大蛇と大百足
放課後。文化祭前日ともあって、学校内は賑わっていた。そんな中、華月は1人k駅まで歩いていた。美月との約束があったからだ。約束の19時までにはかなり早い時間であったが、華月にはどうしても寄りたい所があった。
夕暮れの公園を華月は1人訪れていた。綾乃の調べで池の橋に血痕が残っているとの報告を受けていた華月は問題の橋に到達する。華月は注意深く橋を隅々まで見ていた。
(結界は案の定ない。血痕は管理業者に掃除されたか?どこにも見当たらないが...。)華月はふと自分が歩いて来た橋を振り返る。橋の板の真ん中だけが、何か重い物を引きずった様に、所々逆剥けていた。
(何だコレは?)華月はその逆剥けの後を辿ると、ある場所で橋の柵を超え、池の葦を薙ぎ倒す様に奥へと続く。華月は周りに何の気配もしない事を確認した後、真上に跳躍する。葦の薙ぎ倒された後は、途中、池に入り途絶えていた。華月は静かに橋の上にその身を下ろす。
(大蛇か?)華月は考え込む。
(だが、奴らは獲物を丸呑みにする。それにこれ程の大きな個体だ、血痕など残らないだろう。牙に引っ掛けたのか?)華月は散歩であろう、人の気配を感じ取り、その場を後にした。
時刻は19時。華月はh神社の大木の上に腰を下ろしていた。ほんの一瞬だけ、妖力を解放する。美月は華月の妖力を感じ取り、大木の上に姿を現した。
「久しぶりね。」美月は華月の隣に腰を下ろす。
「はい。」華月は答える。
「ごめんなさいね。昨日電話で話した通り、あのお方の行方が今もわからないの。」美月は言う。
「結界を纏っているから、力を使ってもわからない?」華月は美月に聞く。
「そうね。それもあるわ。でも、私の見立てでは、恐らく力を使ってはいない。力を使う事で痕跡を残したくない、敵に居場所が知れ渡ってしまうから。」美月は言う。
「敵とは?もしや、西の地にいるというギルドですか?」華月は聞く。
「ギルドは右京のやり方に反発した連中の集まり。ギルド自体はあのお方を敵と見立ててはいないわ。でも、そのギルドの中にあのお方の天敵となる者がいる。」美月は言う。
「⁈」華月は美月の顔を見る。天敵、その言葉を聞いた華月の脳裏には一筋の光が飛来した。そしてその光は今までの出来事や、言葉を全て一直線に結びつける。
「事故でも、天災でもなく、あのお方の命に関わる事、それは天敵と相対する事。」美月は前を見据えながら言う。
「...気を悪くしないで下さい。その天敵にもしも倒される事になれば、それはあのお方の復活を止める事になり、あなたの望むところでもあるのでは?」華月は美月に言う。
「そうね。私はそれでも構わない。でも、用意周到なお方。例え次の新月の儀式を白紙に戻し、元服までをやり過ごせたとして、次の手を打つはずだわ。後方の憂いを残しておくはずがない。きっと今も虎視眈々と天敵を仕留めるチャンスを伺っているはず。」美月は言う。
「...これは俺の勘なのですが、あのお方とは、白大蛇ではないですか?」華月が言うと美月は驚いた表情で華月を見る。
「何故、そう思ったの?」美月は聞く。
「まだ確信は持てませんが、ここ最近に起きた行方不明事件。この近くのO公園で起きている。先程、その現場を見て来ました。池の橋には何か大きな物を引きずった様な跡が残っていた。それは途中で橋の柵を超え、葦を薙ぎ倒して池に消えていた。水の中でも蛇なら泳げる。これはあのお方ではなく、配下の大蛇かも知れませんが、その目的は恐らく天敵の力を測る為。」華月は一息つく。
「そして、白蛇。言わずと知れた神の使い。縁起の良いものとされ、その神話は人々に知れ渡っており、神話力は申し分ない。それから如月の鬼の器である妹のクラスに現れた転校生。まだ詳しい話は聞けてませんが、恐らくギルドの関係者。もしかするとあのお方の天敵とはそいつなのかも知れない。大蛇の天敵、それは大百足。古より大蛇と大百足の戦いの記録は数多く存在する。すべては朧気に垣間見えただけだが、そう考えると全ての辻褄が合う。そして...、」そう言った華月の半分開いた瞳は仏の瞳そのものの様であると美月は思っていた。思わずゴクリと唾を飲み込む美月。
「白大蛇の完全なる姿...。それは、恐らく八岐大蛇(やまたのおろち)。」華月は静かに言い放つ。辺りは静寂に包まれる。
「...驚いたわ。そこまで見透かすなんて...。あのお方が力を取り戻す様に、あなたもまた、その本来の力を発揮しつつあるわ。」やはり不動明王、その真の姿である大日如来の姿を華月の背に見出した美月であった。
「その通りよ。あのお方は八岐大蛇。今はあなたの言う通り白大蛇。12鬼神、即ち閻魔大王の神話力を持って、八岐大蛇に昇華しようとしているわ。でもそれは必ず止めなければいけない。新月まで正確には3日と5時間位。日付変更と同時に元服を迎えられるわ。」美月は神妙な面持ちで言う。華月は目を閉じて聞いていた。
「...今の内に倒しませんか?今なら天敵の力も借りられる。」華月は言う。
「前にも言った通り、百鬼夜行を起こされたら、もう私達に抗う術はないわ。今は勘づかれない様に、時を待つのよ。」美月は言う。
「...美月さん、もういいよ。やはりあなたとは敵となりそうだ...。」華月は言う。
「どういう事?」美月は怪訝な顔をする。
「...この1年、俺も慎司も遊んでいた訳ではない。百鬼夜行が起きたら起きたで、根こそぎ殲滅すればいい話だ。」華月は言うと力を開放する。気流が華月の周りに渦巻く。その力は1年前とは比べ物にならない程、強大なものとなっていた。その力は歴代の如月の鬼最強と呼ばれる、広大を遥かに超えるものであった。
「⁈なっ?あ、あなたもしや、既に不動明王の力を取り戻しているの?」美月は驚いた表情で言う。
「...不動明王、俺がその力を取り戻す事は、加奈に如月の鬼を継がせる事になる。そんな事はしない。ただ、死に物狂いで強くなるために努力しただけだ...。」華月は渦巻いた気流をその身に纏う。
「そ、そんな...。12鬼神の強さを軽く超えているわ。信じられない...。それに、あなたもその身に結界を纏える様になっているとは...。だからわからなかったのね。」美月は言う。
「美月さん、あなたには、あのお方を倒せる訳がないんだよ。止められる訳がないんだ。赤子の時からあのお方と一緒にいるんだ。その関係は、俺と綾乃さんに置き換えれば、容易に想像出来る。」華月は美月に言う。美月は図星を突かれ視線を落とす。
「綾乃さんと俺は互いに愛し合っている。あなたとあのお方もそうでしょう。」華月は美月に優しく言う。
「...あなたの言う通りだわ。私はあのお方を愛している。あのお方はわからないけどね...。」美月は言う。
「きっと同じですよ。あのお方もあなたを愛している。今回命に関わる事になるかも知れないから、あなたの前から姿を消したんだ。俺が逆の立場ならそうする。」華月は美月に言う。
「一体どうすれば...。」美月は頭を抱える。
「...弥生の鬼の力、閻魔大王に返納して下さい。恐らく妹の加奈が継ぐ事になる。」華月は言う。
「それこそ、あなたが望まない事じゃない!」美月は華月を見る。
「だが、あなたは苦悩から解放される。加奈には俺が付いている。」華月は美月に言う。
「ダメよ...。出来ないわ...。あなたの妹さんに背負わせるにはあまりに重いわ...。」美月は言う。
「だが、俺の側にいた方が守りやすい。...俺に言えるのは、あのお方が八岐大蛇になろうと、12鬼神の力を狩りに来るのであれば、敵としてみなす。今の俺と慎司を倒せる程の力はまだ無さそうだがな。」華月は冷たく言い放つ。
「...。」美月には言葉が出なかった。
「出来ればこのまま、心、平穏にいて欲しいものだ。あのお方は今は恐らく八神 友里と名乗り妹のクラスにいる。彼氏だそうだ。」華月は美月に微笑む。
「えっ⁈どういう事?」美月は驚いた。
「俺に言えるのはここまで。後はあなた自身の目で確かめて下さい。ウチの学校は明日、文化祭だ。一般開放もしているから待ってますよ。」華月は美月に微笑むと大木から飛び立つ。そしてその姿を消した。
(...訳がわからないわ。それに、あの力と洞察力、如月華月、奥が知れないわ。明日行ってみましょう。)美月もその場を後にした。
