八岐大蛇

華月と綾乃は甲府に到着していた。時刻は23時。友里の元服まで後25時間。綾乃は甲府市内のラブホテルに車を停車させた。

「華月様、今宵はひとまずお身体を休ませましょう。明朝、日の出と共に、行動を開始いたします。」綾乃は言うと、華月は頷く。綾乃は華月を支えながら部屋に入り、華月をベッドに寝かせる。

「綾乃さん...。すまない。こんな事になってしまって...。」華月は綾乃に謝る。綾乃は黙って首を横に振る。

「今はお休み下さい。」綾乃は優しい笑みを浮かべると華月の胸に手を置いた。

「解毒剤を持って参ります。」綾乃は洗面台に行こうとした所を華月は呼び止める。

「解毒剤と水は2つお願いします...。」華月は綾乃に言う。綾乃は少し考えるも洗面台に姿を消す。華月は綾乃が姿を消した事を確認して、ポケットから白い包み紙を取り出し手に握る。やがて、綾乃が白い包み紙を持って、ベッド脇に来ると華月は上体を起こした。

「...綾乃さん、慎司達から距離を置いたのにはもう一つ訳がある...。」華月は言う。

「何でございましょう?」綾乃は聞く。

「毒だ。喰らってみて初めてわかるが...、コレはかなりのものだ...。」華月はフゥと一息付く。綾乃はそんな華月を気遣う。華月は綾乃の手から、包み紙と水を受け取る。華月はわざと包み紙を胸元に落とし、布団の中で右手に持っていた、包み紙とすり替える。何事もなかった様に話を続ける。

「もしかすると、周りにも感染させる能力があるかも知れん...。いや、多分そうだ...。如月の鬼がヤツに吸い取られる直前、ヤツの記憶を見た。村を滅ぼす程の感染力を持っている...。」華月は言うと、綾乃のお腹をさする様に手を伸ばす。

「この子の為にも...、綾乃さんも飲んでくれ...。」華月はそう言うと、自分の手から包み紙を綾乃に渡す。綾乃は華月の想いを汲み取り、黙って薬を飲んだ。

「さぁ、華月様もお飲みになって下さい。」綾乃はもう一つの包み紙を華月に渡す。華月は黙って飲んだ。

「綾乃さん...。少し休みます。」華月はそう言うと目を瞑る。綾乃は華月の傍らで華月の様子を見ていた。暫くすると、綾乃の静かな寝息が聞こえてきた。華月は綾乃を起こさない様にゆっくりとベッドの反対側からその身を起こす。感染する毒、それは華月の嘘であった。

(綾乃さん、赦してくれ...。その身に万が一の事があれば俺は...。)華月は心の中でそう言うと、静かに部屋を出た。駅前でタクシーを拾った華月は、樹海近くのコンビニで降りる。時刻は午前2時。華月は樹海の中にその姿を消した。


時刻は午前8時。ベッドに突っ伏していた、綾乃は目を覚ます。華月の姿がない事を瞬時に悟った綾乃はすぐに身支度を整え、チェックアウトした。

(華月様...、華月様のお気持ちはありがたいのです。ですが、華月様の身に何かあっても、同じ事なのですよ。わたくしも、4か月となるこの子も華月様がいなければ、何の意味もなさない。どうかご無事で...。)そんな想いを抱きながら、車を樹海に走らせる。入り口付近に来ると、警察の物々しい警備がそこにはあった。近くの駐車場に車を停め、周りの野次馬に話かける。

「何かあったのですか?」

「殺人事件みたいよ...。」野次馬の叔母さんは言う。綾乃の鼓動は激しくなる。

「何でも、バラバラにされた遺体が見つかったのだとか...。それも1人じゃないみたい。」叔母さんは言う。綾乃はすぐにスマホを取り出すと、ネットを調べだす。30代と思われる、男女のバラバラ遺体、人外のバラバラ遺体が見つかったとネットニュースでは呟かれていた。綾乃はホッと胸を撫で下ろすも、すぐに冷静さを取り戻す。

