第8話 戦いの後
はー、死ぬかと思った。
俺と関平は西門の抜け穴から命からがら外に這い出していた。
本当に危なかった。
少数で奇襲を掛けても一万もの人間を釣り出せる筈がない。
だから何かを使って大勢の人間の注目を集める必要があった。
そして考えたのが一騎討ちだ。
戦場の華『一騎討ち』
これで注目を集めて、いざ勝負となったらスタコラ逃げるのはどうかと考えた。
夜襲のアドバンテージを無くしてしまうが、百対一万なのだ。
そんなもの有って無きが如しだ。
古参兵に『一騎討ちを殺りたいと言えば、曹仁を呼び出させるか』どうかと聞いてみた。
古参兵は劉備の名前を出せば無視される事はないだろうと言ってくれた。
悔しい事に俺(劉封)の名前は全くといって良いほど知れ渡ってない。
だが、劉備の名前は曹操軍では絶対に無視出来ない。
案の定曹仁はやって来て短いやり取りをしたが、あの野郎突然耳長とか言いやがって、焦ったぞ。全く。
耳長が劉備のあだ名なんてそんな事知るかよ!
まぁ確かに、劉備の耳たぶはでかくて長いけどさ。
だからって、戦場でいきなり耳長とか言われても分かるかよ!
曹仁に追われてなんとか西門までたどり着いた俺達は途中で関平と合流した。
関平もどうやったのか敵を引き連れていた。
後は徐庶に合図を送れば任務完了だ。
合図の矢を西門の外に向けて射る。
その後は徐庶が外から俺達が中から火を点けて新野城は真っ赤に燃えた。
曹仁は俺達に目もくれず去っていったので助かったのだが、俺達は俺達で思いの外早く周りに火が点いて脱出するのに慌てた慌てた。
本当に間一髪と言ったところだ。
北門の趙雲と南門の張飛は門から出てくる曹仁軍を散々叩いたようだ。
俺達と合流した時は仕事をやりきったと満足げな顔をしていた。
特に張飛はご満悦だ。
「いや~。劉封にも見せたかったぜ。俺様の活躍をよ!群がる敵を千切っては投げ、千切っては投げ」
「そして肝心の曹仁を逃がしたんですね」
「うっ」
ふん。自慢するのは良いが結局曹仁を取り逃がしてしまった。
これは張飛の失点だ。
「俺達があれほど苦労して火計を仕掛けたのに、肝心要の敵の大将を逃がすなんて」
「あ、いや。その」
「戦うのが楽しくなって大事な事を忘れるのは益徳殿らしいと僕は思いますけどね」
「うぐっ」
関平も容赦ないな。
「いやいや、曹仁を逃がすように言ったのは私です。あまり益徳殿を責めないで頂きたい」
あっ!丸投げの大将のお出ましか。
こいつがちゃんと指示をしてくれたら、俺と関平はあんな怖い思いしなくてもすんだのに!
「しかし、さすがは私が見込んだだけの事はある。お二人様共よくぞ難しい任務をこなしてくださいました。この元直。お礼を申し上げます。ありがとうございました」
ふ、ふん。そんなに持ち上げても許してはやらないからな!
「そうなのか。そりゃすげえな劉封」
「この子龍。お二方の働き感謝致します」
「いや、そんな。これくらいは、ね。なぁ関平」
「ふふ。素直に嬉しいって言いなよ。劉封」
張飛、趙雲から誉められると照れるな。
いやー頑張ったかいがあったなぁ~。
「あ、でも何で曹仁を逃がしたんです。討ち取れる時に討ち取らないと後々後悔する事になると思うんだけど?」
曹仁は討ち取るべきだ。
この後の彼の活躍を知ってる俺からしたら当然の考えなのだが。
「今回私達は敵から逃げなくてはなりません。そこに曹仁討ち死にの報告が曹操に伝わればどうなるでしょうか?」
「どうなるんだ?」
たまには自分で考えようよ。張飛。
「曹操の事ですから、怒り狂って追ってくる訳ですな」
「その通りです子龍殿。曹操は父親が殺された時に
「なるほど。それで曹仁は生かした方が良かったのですね」
「はい。もっとも、曹操の事ですから我らを易々とは逃がしてはくれないでしょうね」
徐庶の言は当たっている。
曹操はこの後劉備を捕らえるべく兵を差し向ける。
そこで悲劇は起こるのだ。
俺はその悲劇を回避する事が出来るのだろうか?
「それにしても孔明の助言は当たりました」
「孔明殿の助言ってなんです?」
「ああ、実は今回の策は事前に私と孔明が考えたのです」
「ほう。今回の策は元直殿の策という訳ではなく。軍師殿の策でも有るのですね?」
「ええ、その通りです。子龍殿。今回の策を実行に移すに必要な将を選ぶのに苦労しました。益徳殿と子龍殿は直ぐに決まったのですが、その後がどうも……」
「ふふん。俺様を真っ先に選ぶとは分かってるじゃないか!がははは」
張飛を外したら駄々を捏ねるのは目に見えている。
説得する時間が惜しいから初めから入れて置いただけだろう。
見れば徐庶が苦笑している。当たりだな。
「私は今回の人選に
叔至に元倹って誰だ?
「なぜ孔明殿は私と劉封を推したのです。叔至殿達の方が私達よりも経験豊富で頼りになった筈です」
う~ん。思い出せない。誰だよ叔至に元倹って?
「孔明が言うにはその経験をお二方に積ませたいと言っていました。それにこれからは若い貴方達に重要な事を任せる機会が増えるでしょう。ですから適任だと言っておりました。孔明の言は確かでしたな」
劉封の記憶で誰か紹介して貰った記憶が有るんだけど、誰か分からない。
はっきりとした記憶じゃないんだよなぁ~。
しょうがないので小声で関平に聞いてみた。
「な、なぁ。叔至殿と元倹殿って。その。誰だっけ?」
「それ、本気で言ってる?」
「ご、ごめんなさい。そ、その。記憶がはっきりしなくて……」
関平に呆れられた。ちょっと悲しい。
「しょうがないな。こう言えば思い出すか。陳叔至殿と廖元倹殿だよ」
陳叔至に廖元倹? あっ!思い出した!
陳到は趙雲に次ぐ人物で劉備が亡くなった後、永安えいあんの守備を任された人物だ。
地味だけど堅実な将だ。
廖化は蜀滅亡まで生き残った人物で、この人も地味だけど重要な人物だ。
そうかそうか。陳到に廖化か。
うんうん。思い出した思い出した。
あれ? 何の話だっけ?
「さて。では急ぎましょう。御主君が心配して待っているでしょうからね」
「おう。俺様の活躍を聞かせてやらないとな。それに劉封と関平もな?」
「私を忘れてませんか? 益徳殿」
「おっと。悪かったな子龍」
「「「ははは」」」
こうして俺達は劉備の待つ樊城に向かった。
そこで劉備達と合流したのだが重要な話を聞かされた。
いよいよ、本当の長坂の戦いが始まろうとしていた。
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