第7話 新野攻防戦



 曹操軍は放棄された新野城に入った。


 指揮をしているのは曹仁そうじん


 彼は曹操の従弟で歴戦の勇将だ。


 各地を転戦して確実に戦果を上げて、後に魏の大司馬大将軍に任じられている。


 曹操軍にとって最重要人物と言っても過言ではない。



 その曹仁が先鋒隊を率いているのだ。


「元直殿。曹仁は曹操軍でも指折りの将です。火計を見破っているのではないのですか?」


 関平が俺が思っている事を徐庶に問い質す。


「そうでしょうね。ですが策はこれだけでは有りません。大丈夫です。私の指示に従い行動してください」


 徐庶は自信たっぷりであった。


 本当に大丈夫なのか?



 そして俺達は夜を待って行動した。



 徐庶の策では北門から趙雲が襲いかかりそれと同時に火を点ける。


 そして南門から出てくる敵を張飛が待ち構えているのが今回の策だ。



 しかし、曹仁軍は封鎖されている西門と東門はそのままに北門と南門に別れて夜営している。



 明らかに曹仁は策を見破っている。



 二つに軍を分けてもそれぞれ一万。


 張飛、趙雲の軍は八百。


 夜襲による強襲、火計による混乱、さらに待ち伏せによる強襲。


 二重三重の襲撃で敵を混乱させないと成立しない策だ。



 ここは撤退しても良いと思うんだけどなあ~。



 それなのに徐庶は当初の策を変更して新たな策を発動させる。



 そして俺と関平はそれぞれ百の兵を率いて行動していた。


 夜陰に紛れての行動。抜き足差し足忍び足である。



「なぁ、関平。俺達って元直殿の護衛じゃなかったか?」


「仕方ない。これも皆の為だ」


「切り込み隊は子龍殿だよな?」


「しょうがない。これも私達の仕事だ」


 なぜ、関平に愚痴を溢しているのかと言うと。


 俺と関平がそれぞれ北門南門の曹仁軍に夜襲を掛けるからだ。



「嘘でしょう!俺達は元直殿の護衛じゃないですか! それなのに俺達に奇襲を掛けろってそんなの聞いてないですよ!」


「今、言いましたが」


 じょ、徐庶~。


「分かりました。お任せください」


「か、関平?」


「大丈夫だ。元直殿は私達に出来ない事は命じないさ」


 なんでそんな爽やか笑顔で言うかなあ~。



「危険な任務ですが、これが確実に敵を策に嵌める方法なのです。頼みます二人共」



 お、おのれ~ そんな『簡単ですよこの仕事は』みたいな事を言うなよ!



 こうして俺達は封鎖された西門の抜け穴から城内に侵入し、二手に別れて行動した。


 あくまでも俺達は陽動だ。


 本命は別にある。



 失敗したら死ぬけどね!



 ……逃げ出したい。でもそれは出来ない。



 俺に付いてきている百人は皆必死の形相を浮かべている。


 ここで俺が逃げよう、なんて言ったらどうなるか?


「劉封様。やつらは門の外で夜営しています。深く斬り込まないと行けませんな」


 俺に付けられた古参の兵はそう進言した。


 斬り込むの? 百人にしか居ないのに?


 死ねって言われてるのと一緒でしょ?



 徐庶の指示では敵を城に引き込むように言われているし、方法は一任された。



 そこははっきりと指示を出そうよ!



 関平は何も言わなかったから簡単な仕事みたいに思ったけど、違うよね!



 ど、どうしよう~。




 ※※※※※※




 曹仁視点



 新野に来るまでに劉備の軍勢が襲ってくるかと思ったが、それは無かったか。


 俺の役目は本隊が来るまで劉備の足止めをする事。


 しかし、劉備は新野を放棄した。


 今までの劉備ならこんな簡単に退く事はなかった筈。


 何か有るに違いない。




 新野に入ると南の門は開けたまま、西と東の門は岩や木で封鎖されていた。


 井戸や水の手は当然塞がれている。


 城を使えなくして、我軍の疲労を誘うつもりか?



 小癪な考えよ。



 しかしこんな小細工を劉備がするのか?


 奴とは汝南じょなんで戦ったがこんな小手先の手を使う奴ではなかった。


 とりあえずは一当てして様子を見るような感じだったのだが?


 誰かの入れ知恵か?