(この物々しい警備で入り口から樹海内に入るのは無理ね。)綾乃は車に戻ると、車を移動させる。車を本栖湖駐車場に移動させた綾乃は忍び装束に着替える。

(ここから探して行くしかないわね。)綾乃は人目のない事を確認し、車を降り森の中に姿を消した。


時刻は12時。友里の元服まで後12時間。如月家には、慎司、沙希、マリア、鈴音、美代が集まっていた。

「異界の門と言えど、妖力のない華月の元に、召喚する事は不可能じゃ。先にお主らを樹海の入り口に送る。樹海は広い。風穴、洞窟も数多くある。儂は玉藻前様、直人を迎えに行って樹海に戻ってくる。慎司くん、見つけたら妖力を解放するんじゃ。それを感じ取り、異界の門を慎司くんの元に召喚する。良いな?」美代は言う。

「了解しました。俺らは共に行動しよう。」慎司は沙希、マリア、鈴音に言うと皆頷く。如月家の庭に出た美代は異界の門を召喚する。眩い光を放ちながら、門は開く。

「さぁ!ゆけ。」美代は言うと、4人は異界の門に入った。4人は森の中に放り出された。パトカーの赤い光が見えた。突如、ピィーという笛の音が聞こえ、警察官が駆け寄って来るのが見えた。

「そこの4人!どこから入った?ここは立入禁止区域だ。」警察官は叫ぶ。

「マズい!逃げるよ!」慎司は言うと皆森の奥へと走り出す。

「あ、コラっ!待ちなさい!」警察官達は追いかけて来る。

「俺はともかく、皆はマズいな。」慎司は走りながら、フルムーンを一粒服薬した。見る見る獣人化し、右腕で鈴音を背に乗せ、そのまま右腕で沙希を抱き抱え、左腕でマリアを抱き抱えると、跳躍した。

「あれっ⁈どこに行った?」警察官達は慎司達を一瞬で見失った。


神殿の奥、友里は瞑想していた。

(コレは白狼か?位置的にはまだまだ遠いな。だが、いつでも動ける様にしておくか。クククッ。この神殿に辿り着けるか見ものだ。)友里は配下に神殿を作らせる時に、樹海中の風穴、洞窟に手を入れさせた。中には行き止まり、中には永遠にループする場所、それはさながら、地下の迷路となっていた。


時刻は17時。玉藻前、直人と合流した美代は慎司からの連絡を待っていた。

「遅くないっすか?」直人は言う。

「...美代さん、もしかすると、樹海事態に結界は張り巡らされておらんか?」玉藻前は言う。玉藻前の言葉を聞いて、美代はハッとする。

「迂闊じゃった...。そうじゃ、きっとそうじゃ!」美代は言うとすぐに異界の門を呼び寄せた。

「入り口にしか行けんが行こう。」美代はその身を門の中に投じた。直人、玉藻前も続く。昼間大勢いた警察は少人数となっていた。それでも見つからない様に森の奥へと進む。暫くして、1つの穴を発見する。

「ここは既に入ったみたいだ。慎司殿と女子の匂いがする。今はいないみたいだ。」玉藻前は言う。

「地道ですが、コレで探って行きましょう。スマホは使えないみたいだし。」直人は言う。入り口の狭い所は直人が百足となり、中を確認する。


(直人も来たか...それに玉藻前と水影の婆さんか...。さぁ、この迷宮を突破出来るか?後、5時間しかないぞ。)友里は笑った。

「そろそろ準備を。」友里は老婆に言う。老婆は頭を下げると姿を消した。


慎司達は華月の匂いを見つけて、後を追っていた。綾乃の匂いがしない事から、2人は別行動であると慎司達にはわかっていた。

「ったく、あの身体で無理しすぎだよ。これで何個目のスカだよ...。」慎司は言う。更に華月の匂いを追う。

「‼︎」慎司は辺りを見渡す。

「どうしたの?」沙希は聞く。

「匂いが強くなった。」慎司は言うと皆も辺りを見渡す。注意深く進むと、地下水の川が出来ていた。

「ここで途切れている...。」慎司は言う。

「え⁈落ちたって事?」沙希は聞く。

「わからない...。」慎司は言う。

「飛び込んでみますか?」マリアは聞く。

「いや、それはあまりに危険だ。この岩の向こうがどうなっているのか、わからないし、息も出来るのかわからない...。」川の流れる方向は壁で塞がれて、その先が見えない。

