第10話 歴史介入
樊城を出た俺はこの後に起きる出来事と俺が介入した事で出てくる違いを確認した。
史実では樊城を出た劉備は襄陽に寄るが、城に入れずそのまま南下。
この時に難民十数万人が劉備に付いてくる。
そしてこの難民を抱えたままの行軍で江陵を目指すが、遅々として進まない行軍に孔明は関羽に一部の難民を船に乗せて別行動を取らせる。
その後、長坂に差し掛かった辺りで曹操軍に捕捉されて、劉備軍は瓦解。
長坂から東の
合流した劉備達はその後江夏の劉琦を頼って落ち延びている。
ただ、漢津で関羽と合流した後に
この辺りがはっきりしない。
おそらくは関羽は劉琦と合流して数万の兵を得て劉備と合流し、その後に魯粛がやって来たのだろう。
最終的には劉備が落ち着いたのは夏口になっている。
そしてここ樊城から俺が介入した事で史実の流れが若干変わる。
まず俺が孔明に変わって献策した事で、俺の劉備軍での立場が向上した、と思う。
この献策で俺の発言力を高める事が出来た。
今後、俺が史実に介入するには俺の立場を高める必要がある。
今の俺は劉備の養子では有るが、劉備軍での立場は弱い。
それは劉封が一年前に劉備の配下になったからだ。
年若く、配下年数も少ない男の発言に耳を貸す者がどれだけ居るだろうか?
俺は樊城で献策した後に自分の言葉に影響力が出始めているのを感じた。
劉備や重臣が俺の言葉に耳を傾けてくれるようになったからだ。
今までの俺は自分の状況を把握出来ずにただ流されるだけだった。
新野での戦いはたまたま上手く行ったに過ぎない。
あの戦いで俺が死んでいても、おかしくはなかった。
ただ流されるだけでは駄目だ。
それではこの後の不幸な出来事を回避出来ない。
積極的に歴史に介入して生き残る可能性を高めないと行けない。
そしてそれはこの長坂の戦いが大きなターニングポイントになると思う。
この後起きる戦いでは多くの人が亡くなる。
そんな不幸を黙って見過ごす事は出来ない。
今の俺はその不幸を回避する事が出来るかも知れない。
俺が出来る事は少ないが、それでもやらなくてはならない。
それがこの世界に来た俺の使命だと思うからだ。
後、本音は俺が生き残りたいという思いも有る。
だって誰だって死にたくはないだろう。
当然俺も死にたくない。
だからせいぜい足掻いて見せようじゃないか!
まずは手始めに足腰の弱い難民を船に乗せた。
樊城を出る時には難民の数が数万を越えていたので、この難民の数を減らす為に難民の一部を関羽に預けたのだ。
そしてその一部の中に劉備の妻子と重臣の妻子を混ぜている。
長坂の戦いでもっとも注意しないと行けないのが劉備の妻子と重臣の妻子だ。
正史や演義では長坂の戦いで重臣の妻子の行方がよく分からない。
正史では徐庶の母親はこの戦いで曹操軍に捕らわれているので、おそらく重臣の妻子の多くは曹操軍に捕らわれるか、殺されていると見て間違いない。
そこで真っ先に劉備の妻子と重臣の妻子を安全に避難させる事にしたのだ。
これで
しかし、この足手まといになる人物達と別れるのには苦労した。
甘夫人は劉備に付いていくと主張して離れず、それに劉備も同調して説得するのに時間がかかった。
それに徐庶の母親も頑固な人でこの人も徐庶の下を離れないと言って人の話を聞かない人だった。
だが何とか納得して貰って離れる事が出来た。
そして俺はこの時、初めて阿斗と劉備の娘に出会った。
「孝徳兄さん。絶対また会えるよね?」
「会えるよね?」
劉備の娘二人。姉は十歳で妹は六歳。正直可愛い。
この二人は甘夫人の娘ではなく、他の側室の子供だ。
劉備はこの頃正室を亡くしており、甘夫人が表向き正室として扱われていた。
劉備はプライベートではよく奥さんを亡くしたり、子供と行方不明になったりしている。
本来ならこの二人の娘は曹操軍に捕らわれる事になる。そしてその後は分からない。
俺は二人の頭を撫でながら『また会えるよ』と言って別れた。
そして産まれて間もない阿斗は甘夫人に抱かれていた。
「あぶ」
まだ何も話せず、何を見ているのか分からない阿斗。
この子が後の
そして俺の生死を握る存在になるかも知れない。
「孝徳殿。玄徳様と共にまた会いましょう」
「はい」
甘夫人と阿斗も船に乗った。
そして徐庶の母親は……
「元直。主に忠を尽くすのですよ。私の事は心配しないように、分かりましたか?」
「はい。母上。この元直。玄徳様に忠を尽くします」
ふーん。でも徐庶は母親を追って曹操の下に行ったんだよな。
あんな事言ってるけど本音はどうなんだろうな?
