第25話 襲撃撃退後

 湯浴みと着替えを済ませた私が居室で休憩していると、突然ドンという音と共にドアが開いた。開け放たれたドアからロッシュ殿下が駆け込んでくる。


「で、殿下!?」


 驚いていると、殿下は私に駆け寄ってきて両手を広げた。そのまま、ぎゅーっと強く抱きしめられる。力強くて温かい。


 ……湯浴みを済ませていて良かった。そうでなければ汗臭かったかもしれない。


「ルディーナ、無事でよかった……」


 今まで聞いたことがない、怯えたような声で殿下が言う。私が襲撃されたと聞いて、飛んできてくれたのだろう。ありがたい。とは言え、少し取り乱しすぎな気がする。


「殿下、落ち着いて下さい。かすり傷一つないですから」


「君が襲われたと聞いて、落ち着いていられるものか……君は割と平然としているな」


 抱擁を解き、殿下がこちらをじっと見る。


「メルナがいたので不安は何も。護衛の騎兵までいましたし」


 実際、恐怖とか不安は全く感じていない。あんな素人集団の襲撃で、メルナと騎兵に守られ防弾馬車に乗った私を仕留めるなど無理だ。いざとなれば私とコレッタも護身程度には戦えるし。


「しかし、命を狙われたのだろう」


 そうだけど、命なんて常に誰かしらには狙われているものだし……いや、そんなのベルミカ公爵家うちだけか?

 考えてみれば、嫉妬と生霊におびえて、殺意と銃弾にひるまないのは変な人かも。


「まぁ、私は大丈夫です」


 笑顔を作って、殿下に向ける。


「ルディーナは強いな。メルナ殿も本当にありがとう。もっと護衛を付けるべきだった。これからは騎兵大隊ぐらいを」


「殿下、無茶言わないでください」


 フレジェス王国の騎兵大隊は720騎だ。私が動くたびに「どこか攻め込むのかな?」って感じになる。


「はい。騎兵小隊20騎が現実的かと。半数を先行させ索敵すれば、まず奇襲はされません」


 メルナが真面目に提言している。確かに一度狙われた以上は解決するまではそのぐらい付ける方が無難だ。しかし、今は警備計画を立てている場合ではない。


「殿下、それより対応を考えましょう。国王陛下のあの発言があった後の襲撃、意味が大きすぎます。対応を誤れば大変なことになってしまう。どこまで聞いていますか?」


 ”末永く”、”公私ともに”と明らかに意図的に述べた以上、事実上の婚約を宣言したに近い。生半可な対応で済ませればフレジェス王国のメンツに関わる。

 逆に言えば、相応の対応を強制されることになる。


「10名からなる賊に襲撃され撃退、数名生捕りにしたとだけ聞いた」


 私はメルナに視線を向ける。その辺の説明は彼女の方が適任だ。


「では、私からご説明させていただきます。襲撃者のうち5人の生捕りに成功しております。ただ、リーダー格らしき男は意識不明、両手首を落としたので回復するかは五分五分かと。意識のある4人については治療の後に尋問する予定です。武装はドグナ帝国製のライフル銃でした。人員はリーダ格を除き素人です」


「素人なのにライフルか……ちぐはぐだな。リーダー格とやらの練度は?」


 フレジェス王国ではライフル銃は厳密に管理されており、正規の兵士にしか所持は認められていない。トグナ製という点も加味すれば、確実に密輸品だ。


「そう高くはなかったです。一般の兵士程度をお考えください」


「……となると本気ではなかった? その程度だとメルナ殿なしでも撃退できた可能性が高い」


 殿下も冷静になってきたようだ。

 私は口を開く。


「私もそう思います。なので、最初から失敗が織り込み済みの可能性があります。そうならば相手の意図はまだ砕けていません」


 護衛についての情報を持っていなかったにしても、王家の馬車なら一定の護衛はいて当然だ。意図的に狙ったとすれば素人9人に一般兵クラス1人では足りない。

 他の貴族と間違えて狙ったという可能性も低い。襲撃のあった道は高台の王城に向かう道だ。夜会会場から貴族の邸宅が集中するネイミスタの中心区に向かうなら遠回りになる。


「確かに。ライフルを用意できるとなると、犯人の可能性があるのはウルティカ統合派、トグナ帝国、オルトリ共和国、グラバルト皇国、フレジェスの有力諸侯、辺りか」


「はい。ライフル銃の調達能力という点からはそうなると思います。そして、結論から言えば私はグラバルト皇国を疑っています」


「グラバルトか。理由を聞いても」


「はい。まず前提として、私とロッシュ殿下が別々に城に帰るという情報は極少数の人間しか知りません。襲撃犯はロッシュ殿下が一緒に乗っていたとしても攻撃するつもりだったと考えるのが自然です。フレジェスの有力諸侯にそこまで強く王家と敵対する者はいません」


 もし新聞報道羞恥プレイを見て私を『王太子妃の座を奪おうとする敵』と認識する貴族が居たとしても、殿下ごと襲う訳がない。私は言葉を続ける。


「トグナ帝国は動機がない」


 魔石密輸事件を起こしたトグナ帝国ではあるが、魔石が欲しかっただけで、フレジェス王国と敵対したかった訳ではない。


「ウルティカ統合派も突然強硬策を取るとは思えない」


 ウルティカ統合派は今までテロや暗殺には手を染めていない。方針転換の予兆もないので、除外してよい。


「なるほど。残るのはオルトリとグラバルトだけと」


「ええ。オルトリには一応動機があります。あの国なら新聞報道の段階で私が王太子妃に内定していると判断してもおかしくない。殿下と私の婚姻によりフレジェス王国がゼラート王国に強い影響を及ぼすようになるのは防ぎたいでしょう」