「でもかづちゃんは飛び込んだのよね?」沙希は聞く。

「行き止まりだし、ここで匂いが途切れたというだけさ。引き返して、別の道を行っている可能性もある。」慎司は言う。

「引き返して、近くの水の流れる所を探してみない?」鈴音は言う。

「そうだね。それが良いと思う。」慎司は言うと皆引き返した。洞窟の入り口を出た慎司達は、真っ暗な中、聴覚を頼りに水の音を聴く。

「こっちだ。」慎司は懐中電灯を照らし、先に進む。

「どう?かづちゃんの匂いする?」沙希は聞く。

「...いや、しないな。」慎司は言う。やがて小さな川を見つけた慎司達はその下流に足を運ぶ。池に到達した。皆華月を探す。

「ちょっと待って...。」慎司は鼻を効かせる。

「向こうに綾乃さんの匂いがする。」池の反対側を指差した慎司は、そのまま池伝いに歩き出す。暫くして、

「ここの洞窟の中から、綾乃さんの匂いがする。」慎司は言う。

「かづちゃんは?」沙希は聞く。

「しない。池にいないとなると、引き返したんだね。だけど、もう俺の鼻も効かなくなってきた。フルムーンを使えば鼻は効くけど、後は戦いの時に取っておかなければダメだ。」慎司は言う。

「綾乃さんの後を追いましょう。」鈴音は言うと皆頷く。時刻は21時。元服まであと3時間。


華月は慎司達の追ってきた洞窟内の川に飛び込んでいた。水流に身を任せていると、左右に別れていた。華月の身体は左に流される。突如、滝の様に下方に一気に下がる。やがて滝壷へと落ちる。

華月は気絶していた。水流は華月を岸に着かせる。

どれくらいの時間が経過したのか、華月は気付く。

「ハァ、ハァ...。」岸に仰向けになり、上を見た華月は、周りの景色を眺める。明らかに何者かの手によって、整備された所である事はわかった。華月は奥へと進む。長い長いトンネルを通って、やがて灯りが見える。開けた場所に出る。明かりが灯されており、そこには祭壇があった。華月は辺りを見渡す。

「‼︎」トンネルを出た自分の数メートル真上の壁に加奈は磔にされていた。加奈は気絶している様だった。華月は腰に携えた紅蓮を振り払う。小さな炎は加奈を磔にしている四肢の縄だけを燃やした。加奈は力無く、落ちて来る所を華月が抱き止めた。華月は地面に倒れ込む。

「お、お兄ちゃん...?」加奈は言う。

「...待たせたな。加奈。」華月は微笑む。

「お兄ちゃん‼︎」加奈は華月を抱きしめる。

「痛たっ!」華月は声を挙げる。

「あ、ゴメン。」加奈は謝る。

「無事で何よりだ。」華月は加奈の頭をポンポンする。

「...お兄ちゃん、私、如月の鬼の記憶を見たよ...。」加奈は言う。

「私が継ぐはずだった鬼を、お兄ちゃんが継いでくれていたんだね?」加奈は言う。

「父さんと母さんの決めた事だ。加奈が気に病む事ではない。それに、俺は今でも如月の鬼の生業を誇りに思っている。」華月は額に脂汗をかきながら笑う。パチパチと拍手の音が聞こえる。その方向を見ると、友里がいた。

「素晴らしい兄弟愛だ。一部始終見ておりましたよ。先輩。」友里は言う。

「意外だな。わかっていて、助けさせるなんて。」華月は言う。

「友里くん。」加奈は言う。

「今の先輩は何の力も無い、ただの人だ。それに、その傷付いた身体でここまで辿り着いただけでも、賞賛に値する。妹さんはそんな先輩に敬意を評してお返しいたします。」友里はニッコリと笑う。

「...頑張った甲斐があったな...。じゃあな。」華月は加奈を連れて引き返そうとする。

「丁度時間です。」友里は祭壇の上に立ち天を仰ぐ。華月は振り返ると、友里の身体から、12個の光が飛び交い、やがて天に向かって集まり、1つの束となり、天に突き抜けた。祭壇の上は地上まで、吹き抜けとなっていた。


「アレは?」マリアは言う。一筋の光が地下から天に伸びていた。

「あそこだ。行くよ。」慎司はフルムーンを一粒服薬し、3人と共に跳躍する。


綾乃もその光を別方向から確認していた。そこに向かい猛スピードで向かう。


やがて、天から螺旋状の光が友里に降り注いだ。友里は見る見るその姿を変えていく。直人と戦ったサイズの頭は8つ、尻尾も8つ。各々が意思がある様に別々に蠢いていた。

「なんてヤツだ...。」華月は加奈を後方に下がらせた。

友里の前に老婆が現れる。

「おぉっ!なんと神々しいお姿。我らはこの日をどんなに待ち望んだか...。」老婆は友里を仰ぎ見ると、その身体は一匹の頭に喰われた。

「骨と皮しかないな...。」八岐大蛇の頭は言う。

「あそこに美味そうなヤツがいるじゃないか。」別の頭はそう言うと、華月達を見る。

「別々の思考なのか?」華月は加奈を庇う様に下がらせる。

「...さて、この力奮ってみたいが...。百足はおらぬのか?」また別の頭は言う。

「腹ごしらえが先だ。」別の頭はそう言うと、華月達に襲い掛かる。ドゴォオオン!と頭は何かにぶつかった。そこには異界の門が現れていた。中から、直人、玉藻前、美代が姿を現した。

「無事か?」美代は華月と加奈を見ると安堵した。

「先輩流石っす!」直人は笑みを浮かべる。八岐大蛇を見ると、

「あれは、エグいっすね...。どこまでやれるかわからんけど、やってみますわ。」直人は言う。

「華月殿、事情は聞いておる。よう頑張った。後は儂らに任せておけ!」玉藻前は言う。

「ほぅ。我らと戦うつもりか?」頭の1つは言う。

「百足は俺にやらせろ。」別の頭は言う。

「早いもの勝ちだ。」別の頭が飛び掛かろうとした時、八岐大蛇の胴体の背に綾乃が落ちてきた。綾乃は八岐大蛇の背に陽炎を突き刺していた。

「ガアァァ!」頭の1つが綾乃に襲い掛かる。綾乃は背から飛ぶ。頭は勢い余って自分の背に噛み付く。

「オォォォン!」どの頭も痛みの声を挙げる。

綾乃は華月の前に着地する。

「華月様、加奈様よくぞ、ご無事で。華月様はわたくしを置いて行った事は、後でキッチリと罰を受けていただきます。」と綾乃は笑った。

「あぁ。」華月は微笑む。

「アレが噂の、先輩の美人秘書。」直人は想像を遥かに超えた綾乃の容姿に驚いた。

「おのれぇぇえー!この身体に傷をつけおって!貴様から喰らってくれるわ!」頭の1つは叫ぶと一斉に他の頭も、綾乃に向く。頭は飛び掛かろうとした時、またその上から、今度は慎司達4人が降って来た。沙希とマリアは背に着地すると、そこからすぐに飛び退く。その際に2人共銃を綾乃のつけた傷口に放つ。慎司は鈴音をその背に乗せたまま、爪で更にその傷を裂くと、華月の前に着地した。

「オォォォン!」またも痛みの声が響く。

「無事で何より。」慎司は華月に言うと笑った。その背から鈴音は降りる。

「すまん。復活に間に合わなかった。」華月は謝る。

「何言ってんの。加奈ちゃんさえ奪還出来たら、俺らの勝ちでしょ。」慎司は笑う。

「それはそうと、かづちゃん後で往復ビンタだからね!」沙希は言う。

「ソウでーす。」マリアも言う。

「すまん。生きて帰れたらな。」華月は笑う。

「貴様らぁぁああー!先程からポンポンと、我の背中に乗りおってぇ!」八岐大蛇は言う。

「うるさい!友里!大事な所なんだから、少し待ってなさい!」沙希は八岐大蛇を一喝する。

「な、何じゃ貴様ら?」八岐大蛇は自分を恐れない目の前の者達に混乱した。

「私達はjudgement night。」沙希は言う。

「出た!」慎司は笑う。

「毎回茶化すんじゃないわよ!」沙希は怒る。

「何とも緊張感のない戦闘だのぅ。」玉藻前は言う。

「沙希、マリア、黒澤。加奈を頼む。このトンネルを抜けた所から外に出ろ。」華月は言うと、3人は頷く。

「お兄ちゃん。無理しないでね。」加奈は言うと華月は笑った。

「さぁ、行くわよ。」沙希は言うと4人はトンネルの奥に姿を消した。

「さぁ、やろうか。」慎司は言うと、直人と慎司は示し合わせた様に、左右に離れる。直人側に玉藻前、美代。慎司側に華月と綾乃がつく。

「やれるの?」慎司は華月に聞く。

「あぁ。大分毒も抜けた。」華月は言う。

「わたくしが全力でお守りいたします。」綾乃は慎司に言う。慎司は頷く。

「直人殿、確実に1つずつ、倒してくれ。他は儂と美代さんで引き受ける。」玉藻前は言うと直人は頷く。

「...。」八岐大蛇は何も言わない。頭の1つが華月達に向かって無数の毒蛇を吐き出す。華月は紅蓮を構えると、最小限の動きで舞を舞う様に次々とそれを倒していく。斬られた毒蛇は紅蓮の炎によって燃え尽きた。

