り越して呆れる気すら湧いてくる。
しかしリオンはそれ以上に胸を踊らせていた。
これから始まる新たな学園生活に大きな期待と大きな不安を抱え、二人の新入生はその門を叩く。
現在時刻は九時五十五分。
入学式開始時刻まで──残り五分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます