一章 長坂の戦い
第9話 初めての献策
新野での勝利に気を良くしていた俺は劉表の死を聞かされた事で、事態の深刻さを改めて思い知る事になった。
樊城の大広間では今後の進退を決める為に再度話し合いが行われたが、場の雰囲気は最悪であった。
誰もが劉表の死よりも、彼の後継者劉琮が曹操に降伏した事で先行きが見えなくなったからだ。
場内が静まり返っている中で空気を読まない男が一人気炎を発していた。
「なんでえ、なんでえい。湿気た面しやがって。劉琮の野郎が降伏したからって、俺達には関係ねえだろうが!俺達は曹操と戦うだけだろう。そうだろう兄貴!」
張飛の発破に劉備は苦笑する。
「益徳の言う通り。我らは我らの道を行くのみ。今さら曹操に降伏するなど出来ん。ならば戦うだけよ。そうであろう。兄者」
関羽も張飛に同意して劉備に詰め寄る。
この二人はぶれないなあ~。
そしてこの二人の発言から場が盛り上がる。
「左様。お二方の言われる事はもっともなり」
「断固戦うべし!」
「新野のように曹操軍を打ち負かしましょうぞ!」
武官連中の強気な発言に対して文官連中は黙っている。
彼らは戦っても勝てないと思っているからだ。
ならばどうするか?
その答えを探しているが見つからないようだ。
俺も何か発言するべきだろうか?
だが何を言ったら良いだろうか?
俺が余計な事を言って場を乱せばその後の流れが変わって赤壁に行く前に、この逃避行で死んでしまうかも知れない。
このままの流れに乗った方が良いんじゃないのかと思ってしまう。
だが、ここで動くべきだ!
俺の中の誰かが囁いた気がした。
答えを出せない劉備に俺はおずおずと手を上げて発言の許可を貰おうとした。
「あ、あの~。劉備様。発言しても良いですか?」
「うん?劉封か。構わんぞ。何か有るか?」
劉備から許可を貰って『良し!』と思っていたら、場が静かになっていた。
あ、あれ? なんか注目されてる?
「で、では」
俺は皆が発言する時に一歩前に出て発言したのを見ていたので、それを真似て一歩前に出ると
「待ちなさい。前に来なさい。そこでは聞き取りずらい。さあ、遠慮するな」
え、えー! ここで良いだろう。
皆その場で発言してたじゃんよう!
なんで俺だけ?
俺は周りを見ると、関羽は面白くなさそうな顔をし、張飛は頑張れよと右腕を出している。
趙雲と隣の陳到は何も言わないが目線が優しい。糜方は俺に期待の目を向けている。
そして関平は……
「頑張って劉封」
俺の背中を叩いて前に送り出してくれた。
俺は意を決して劉備の前に出る。
途中文官の糜竺、孫乾、簡雍、徐庶を見ると、俺が何を言うのか興味津々と言った目で見られた。
は、恥ずかしい。
俺は顔を伏せて劉備の前に行くと拱手して顔を上げる。
ふと、劉備の隣に立っていた孔明と目が合った。
俺を値踏みするような目だと感じた。
そして同時に心臓の鼓動が早くなる。
俺は一つ深呼吸をしてから発言した。
「
「続けよ」
「一つに南の劉琮の下に向かい劉表殿の弔いをするとして
場がざわつくが構わず続ける。
「二つ。襄陽を抜けて更に南の
おおーと歓談の声が聞こえる。
「三つ。劉表殿の長子、
更に場が賑やかになる。
「以上の三つの策を献上致します。第一の策を上策として、上、中、下となります。上策は信義を欠きますがこれがもっとも良い策と思います。中策は逃避の距離が長いもののたどり着けば江陵から南を支配下に置く事も可能だと思われます。下策は更に距離が離れますので曹操の追手に追い付かれる恐れが有ります。これがもっとも危険と判断致します。どうか検討のほどを」
俺は深々と頭を下げる
「孔明、どう思う?」
劉備は孔明の意見を求めた。
孔明の視線を感じる。
今の孔明は羽扇を持っている。孔明はその羽扇で手を叩く。そしてその動作が止まると……
「孝徳殿の言は一考の余地が有ります。
やはりか。孔明ならそう言うと思った。
俺としてもそれを勧めたいが劉備はどう思うだろうか?
孔明の言に周りが賛同する。
「私も孔明殿と同じです」
「我も支持します」
私も私もと皆がこぞって孔明を支持する。
なんかこれって策を考えたのが孔明みたいな感じになってない?
いや、俺の考えは正史や演義から来てるからズルをしてるけどさ。
なんか面白くないよな?
「それは出来ん」
劉備の言で場が静まる。
「何故ですか劉備様。荊州を得る事は天下三分の計に必要な事ですぞ」
孔明の言は正しい。
天下三分の計には荊州が必要な事は分かる。
分かるが、上策を選ぶと劉備は信義を失う。
それは劉備にとってとても重要な事だ。
「劉表殿は流浪していた我らを助けてくれた御仁だ。その彼の信頼を無にする事は出来ない。それだけは出来んのだ。すまん孝徳、孔明。それに皆よ」
あ、いや。何も謝る事はない。
「ふっ、確かに兄者の言う事はもっともだ。信義無くて曹操とは戦えん」
「そうだな。なに、曹操なんて俺がぶっ飛ばしてやるよ!」
関羽、張飛が劉備に同調する。
これで上策は無しだな。
なら、残るは中策だ。
「では、中策を是となさいますか?」
おい、こら孔明。俺のセリフを取るな!
「うむ、そうしよう。但し襄陽には寄っていく」
「何故です?」
「劉表殿に別れを告げねばな」
ふぅ、格好いいな。そんなセリフを真顔で言える劉備は格好いいよ。
「劉備様。念の為に江夏の劉琦様に使者を出しては如何でしょうか?」
「うむ、そうだな。元直の言を是としよう。誰を使者とすれば良いかな?」
お、これに乗っかれば俺は助かるかも!
「関羽殿が宜しいかと」
「うむ雲長。頼めるか?」
「はっ、お任せを。益徳、子龍、兄者を頼むぞ」
「おう任せろ!」「はっ、この子龍。命に代えましても」
あ、あの。俺は?
「孝徳良き策だった。共に江陵に向かおうぞ」
劉備は玉座から降りて俺の肩に手を掛ける。
で、ですよねー。知ってました。
後はなるべく早く移動するようにしないとな。
それと徐庶のお母さんを探して保護しないと。
こうして俺達は樊城を後にする事になった。
向かう先は襄陽。最終目的地は江陵。
保険として劉琦にも使者を送った。
俺に出来る事は少ないが、なんとか被害を最小限に止めないと行けない。
曹操の追手を食い止める方法と難民を早く移動させる方法を考えないとな。
そして俺はこの後に起こる出来事を見て、劉備の存在がいかに凄いかを知る事になる。
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