母上と別れた徐庶が俺の下にやって来た。
「孝徳殿。母上の身の上を心配して頂きありがとうございます。母は私を育てるのに苦労しましたから、別れるのにいささか不安だったのです。これで何の不安も有りません。本当にありがとうございます」
「いえいえ。身内の安全を確保するのは当然の事です。何も礼を言われる事はしていません」
よっしゃ、これで徐庶の離脱を防いだぞ!
後は生き延びる事に全力を傾けないとな!
「雲長殿。民を劉琦殿に預けた後は漢津に寄ってください。そこで合流しましょう」
「江陵に直接向かうのではないのか?」
「江陵に向かう前に曹操軍に追い付かれると思います。そこで二手に別れます。玄徳様は途中で漢津に向かい。民はそのまま江陵に向かって貰います。これで曹操軍を撒くのです」
関羽は顎髭を触りながら俺を見る。
「ふん。お主は武芸だけと思ったが、知恵も回るようだ。兄者を頼むぞ」
「はい」
どうやら関羽に認めて貰えたようだ。
ちょっと嬉しい。
関羽は甘夫人ら重臣の妻子と難民を乗せた船団を率いて江夏に向かった。
本当なら難民を放ってこの船団に乗って江陵を目指した方が良いと思うんだけどね。
でもそれを劉備が許してくれない。
実は献策した後に劉備に船で江陵に向かいましょうとも話したのだ。
すると劉備は劉表に別れを言わないと行けないし、民を放っては置けないと言って頑なに拒否した。
この辺がよく分からないんだよな?
生き残る事を優先するなら船を使った方が良いに決まっている。
それに民を連れていくなんて無理な話なんだ。
民を捨てて逃れる方が簡単なのに、でも劉備はそれをやる。
劉備に付いていくのは本当に大変だよ。
だがこの長坂の戦いが最大の難関だと思っている。
ここを乗り越えれば何とかなる!
俺達は樊城出て襄陽に向かった。
襄陽に着くのに結構時間が掛かったが、史実よりは早いと思う。
民には手荷物を背負わせ、その他に必要な物は馬車に乗せた。
とにかく民を身軽にさせて行軍速度を早めないと行けない。
戦車や馬車に荷物を乗せる事に反対する者もいたが、張飛に頼んで一喝して貰ったら何も言われなくなった。
張飛様々である。
そして襄陽に着くと案の定劉琮は入城を拒否した。
そこで無理だと分かっていたが難民を保護して貰おうと頼んでもやっぱり拒否された。
使者となった糜竺と孫乾は城に入れた民が反乱を起こすのではと劉琮に疑われたと言った。
確かに、難民の中に兵が紛れていたら分からないかも知れないしな。
しょうがないので襄陽を後にした。
この時の劉備の落ち込みようは見ていて辛かった。
劉琮に全然信用されてなかったと愚痴を溢していた。
でも劉備の前歴を知っていたら、劉備を信用出来るだろうか?
まあそれはいい。問題は襄陽を発つ時に発生した。
俺達が襄陽を出ると襄陽の民が俺達の後を付いてきたのだ。
史実を知っている俺でも驚いた。
なんとその数、十万人を越えていたのだ。
俺は史実で十万以上の民が劉備を追って来たのは、数を誇張していたのだろうと思っていた。
しかし違ったのだ。
民は劉備の名前を連呼しながら付いてくる。
その声は地響きを起こし地面から物凄い熱を感じた。
この光景を見ていたら自然と涙が流れて足が震えていた。
俺の中に熱い何かが芽生えた。
俺の目の前に居て民の歓声に答える劉備を見ながら、俺は思った。
これが『天下の大徳』劉備なのだと!
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