「やれそうだね。」慎司はニヤリと笑うと、攻撃に移る。飛び上がり頭の1つを力の限りに殴った。吹っ飛ばされた頭は別の頭にぶつかる。別の頭が、トンネルに向かって炎を吐き出す。直人は大百足になり、その炎を薙ぎ払う。

「中々にやるじゃないか。」頭の1つは言う。

「余所見をしている場合ではないぞ!」玉藻前は九尾でその頭を払う。吹き飛ばされた頭は隣の頭にぶつかり、バランスを崩して倒れた。ドォン!という音と共に八岐大蛇は横倒しになる。華月以外は皆一斉に飛び掛かる。

「待て‼︎」華月は叫ぶ。皆その動きを止める。八岐大蛇の8つの尾は天を向き、そこに雷が落ちる。

「...ほぅ。良い判断だ。」頭の1つは華月を見ると、体を起こす。8つの尾に雷は帯電していた。体を回す様にその場で一回転すると、全員に雷が迸る。直人は喰らう。

「グァアア‼︎」直人は叫び声と共にその場に倒れた。玉藻前と美代は避ける。綾乃と慎司も避けるも、綾乃は雷の衝撃で飛び散った飛礫に吹き飛ばされた。華月は紅蓮で雷を切り裂く。すぐに綾乃の元へ駆け寄る。

「綾乃さん!」華月は声を掛ける。

「掠り傷です。」綾乃は立ち上がると、ガクンと膝をついた。左足から血を流していた。

「無理するな。」華月は綾乃を庇う様に前に立ちはだかる。その間も慎司、玉藻前、美代の攻撃は続く。雷を放たれ、躱し様に蛇の顎が襲い掛かる。3人はそれぞれ壁に叩きつけられた。更に追い討ちをかける様に雷が3人を襲った。3人はぐったりと動かなくなった。

「慎司!」華月は叫ぶも慎司はピクリとも動かない。

「くっ!」華月は八岐大蛇を見る。

「少し本気を出したらこれだ。脆いものよのぅ。」頭の1つは言う。華月は紅蓮を構える。再び八岐大蛇の尾に雷が落ちる。8つの尾は帯電を始めた。

「痛ぶる趣味はない。一思いに殺してやろう。」別の頭はそう言うと尾を振り払う。華月に向かって雷が迸る。華月は紅蓮で薙ぎ払おうとした時、襟首を引っ張られ、後方に飛ばされた。綾乃はすれ違い様に、

「華月様。」そう言って微笑んだ。ギィイイン‼︎という音と共に綾乃は雷を陽炎で受け止めた。その刹那、横向きに襲い掛かる蛇の牙に綾乃の身体は貫かれた。蛇はゆっくりとその口を開くと、綾乃は倒れた。

「綾乃さん‼︎」華月は綾乃に駆け寄りその身体を抱き抱える。

「お、逃げ...くだ...さい...」綾乃は華月にそう言うと微笑んだ。

「喋るな!」綾乃の身体からは夥しい血が流れていた。

「わたく...しは、幸せ者...にござ...いま...」綾乃は事切れた。

「綾乃さん!綾乃さぁん!」華月は綾乃に何度も何度も呼びかけるも、綾乃は微笑みを浮かべたまま動かない。華月は綾乃を抱きしめ震えていた。

「主君の為に命を賭す心意気、見事!」1つの頭は言う。

「人が我らに敵う訳がない。」別の頭は言う。

「無駄死にだのぅ。」別の頭は言う。

「...ぉぉおあああああああーーー!!」華月は怒りの余り咆哮すると、綾乃を殺めた頭に紅蓮で斬り掛かる。横から別の頭が華月を吹き飛ばす。紅蓮は折れ、華月の身体は壁に叩きつけられた。

「...我の毒が回っておるのに、人の身でありながら、見事な最期よ。」八岐大蛇は倒れた華月に言う。華月はピクリとも動かない。

「我はその名を決して忘れぬ...。如月 華月よ...。」八岐大蛇は身を翻し華月に背を向けた。

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