文化祭当日。ホームルームを終えた生徒達は自由に動き出す。校内を見て回る者、教室で出し物の準備をする者、模擬店の準備をする者、部活の準備に行く者。その目的は様々だ。華月は華道部の部室に来ていた。そこには既に準備を終えた部員達が集まっていた。
「おはようございます。」華月は皆に一礼すると、返事が各々帰って来る。華月は河原先生に一枚の紙を渡すとその場を後にした。
「では参りましょう。」河原先生は皆に言うと、部室を後にし、二つ先の大広間に入る。ここは畳の部屋で、合宿等にも使われる場所であった。広間に入った、部員達は各々所定の場所に着く。
「只今より、品評会を開催いたします。」河原先生は皆に言うと、先程華月から受け取った紙を開く。
「今年のテーマは成長といたします。制限時間は1時間。それでは始めて下さい。」河原先生が言うと皆、華を手に取り出した。
華月は部室を後にした後、体育館に来ていた。加奈達女子バスケ部が練習していた。
「お兄ちゃん!」加奈は華月に気づくと笑顔で声を掛ける。華月は手を挙げて答える。暫くして、練習は終わった。加奈は華月の所に来る。
「10時半からだから、見に来てよね!」加奈は言う。
「華道部の品評会が終わり次第、見に来るよ。」華月は言うと、その場を後にした。華月は校舎内に入ると、一階の保健室を目指した。華月は保健室のドアをノックし、失礼しますと開ける。コーヒーのいい香りが保健室に漂っていた。
「あら?如月くん、サボりに来たの?」保健医の三杉は言う。
「先生のコーヒーをいただきに来ました。」華月は悪びれもせずに言うと椅子に腰掛ける。
「ちょっと待ってて。」三杉は手慣れた手付きでコーヒーを淹れ、華月にどうぞと差し出した。
「ありがとうございます。」華月は礼を言う。
「でも今日は眠くは無さそうね。」三杉は華月の前の椅子に腰を下ろすと、華月の顔を見る。
「起きてますよ。今、華道部の活け待ちなんです。」華月は三杉に言う。
「あぁ。何か聞いたわよ。今年は品評会で特典が京都旅行とか。」三杉は言う。
「はい。会長のご厚意もあって、日本華道連盟の品評会に招待されます。」華月は言う。
「凄い話ね。如月くんは、お家を継ぐのよね?」三杉は言う。
「はい。」華月は言う。
「他にやりたい事とかないの?」三杉は聞く。
「ないですね。」華月はキッパリと答える。
「そっか。まだ若いのに、家元ですもんね。凄いわね。」三杉は笑いながら言う。
「凄く等ないです。小さい頃からやってましたし、色んな華と触れ合えるのは楽しいので。」華月は言う。
「好きこそ物の上手なれってヤツね。」三杉は言う。不意に保健室のドアがノックされる。
「どうぞー!」三杉は答える。華月は椅子から立ち上がって、三杉の隣に立つ。
「すいません。先生、カッターで切っちゃって...。」指を押さえた女子生徒が入って来た。華月の顔を見て驚く。
「嘘⁈華月先輩?」女子生徒は立ちすくむ。
「まぁ、座りなさい。」三杉は言うと、女子生徒は椅子に腰を下ろす。三杉は指を見る。
「うん、血も止まってるし、皮一枚切れただけみたいね。念の為消毒と絆創膏しておくわね。」三杉は言うと手際良く指に絆創膏を巻いた。その間も女子生徒は三杉の隣に立つ、華月を見ていた。三杉は女子生徒に、
「じゃあ最後に、早く良くなるおまじないね。ケータイ出して。」と言うと女子生徒はポケットからケータイを出した。三杉は受け取ると、華月を女子生徒の横に並ぶ様に促す。華月は渋々並ぶ。
「えっ?えっ⁈いいんですか?」女子生徒は三杉と華月に聞く。
「いいのいいの!今日は文化祭なんだから。はい撮るわよー!3.2.1」カシャリとシャッター音が聞こえ、女子生徒に渡す。
「あ、ありがとうございます!大事にします!」女子生徒は言うと、保健室を出て行った。
「いいわね。若いって。」三杉は笑った。
「さて、俺もそろそろ行きます。コーヒーご馳走様でした。」華月は頭を下げると、
「頑張ってね。家元様。」と三杉に声をかけられた。
華月は華道部の部室に向かう。既に全員が活け終えて戻って来ていた。
「行きますか。」華月が声を掛けると全員席を立つ。華月は二つ先の大広間の中に入る。部員達は入り口を入った所で横一列に正座した。華月は想い想いに活けられた華と話をする様に様々な角度から、活けられた華を見る。最後の1つを見終えた華月は口を開く。
「皆様の想い想いの作品を拝見させていただきました。中には京都の単語の事しか出て来ない作品もありました。」華月はフフッと笑った。
「華はその者の想いを教えてくれます。今年のテーマは成長。甲乙つけ難い作品が3点あります。」華月は歩き出す。
「私の教えを忠実に守り、華を痛めない切り方、そしてその成長した姿を私に見て欲しいという想いがヒシヒシと感じられるこちらの作品。」華月はその作品を両手で静かに持つと広間の真ん中に置く。華月はまた歩き出す。
「二つ目は、今までの想い出を思い出しながら、こんなにも成長出来ましたと感謝の言葉を語りかけてくる作品。」華月は歩みを止めると、その作品を両手で静かに持ち、やはり広間の真ん中に置く。華月はまた歩き出す。
「三つ目は、自分がこれから歩もうとされる道。...これは、病院か?看護師として、人として、これから成長出来たらいいなという願いを感じる作品。」華月はその作品を両手で静かに持ち、真ん中に並べる。
「華はその人の心を教えてくれます。私の想いをよく、その心に留めていてくれたこの3作品を最優秀作品といたします。」華月が言うと由香里、奈美、愛子の正規部員は涙を流す。
「流石ね。ちなみにどれが誰の作品かしら?」河原先生は華月に問う。
「1番目が愛子。2番目が奈美。3番目が由香里。」華月は微笑みながら言う。
「えぇ。その通り。」河原先生は笑いながら言う。3人は華月に抱きつく。
「どうしましょう?最優秀作品が3つとは...。」河原先生は言う。
「3つ分ちゃんと用意しますよ。」華月は笑う。
「結局、付け焼き刃じゃダメって事ね。」幽霊部員の1人は言う。
「想いだけなら素晴らしいものもあったよ。ただ、華の扱い方が3人に比べると雑だ。手折られた時点で華の寿命は減っていく。3人はその事もちゃんと意識して活けられていた。華道に興味が沸いたなら、いつでもウチを訪ねてくればいい。」華月は微笑みながら言う。品評会はこうして終わった。
華月は体育館に足早に向かう。既に加奈の所属する女子バスケ部の招待試合は始まっていた。華月は体育館の入り口から端を通り2階の慎司との待ち合わせ場所に向かう。慎司と鈴音が観戦していた。
「どうだ?」華月は慎司に聞く。
「勝ってるよ。加奈ちゃんスタメンだよ。」慎司は指差す。7番のゼッケンを付けた加奈の姿がそこにはあった。
「加奈ちゃん凄いよ!もう1人で6点取ってる。」鈴音は言う。スコアは18-12。加奈にボールが渡る。緩急をつけたドリブルに相手は翻弄される。いつの間にか2人掛かりで止めに来る。加奈は構わず2人の間を抜けると見せかけ、3ポイントラインで止まり、シュート。ッザ!とネットを揺らす音が響く。
「あの子、1年生だろう?ダブルチームってやばくね?」バスケに詳しそうな横の男の子達がざわつく。ピィー!審判の笛が鳴り響く。試合は一時中断され、皆ベンチに戻る。加奈は華月に気づくと手を振った。華月は笑う。
「そう言えば、沙希とマリアは?」華月は慎司に聞く。
「午後の劇の最終調整だとさ。結局マリアはセリフを覚えられないだろうから、黒子をつける事にしたんだとか。」慎司は笑う。
「もしや、沙希が?」華月はニヤニヤしながら聞く。
「沙希ちゃんは今、黒子の持つカンペの英訳をしてるわよ。」鈴音は言う。
「なんだ。沙希が黒子でいいのにな。」華月は言うと、慎司は笑う。
「もしくはキジ役辺りで側にいたらいいのにね。」慎司も笑う。
「沙希が聞いたら怒るわよ。」鈴音は2人に言う。ピィー!審判の笛が鳴り響き、選手達は円陣を組んでまたコートに戻る。その後も加奈のゲームメイクが光り、終わってみれば、95対52の圧勝に終わった。
「さて、直人を連れて飯に行こう。」華月は慎司に言う。華月と慎司は加奈のクラスに向かう。執事とメイドが華月達を迎えてくれる。
「直人いる?」慎司はメイドの1人に言う。直人は仕切られた奥のスペースから、姿を現した。
「お疲れ様です。」直人は2人に挨拶する。
「ちょっと直人借りてもいいかな?」慎司はメイドの1人に言うと、メイドはコクコクと頷いた。
「じゃ、行くか。」華月と慎司、直人は連れ立って昇降口に向かう。
「中々に大盛況じゃないか。」慎司は直人に言う。
「お陰で朝から動きっ放しすよ...。」直人はようやく一息つけた事にホッとしていた。
「そうか。頑張って働いた直人に奢ってやるよ。」華月は笑う。
「マジっすか⁈先輩サイコーっす!」直人はすっかり華月達に馴染んでいた。
「友里の姿が見えなかったが。」華月は直人に聞く。
「アイツ休みなんすよね...。」直人は言う。
「⁈」華月は直人を見る。
「あんなに先輩達と写真撮るの楽しみにしてたのに、家の事情とかで。何か、加奈が電話して、打ち上げには来るみたいですけど。」直人は言う。
「...そうか...。慎司、いつもの頼んで置いてくれ。俺は電話をしてから行く。」華月は言うと慎司はわかったと言って、直人と先に行った。華月はすぐ様美月に電話を入れる。コール音は鳴り響くも出ない。華月は不安を覚えた。念の為メールを入れた。
祭壇の下に美月は血を流し横たわっていた。その周りには何百という妖しが美月を取り囲んでいた。美月は電話に手を伸ばすも力尽きた。
「まさか美月が裏切るとはな...。所詮は閻魔大王の呪縛からは逃れられなかったという訳か。それにしても...、我も侮られたものよのぅ。」シルエットは事切れた美月を見下ろす様に言う。
「如月の鬼に何を吹き込まれたのかは知らんが、淡い幻想を抱きおって。我の目的はただ1つ。お前など始めから駒の1つに過ぎん。まぁ良い。弥生の鬼の力は手に入れた。後は如月の鬼のみ。」シルエットは笑うと、配下の妖しに向けて言う。
「今宵、百鬼夜行を敢行する!目標、如月の鬼!」シルエットは言うとオオーっと言う雄叫びが響いた。
華月はうどん屋に入る。
「華月!」慎司は手を挙げる。華月は席に着く。
「何かあった?」慎司は華月の表情を見て聞く。
「...あぁ。芳しくないかも知れん。それは後程話すとして。」華月は慎司に言うと直人に向き直る。
「...直人、早速で悪いが、俺は如月の鬼。慎司は東の統治者で白狼族の長だ。」華月は直人に言う。
「先輩、いきなりっすね。何かあったんすね。」直人は聞く。
「あぁ。順を追って説明する。」華月は1年前、美月に付いて行った時の話から始める。
「弥生の鬼はあのお方を止めるつもりでいたのか...。」慎司は考え込む。
「慎司、今日まで、黙っていたのは悪かった...。」華月は慎司に頭を下げる。
「いいよ。加奈ちゃんの事を考えれば、下手な動きは出来なかっただろうし、逆の立場だったら、俺もそうしたはずだよ。不動明王には驚いたけどね。」慎司は笑う。うどん屋のおばさんが3人前のうどんを運んでくる。
「やっぱり、ちく天ぶっかけだね。」慎司はテーブルの上に置かれた割り箸入れから、割り箸を全員に配る。茹で上げられた讃岐うどんに、ちくわの磯辺揚げが乗っかり、大根おろしと生姜下ろしが少し乗っている。そこに冷たいつゆをかけられた、シンプルなうどんである。華月と慎司はいつも大盛りを頼んでいた。
「さ、食べちゃおう!いただきます!」慎司は手を合わせると、一気にうどんを啜り出す。
「いただきます。」華月と直人も手を合わせてうどんを食べ始める。
「‼︎」直人は一口頬張ると、箸が止まらなくなった。華月と慎司も無言で食べる。
「ご馳走様でした!」3人はほぼ同時に食べ終わる。
「いつ見てもいい食べっぷりだねぇ。」おばさんは笑顔でお茶を注いでくれる。
「先輩、ここのうどん、ヤバいですね。」直人は2人に言う。
「穴場にしてるから、他の奴に言うなよ。」慎司は直人に言うと、直人はコクリと頷く。3人はお茶を飲み干すと、ご馳走様でしたと挨拶をして店を出る。
「屋上に行こう。」慎司は言うと皆歩き出す。やがて屋上に着いた3人はレジャーシートを用意する。
