富士の樹海
百鬼夜行からおよそ1日が経過していた。時刻は19時半。友里の元服まで後28時間半。
如月家の居間には慎司、沙希、鈴音、マリアが集まっていた。そこに、直人、美代の姿はなかった。直人は朝一で友里の動向を探るべく、ギルド本部のある、岡山に出向いていた。美代も決戦に備え準備するべく、青森に帰っていた。
「かづちゃん、まだ目が覚めないね...。」沙希は元気なく言う。
「私の力を使っても傷の治りが悪いし、心配だね...。」鈴音も言う。
「かづき...。」マリアも落ち込んでいる。
「直人は治っているのに、華月が治らない訳は恐らくは毒...。」慎司は静かに言う。
「妖力がなくなったからじゃなくて?」鈴音は聞く。
「あぁ。百足や蛇は元々毒を持っていて、耐性がある。直人も毒に対しての耐性があるんじゃないかな。」慎司は言う。
「...その通りだ...。」華月は言うと皆振り向く。居間の入り口には、綾乃に支えられながら華月が立っていた。
「かづちゃん!ダメよ!寝てなきゃ!」沙希は華月に歩み寄る。
「...大丈夫だ...。話がある...。」華月は額に脂汗をかきながら、居間の椅子に腰掛ける。
「綾乃さん、お茶を淹れて下さい...。」華月は綾乃に言う。
「かしこまりました。」綾乃は言うと、居間の奥に姿を消す。
「で、どうする?」慎司は華月に聞く。
「加奈を助けに行く。」華月は静かに言う。
「あてはあるの?」沙希は聞く。
「1つだけ...。」華月は答える。
「でも、居場所がわかったとしても、華月くんは戦えないでしょ。」鈴音は心配そうに言う。
「俺にはまだ紅蓮がある...。」華月は言う。
「ウワサのあのソードならたたかえます。」マリアは言う。
「いや、その毒の回った身体で、妖力もない華月には荷が重いよ。ヤツが八岐大蛇になる前に、俺がフルムーンを使って一気に倒す。」慎司は言う。
「そうね、それが現実的ね。」沙希は言う。
「でも、居場所がワカリマセン。」マリアは言う。
「...心当たりがある...。」華月は言う。
「ホント?」沙希は華月に聞くと華月は頷く。綾乃が人数分のお茶を持って居間に姿を現した。
「ジャスミンティーね。いい香り。」沙希は言う。
「はい。こんな時だからこそ、一時でもリラックスしていただきたく思い、コレにいたしました。」綾乃は言いながら皆に配る。
「いただきます。」皆お茶に口をつける。
「綾乃さん...。地図を。」華月は言うと綾乃はかしこまりましたとすぐに地図を持ってきた。
「先程の心当たりの話だが、俺が去年、京都で弥生の鬼について行った時、弥生の鬼はある神社の大木の上に降りたった。今、考えれば...、その方角、弥生の鬼の跳躍飛距離、跳躍時間。それらから割り出される場所は...。」華月は日本地図の一点を指差す。
「出雲...。」慎司は言う。
「神社ってのは出雲大社ね。」沙希も言う。
「八岐大蛇って言えば、須佐之男命が退治した話が有名だけど、その場所って、正に出雲よね?」鈴音は言うと皆頷く。
「...あのお方の命で右京についていた弥生の鬼。機能しない統治に紛れ、西の地にヤツらは本拠を構えていた。」華月は言う。
「アジトはニシの地?」マリアは聞く。華月は頷く。
「東の地であれば、慎司が気づかない訳がない。」華月は言う。
「本拠地に帰った可能性は高いね。でも、たしか、弥生の鬼の話じゃ富士の樹海の洞窟に神殿を築いていたんじゃなかった?」慎司は言う。
「あぁ。だが、弥生の鬼は恐らく裏切り者として始末された。用心深いヤツの事だ、弥生の鬼と俺が接触した事によって、儀式の事もバレてしまったと考えているのだろう。それなら帰る場所は、バレている神殿より、バレていない元のアジトを選ぶはず。」華月は言う。
「早速、直人に連絡して...みましょ...。」沙希は言うとテーブルに突っ伏した。
「沙希?あ、あれ...?何だか眠気が...。」鈴音もテーブルに突っ伏した。慎司、マリアも眠りに落ちていた。華月は綾乃と顔を見合わせて頷くと、静かにその場を去る。
綾乃は車を走らせる。その助手席には華月が乗っていた。
「...華月様...。宜しかったのですか?」綾乃は華月の指示で華月以外のお茶に睡眠薬を盛っていた。
「加奈は俺の妹だ。皆をこれ以上危険な目に合わせる訳にはいかん...。それに...。」華月は目眩に頭を押さえながら言う。綾乃は運転しながらも華月を気遣う。
「俺は如月の鬼の力を失った...。ヤツが八岐大蛇になろうがなるまいが、今、太刀打ち出来る者は、慎司と直人だけだ。だが、今の俺は確実に2人の足手纏いになる...。俺に出来るのは、加奈を全力で奪還し、2人の戦いに憂いを残さない事だ。その為に俺は樹海に行く...。」華月は言う。
「やはり、富士の樹海に...。」綾乃は言う。
「弥生の鬼の話では、洞窟内に神殿を築いているとの話だった。」華月は言う。
「出雲ではないという事ですか?」綾乃は聞く。
「弥生の鬼は去年、こうも言った。あの御方にも聞かれたくない話。だからあの御方の目の届かない、神社に来たの。と。つまり、あそこには須佐之男命、奇稲田姫が祀られており、八岐大蛇である友里には不利な場所。それに最早、東であろうが西であろうが、結界をその身に纏えれば力は感知されない。俺がさっき慎司達に話した内容は、すぐにバレてしまうだろう。だがそれでもいい。今は加奈を奪還出来るだけの時間が稼げればいい。」華月は言う。
「新たな拠点として、富士の樹海を選んだという事ですか?」綾乃は聞く。
「...様々な逸話のある場所だ。人外も彷徨き、広大な原生林もある。人は得体の知れない樹海に近づかない。更に東にも西にも行ける、ヤツにとっては最高の場所だろう...。」華月は言う。
「どうやって加奈様を?」綾乃は聞く。
「...俺が正面から乗り込み、ヤツの気を引く。まさか、俺が来るとは思っていないだろう。今の俺は何の力もない、ただの死に損ないだ。だが...だからこそ、ヤツは俺が1人だとわかれば必ず油断する。綾乃さんは隙をみて、加奈を。」華月は言うと綾乃は頷く。
時刻は午前2時。儀式まで後22時間。如月家の居間のテーブルに突っ伏したまま、寝ていた沙希は目を覚ます。
「...あ...。」沙希は上体を起こし壁掛け時計を見る。何が起きたのかわからなかった沙希はハッと我に帰る。スマホを見ると、日付を確認した。ホッと胸を撫で下ろす。約6時間寝た事を確認した。だが、すぐに切り替え、
「皆起きて!」沙希は隣のマリアを揺すりながら、皆を起こす。
「...あ、寝ちゃってたのね...。」鈴音は言う。マリアは無言で起きる。全員が起きた事を確認すると、沙希は居間から出ていく。華月、綾乃、念の為加奈の部屋を確認するも、誰もいない。足早に道場に向かう。道場にも誰もいない。勝手口から裏手の駐車場を見ると車がない。沙希は急いで居間に戻ると、ボーっとしている慎司達に、
「誰もいない!車もないわ!」と言った。事の重大さを察した全員は我に帰る。慎司は居間の奥のキッチンのゴミ箱から、白い包み紙が捨てられているのを発見した。1つを手に取り、匂いを嗅ぐ。居間に戻ると、
「やられたね。睡眠薬だ。」と包み紙を全員に見せる。
「どうして...?」鈴音は誰に言うともなく、呟く。
「華月らしいよ...。」慎司は全てを察した様に静かに言う。
「えぇ、そうね...。でも、だからこそ捕まえて往復ビンタよ...。」沙希は言う。
「イズモですか?」マリアは言う。
「多分ね。」沙希は言う。
「いや、違うな。」慎司は否定する。
「なんで?」鈴音は聞く。
「出雲大社、あそこには須佐之男命、奇稲田姫が祀られている。どちらかと言えばヤツにとっては近づきたくない場所さ。当初の予定通り、富士の樹海の神殿に向かっただろうね。」慎司は言う。
「じゃあ何で華月くんはあんなウソを?」鈴音は聞く。
「...今の状況で役割があるとするのなら、俺と直人は確実にヤツを倒す事。皆はサポート。傷を負った華月は加奈ちゃんの奪還に、全力を尽くすんじゃないかな...。それに、12鬼神の力が揃った今、何が起こるかはわからない。得体の知れない事態だし、皆を危険に巻き込みたくない...、俺が華月ならそう考える。」慎司は言う。
「全く!水臭いったら、ありゃしない!私達は例え命を落とす事になっても、それは自分で選んだ道。後悔なんかしないわよ。ホントにバカなんだから...。」沙希は言う。
「すぐに追いかけましょ!」鈴音は言うとマリアも頷く。
「夜中じゃ、何も動いていないわ。それに、そんなお金もないわよ。」沙希は言う。
「美代婆ちゃんがいる。」慎司は言う。
「あ、そっか。」沙希は言う。
「すぐ、連絡しまーす。」マリアは言う。
「...いや、慌てる事はない。どちらにしても、日付変更までは、時間がある。折角、華月の作ってくれた貴重な時間だ。英気を養い、万全の準備で樹海に突入する。恐らくこれが最後の戦いになる。各地の仲間、協力してくれそうな者に全て連絡が終わり次第、美代婆ちゃんに連絡する。」慎司は言うと皆頷く。一先ず全員、自宅に帰り決戦に備えるべく、準備を始めた。
富士の樹海、その広大な原生林は数多の風穴を抱き、その風穴を棲家とする妖しも多い。O公園から帰還した友里は、その中の1つに加奈を抱きながら入る。大抵の妖しは、友里の匂いでその風穴に入る事等しない。だがそんな事すら、感じ取れない妖しは友里に襲い掛かる。友里は目線だけ妖しに送ると、その妖しは爆ぜた。そんな事を幾度か繰り返し地下の奥深くに進んだ後、開けた場所に出る。既に配下の妖し達によって、完成された神殿内に入っていく。
「お帰りなさいませ。」1人の老婆の姿をした妖しは、友里に言う。
「この娘の世話を頼む。石牢に入れておけ。」友里は言うと、老婆は深々と頭を下げた。加奈は石牢の中で目を覚ました。
(どこ⁈)加奈は辺りを見渡すも、石の壁で覆われて、閉じ込められている事に気づいた。
(確か、直人を追ってO公園の近くまで来たら、凄い音がして、行ったら大蛇と大百足が戦っていて...。)加奈は混乱した頭を必死にフル稼働させる。
(友里くんが...大蛇で。お兄ちゃんが離れろって言ったら、友里くんの目が光って...。)加奈は思い出してきた。
老婆は加奈が目を覚ました事に気づき、友里に報告する。暫くして、友里が加奈の前に姿を現した。加奈は友里の姿を見ると、鉄格子に駆け寄る。
「友里くん!ここから出して!」加奈は叫ぶ。
「それは出来ぬ相談だ。」友里は友里らしからぬ口調で答える。
「何でわたしを...。」加奈は静かに言う。
「...説明するのも面倒くさいのぅ。」友里はそう言うと、友里は手の平を加奈へと伸ばし、鉄格子越しに加奈の頭に触れた。淡い光が放たれ、加奈の頭の中には走馬灯の様に今までの如月の鬼の全記憶が流れ込んで来た。友里は手を離す。加奈の頬には涙が伝っていた。
「...お兄ちゃん...。」加奈はその場に崩れて地べたに座り込む。両親の死、兄の優しさ、12鬼神、それらを全て知り得た加奈は只々涙にくれた。
「我の目的は完全なる復活を遂げる事。それまでは、お主は人質。...絶望しておるのか?だが、安心せい。復活したら、真っ先にお主を供物として喰ろうてやろうぞ。」友里は笑いながら姿を消した。老婆は食事を運んで来た。加奈はガツガツと食べ始める。もう涙は止まっていた。
「...これ程、がっついて食べる人質も珍しいの...。」老婆は独り言の様に言う。
「絶対にお兄ちゃんが来る。その時に備えて、しっかり力を蓄えておくのよ。」加奈の瞳には光が戻っていた。
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