 少し用心した方がいいかもしれんな。




 兵を分けて奇襲に備えるか。



 おそらく奴等は俺達が城で休むと思うだろうが、そうはいかん。


 兵達には悪いが今日も外で夜営する。


 兵の疲労を取るなら民家で休ませるのが一番では有るが、ここで無用な犠牲を出す気はない。



 無用の心配で有れば良いのだが……



 夜になって俺が天幕で寝ていると周りが騒がしくなった。現れたか?


 そして慌ただしく伝令がやって来た。



「申し上げます。敵が現れました」


 ふ、来たか。


「迎え撃つ。馬を引けい」


 軽く捻ってくれよう。


「は、ですが。その~」


「うん? なんだ?」


 何か有るのか。歯切れが悪い。


「そ、それが、その~」


「なんだ!はっきり答えろ!」


「は。敵はその、少数でして」


 なんだ。そんな事か。


「ならば少数の隊で迎え撃て」


 少数で吊り出す気か?


 その手は食わんぞ。


「は。了解しました。それと……」


 まだ何か有るのか?


「なんだ。言ってみろ」


「敵は城内から出て来ています」


 城内からだと? どこに隠れていた。


 俺が疑問に思っていると更に伝令がやって来た。


「も、申し上げます。敵将が一騎討ちを望んでいるようです。大将を出せと喚いております」


 一騎討ちだと。そんな事に付き合って要られるか。


「無視しろ。兵を出せ」


「それが、敵将が言うには『我が名は劉封!劉備 玄徳の後継者なり』と言っております」


 劉備の後継者? 劉備に息子が居たのか?


 これは確かめねばならんな。


「出るぞ。この目で直接確かめる」


「「はは」」



 劉備の後継者劉封と名乗る男は槍を持って立っている。


 奴の後ろには暗くて分からないが数百の兵が居ると見て間違いなかろう。


 旗の数が多く、風に吹かれて砂塵がこちらにやって来ている。



 だが、数はこちらが多い。


 遠回りに北門には伝令を出した。


 時間を稼いで挟み撃ちにして確実に捕らえる。


 奴が劉備の後継者なら生かして捕まえれば役に立つ。


 それが無理なら殺すだけだがな。



「貴様が劉封か!」



「そうだ!お前が曹 子孝しこうか!」



 ふっ、俺を知っているのか。


 俺は劉封という男の顔が見えるくらいまで前に出た。


 少し無用心では有るが一騎討ちを申し出る奴だ。


 不意討ちなどするまい。


 ほほぅ、なかなかの美丈夫よ。


 しかし、劉備とは似ていない。


「ふむ。耳長とは似ていないな。本当に奴の息子か?」



「み、耳長? 誰の事だよ?」


 ふ、偽物か。


「ははは。語るに落ちたな。この偽物め!玄徳のあだ名を知らんとはな。討ち取れい!」


「ちょっ、敵が使うあだ名なんて知るわけないだろうが!」



「我ら曹軍では耳長と言えば玄徳を指す。奴が我らと一緒であった時からのあだ名だ。知らぬお主がおかしいのだ!」



 俺は右手を上げて奴に向かって振り下ろす。


「「「おおぉぉー!」」」


 兵達が我先にと飛び出す。


「おい。卑怯だぞ!まだ話は終わってないのにー!」



 ははは。逃げ方は劉備に似ているな。



 さて、追い詰めるか。




 奴の逃げ足は案外早く、なんとか西門で追いつき奴を包囲した。


 北門に居る牛金ぎゅうきんの兵も合流した。


 西門の岩などは撤去していないので奴らは袋のネズミ、これでは逃げられまい。



「終わりだな」



「お前達のな?」



 何? 奴は今何を言った?



「ひ、火矢だ。火矢が!」



 なんだと!



 気付けば周りから火の手が上がっていた。



 ま、まさか。この城を燃やす気か!



「曹仁様。火の周りが早く、ここは危険です。急ぎ避難を!」



「分かっている!退くぞ!急げ!」



 ぐずぐずしていると火に巻かれる。



 急ぎ南門まで戻ると門が閉まっていた。



 そんなバカな! ここには千を越える兵を残していたのだぞ!



「い、急ぎ門を開けろ!」



 兵達に命じて門をこじ開けさせる。


 門を開けるのに時間が掛かってしまったが、これで助かる。



 そう、思っていた。



「遅かったな、子孝。待ちくたびれたぞ」



 ゲェ!ちょ、張飛!



「よっしゃ。もう一暴れと行くか。行くぞ野郎共!」



「「「おおォー!」」」




 この日。曹操軍二万は半数以下まで兵を減らし、大将曹仁も手傷を負った。


 劉備軍の勝利である。



 建安けんあん十三年(208年)の春の出来事であった

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