「先輩達、いつもここで?」直人は聞く。2人はニヤリと笑うと腰を下ろした。直人もそれに習う。
「さて先程の続きだが、それを話す前に直人、お前の事を教えてくれ。」華月は言うと直人はコクリと頷く。
「俺は、西のギルドに所属してます。」直人は言う。華月はやっぱりかと思った。
「俺には恵理って言う妹がいたんです。ある妖しに殺されましたが...」直人は話出す。直人には3つ違いの妹がいたが、ある時妖しにその命を奪われ、妹の仇を討つ為に、以来ギルドに所属していると話した。ギルドは現在60名弱で構成されており、右京の一件もあり、首領は置かない事にしているのだとか。依頼人からの依頼を取り仕切る交渉人が1名いて、ギャラの交渉や、割り振りを担当していると直人は言った。
「仇の目星はついているのか?」華月は聞く。
「はい。俺自身も色々調べて、ギルドの情報網もあり、白大蛇がその仇であるとわかっています。」直人は答える。
「大蛇の足取りを追ってきたのか?ここ最近大蛇が各地で倒されているというのは、直人の仕業?」慎司は聞くと、直人はコクリと頷く。
「この間もO公園で倒そうとしたんですが、逃げられてしまって...。」直人は言う。
「O公園?行方不明の2人は大蛇に?」慎司は直人に聞くと直人は頷く。
「その大蛇の親玉なんだが...、白大蛇で恐らく八神友里がそうだ。」華月は言うと慎司も直人も驚いた表情で華月を見る。
「先程の弥生の鬼の話の続きなんだが...」華月は昨日までの美月とのやり取りを話す。
「八岐大蛇...。ちょ、ちょっと待って、じゃあ、あのお方てのも?」慎司は華月に問う。
「...友里がそうだ...。」華月は静かに言う。
「アイツが恵理を...。」直人は言う。
「直人、お前は大百足の力を持っているな?」華月は聞く。直人はコクリと頷く。
「大百足?大妖怪じゃないか?」慎司は驚く。
「何の因果なのかは知らんが、大蛇と大百足の逸話は昔から数多く存在する。大蛇にとって大百足は天敵だ。まだ、八岐大蛇になっていない今なら、直人の力がかなり有効だ。共に戦ってくれるか?」華月は直人に言う。
「はい!」直人は華月を真っ直ぐに見る。
「友里が休んでいると聞いて、弥生の鬼に連絡したんだが、弥生の鬼はもしかすると、既に取り込まれたかも知れん。連絡がつかない。」華月は言う。
「じゃあ、後は華月の持つ如月の鬼だけか。総力戦に来るんじゃない?」慎司は言う。
「あぁ、百鬼夜行で来るだろうな。だが、ヤツは1年前の俺達の力しか知らない。」華月は笑う。
「そうだね。華月、コレを見越して苦行組手に誘った?」慎司は華月に問う。
苦行組手。1年前、弥生の鬼との力の差を痛感した華月と慎司は、美代に相談していた。
「一度始まれば、死を迎えるか、悟りを開くか、そのどちらかしかないと言われる、苦行組手。未だ誰も成功した者はいないと聞く。本当に悟りを開けるのかもわからないものじゃ。」美代は華月と慎司に言う。
「...俺は弥生の鬼に負けた。弥生の鬼に敵わない者が、父さんと母さんの仇に敵うはずがない。いずれは死ぬ。だが、何もせず、死を待つだけなど真っ平ゴメンだ!」華月は言う。
「俺も手も足も出なかった...。何が統治者だよ。名ばかりの統治者など何の意味もない。死を超えてみせる!」慎司は言う。
「...わかった...」美代は言うと、異界の門を召喚する。
「この門の先は、いつもと違い、本来行くべき場所ではない。水影の名を持つ者達が今まで倒してきた、封印してきた何千何万もの妖しが送られる地獄に繋がっておる。お主らの武運を祈る。」美代は言う。華月と慎司は顔を見合わせ頷くと、異界の門の中に姿を消した。
「そうかも知れん。」華月は慎司に笑う。
「...今の俺らなら、負けないさ。直人もいるしね。」慎司は直人を見る。
「任せて下さい。」直人も頷く。
「夜の為に昼寝しておく。」華月は言うと更に上に登って行った。
「俺も寝ます。」直人はレジャーシートにその身を投げ出した。
(何か2人って似てるな。)慎司は微笑んだ。
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