 ベルミカ公爵家を介してゼラート王国が事実上フレジェス王国の傘下になる、ありそうな未来だ。


あの国オルトリがそこまで短絡的な手段を取るイメージはないな」


「はい。もっと、こう、手の込んだことをする人達だと思います。それにオルトリが暗殺なんて手段を講じるなら本気で仕留めに来ますよ。少なくとも精鋭20は用意するし、それが準備できなければ実行しません」


 オルトリ相手ではメルナでさえ守り切れるかは微妙だろう。あそこは厄介な国だ。


「現場レベルで馬鹿がいる可能性は否定できないが、まぁオルトリならそうだろうな。……やっぱり護衛に騎兵中隊は付けよう」


 騎兵中隊は120騎である。多すぎるが、まぁその話は後だ。


「ということで、消去法でグラバルトです。かの国の望みはフレジェス王国とオルトリ共和国の敵対です。恐らく襲撃犯を捜査していけば『オルトリ共和国の関与を示す状況証拠』が出てくると思います」


「オルトリの犯行に見せかけることで敵対させる、か。しかし、グラバルトの仕業にしても悪手だろう。強引過ぎる」


 殿下の言う通り完全に悪手だ。もしグラバルト皇国が犯人だと露見すればフレジェス王国とトグナ帝国が接近し、共闘する可能性が出てくる。そうなればグラバルトと言えど守勢に回るしかない。


「もし私の推測通りグラバルトの工作部隊が犯人なら、彼らは暴走していると思いますよ。グラバルトの皇都とネイミスタフレジェスの王都は遠いですから、本国と密に連携はできません。絶対必達の命令でも受けて追い詰められているのでしょう」


 グラバルトは強引な手段を好む権威主義的な国家だ。政争も苛烈で、失脚した者の未来は暗い。国益を考えれば慎重になるべき状況でも、自分達の未来の為にリスクを犯さざるを得ないのだろう。


「そうであるなら、放置はできんが……難しいな。グラバルトが王家の馬車を攻撃したなどと明らかになれば、フレジェスの外交的立場が固定されてしまう」


「殿下の仰る通り、そこが厄介です。グラバルトに協調する選択肢が消えてしまう。かといってオルトリの所為になど絶対できない」


 グラバルト寄りの姿勢を見せることでオルトリ共和国やトグナ帝国を牽制する。そういった外交手段が封じられてしまうのは困る。


「犯人はボカすしかないか。襲撃自体は隠しきれないとしてもライフルが使われた事実は徹底的に秘匿する必要がある」


「はい。すみません、越権とは思いましたが既にそのように頼んでおきました。ライフルの使用を知っているのは私とメルナとコレッタ、護衛の4騎に殿下だけです。現物は布に包んで縛りました。誰にも見られてはいない筈です」


 王家の馬車が襲われて犯人は分からないでは王家の沽券こけんに関わる。何かしらの発表は必要だ。ライフルのことさえ漏れなければ犯人を適当にでっち上げることもできる。


「上々だ。尋問担当者と、念のため治療の担当者にも箝口令かんこうれいを出す」


「お願いします」


 と、ドアがノックされた。外から「ご報告があります」との声。殿下に目で確認し「入ってください」と返す。

 入ってきたのは私の護衛をしてくれていた騎兵の一人、秘密を知る人員は少ない方が良いため、本来の業務外の仕事もしてくれている。


「ロッシュ殿下、ルディーナ様、尋問結果の第一報です。足を斬られた4人ですが、素直に事情を話しています。やはりメルナ殿が両手首を落とした男がリーダーでした。リーダー以外は金で雇われた薬物中毒者だったようです」


 うわぁ。よく薬物中毒者そんなのにライフル持たせるなぁ。


「ネイミスタに薬物中毒者なんているのですね」


「いえ、ネイミスタ市民ではありません。ナグドマー市から連れて来られたそうです」


「仕事の内容は知らなかった感じか?」


「はい。金持ちの馬車を襲うとだけ言われたと。金に加え、オルトリから密輸された上物の薬物も報酬として渡されていたそうです」


 早速オルトリの名が出てきた。これはいよいよグラバルトっぽい。


「他には何か言っていたか?」


「その、気分の悪い話で恐縮ですが『美人が乗っているから楽しめるぞ』とも言われていたそうです」


 確かに気分が悪い……あ、殿下がビキィってなった。怒ってる。


「なぁ、ルディーナ。細かいことは考えずにトグナ帝国と組んでグラバルトに宣戦布告するのはどうだ? 海上戦力ではフレジェスが上だ。海を封鎖して地上はドクナとの連合で行けば」


「駄目です」


 即答する。実際問題、勝てるだろう。でもフレジェス側も10万は死ぬ。


「……すまん、冷静さを欠いた。今後の動きを考えないとな。君ならもう案があるか?」


 殿下の問いに私は頷く。


「ひとまずグラバルトが犯人と仮定します。暴走しているとすれば危険です。グラバルトの工作部隊を叩きましょう。本当はじっくり時間をかけて根から枯らしたかったですが、こうなったら枝葉を打って動けなくする方が安全です。それとバーグフレジェスに対処が必要です。ライフルの件は当然襲撃者側も知っています。万が一報道されると面倒です」


「分かった。バーグフレジェスについては事前検閲をかけよう。グラバルト工作員は……メルナ殿が掴んだ分だけでも殲滅という事でいいか?」


「基本はそうです。ですが、それだとダメージは少ない。確実ではありませんが、もう少し欲張りたいです」


「頑張る?」


「はい。情報を持っていそうな人と交渉して、教えて貰えば良いかと。上手くいくかは分かりませんけど、陛下と殿下の許可がいただければ交渉してみたいです」


 私はニッと笑った。

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