第十一幕 孤高の人
「まだ、君たちは信じられんだろう。けれども、本当の内容だよ。神が時計を持ち込んだ聖地だから掘り起こして調べることは出来ないけど……。動力は風や水、土のエネルギーを借りているのかもしれん」
しかし、俺はいくら根本さんの真剣な話を聞いても半信半疑である。また祖父からかつて言われたことを思い出してしまう。
日本人は大和時代から、天空・大地・山・海・太陽・月・星の万物、雷・雨・風の気象、樹木・森林などを神々として崇めてきたらしい。根本さんは時を刻む歴史をさらに詳しく教えてくれる。
「日本書紀によると、最初に時計が作られたのは西暦660年。天智天皇の時代だと言われているんだ。最初、知った時はまやかしのトリビアだと思ったけど、いずれも自然信仰と繋がっていると聞いてビックリしたよ」
人々が「時」を考え始めたのは何千年前のことであり、紀元前五千年頃にはエジプトで日時計が作られたという。時を計るための道具は、ほかにも水時計、砂時計、火時計などがあるそうだ。
しばらく、彼との真剣なやり取りが続いてゆく。これも医師を目指す立場として、聞いておきたい事柄であった。
「だけど、命をつむぐ時計とはどう関係してくるのでしょうか? 」
「僕だって知らなかった。けど、世の中には科学だけでは説明できないことが多すぎる。そう思わないか」
「はい、同感です。なら、もうひとつその時計台は誰が創造したのですか?」
「君は聖書を読んだことがあるかい?」
「いいえ」
「わたし、少しなら……」
薫が口を挟んできた。言葉では濁しているが、実のところ自信があるらしい。ミッション系の大学に通っており、少しは研鑽を重ねているようだ。
「僕は無神論者だった。少なくてもこの小説を知るまでは」
根本さんは小説に書かれた一節を説明してくれる。そこにはさらに不思議なことが書かれていた。見方によれば、彼の言うとおり都市伝説のようなものである。
数千年前に、西洋の国にアエスという名の神がいた。彼は異教徒から迫害され、カルダモンの丘で磔にされそうになる。
ところが、弟子のひとりが彼を助けるために身代わりとなり死んでしまう。彼は他の弟子たちと異なり、一切の見返りなど求めていなかった。
ただ亡くなる間際に、天から舞い降りる神により託された「命の時計」を使って、丘に横たわるアエスの命を107歳まで生きられるように延ばしたらしい。
三日後に復活した神は、エジプトのピラミッドから太陽の舟「マンジェット」に乗り、嵐や冥界の試練を乗り越えて、日本の東北地方にたどり着いたという。
根本さんは純然たる科学者のひとりなのに真顔で語ってくる。
今でも、村の青池近くにはレリーフが建っており、この経緯がこと細かく残され、近くにはふたつの墓が作られているという。
ひとつは亡骸、もうひとつは彼の遺髪らしい。地元の人々は古き良き村と偲び、自分たちの故郷、「新郷村」として崇めているそうだ。
もちろんのこと、知れば知るほど、まゆつばの類いだとは思っていた。
「でも、教授、遠い国からどうやって日本に来たのでしょうか?」
「ヒントは、ひとつだけあるんだ。エジプトのクフ王のピラミッドには、太陽の舟の壁画が実際に描かれている」
「けど、あり得ないでしょう」
「いや、ソーラのエネルギーで異次元のワームホールを利用したのかもしれん」
「何千年も前に、そんなバカな! 」
「ならば、聞こう。あり得ない根拠はどこにあるんだ。我々だって、千年前の時代がどんな世界であったなんてわからん。現代が最先端の科学と決めつけるのは人々の傲りかもしれないのだから」
根本さんの表情から、彼が珍しく熱くなっているのが伝わってくる。けれど、俺も同じような気持ちかもしれなかった。ふたりのやり取りを黙って聞いていた薫が、ついに堪忍袋の緒が切れたように口を開いてくる。
「先生。でもなんで、恋人同士では願いごとが叶えられないのですか?」
薫にとっては、会話が大詰めを迎えているのに、この些細な一節が気に入らなかったらしい。どこまでもけなげな彼女らしい発想にビックリしてしまう。
「僕にもよく分からん。小説の話は一旦ここまでにしておこう。そう言えば、君は白血病のドナーについて知っているかい?」
突然、彼は何を思ったのか、本来得意とする白血病の話を口にしてきた。でも、小説の世界とはかけ離れており、少しだけ違和感を抱いてしまう。
「はい。何となくですが」
医者を志す学生の立場と共に、彼女を心配する恋人として、ドナーの件は少なからず理解していたつもりである。
「親族が不適合なら、赤の他人を見つけなくてはならない。これは生みの苦しみだ」
「はい。大変なことです」
「善意ある人たちには入院費以外に何の見返りもないだろう。あるのは彼らの無償の愛だけ。世の中は理屈や金ではなく、心でつむぐものの方が尊いのでは。あとは神のみぞ知るじゃないのかなあ……」
俺たちは随分と長く話をしていた気がする。
窓からは沈みかける夕日を浴びて、店の白壁が茜色に染まっていた。帰るタイミングだと知っていたけれど、根本さんの席を外す機会をうかがうように、店のマスターが駆け寄ってくる。
「寂しい人だけど、寄り添ってあげてよ。前にお孫さんとお嬢さんを……」
ところが、根本さんの顔が見えたので、やり取りが途切れてしまう。彼の話には何か触れたくない特別な秘密がありそうだ。なぜかしら、もっと知りたくなる。
「はい、ありがとうございます」
そう、マスターにお礼を短い言葉で伝えて、ユートピアとなるツインレイの店を後にした。彼は何を思ったのか、俺たちにずっと頭を垂れて見送ってくれた。
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