第24話 夜道

 私は夜会の会場を出て、馬車に向かった。もう、ヘロヘロだ。


「お嬢様、お疲れ様です」


 馬車の前では予定通りコレッタとメルナが待ってくれていた。二人の顔を見るとホッとする。


「疲れたよ。帰ろう」


 馬車に乗り込む。メルナは御者をしてくれるので、車内はコレッタと二人だ。他に護衛として騎兵が4人随行してくれる。


「では、出します」


 御者側に付いた小窓から、メルナが言う。私が「うん、お願い」と返すと馬車がゆっくり動き出した。

 夜道なので速度は出せない、のんびりした移動だ。


「ルディーナ様、だいぶお疲れのようで……城に付いたらすぐ湯浴みして寝ましょうね。準備はさせてますので」


「ありがとう。もうね、心労が凄くて」


「そんなにですか?」


「うん。怖いのなんの」


 私はメルナにも聞こえるように大きめの声で夜会の状況を説明する。コレッタは頷いたり驚いたり、コロコロ表情を変えながら聞いてくれるので、話していて楽しい。


「大変でしたね、ルディーナ様! メリザンド嬢の扇、今度あの子に会ったら弄ってみよっと」


 ”あの子”はメリザンド嬢の侍女をしているという幼馴染のことだろう。


「コレッタ、喧嘩は止めなさいよ」


 センシティブな相手を刺激しないで欲しい。コレッタに釘をさしておく。


「はーい」


「ところでコレッタ、生霊対策何かない?」


 9割冗談で私が聞くと、コレッタが目を輝かせた。


「私、そういうの得意です! 分かりました。城に戻ったらすぐに準備を」


「そ、そう。ありがとう。あの、無理しないでね」


 そんなに本気になられても困るのだが、コレッタは「スパイス類は厨房にある」「ビンも厨房ならあるかな」「針は手持ちで良いし」「問題は血か」など、ぶつぶつ呟いている。何を作る気なのだろう……



「馬車を止めます!! 騎兵も停止を!」


 突然、メルナの鋭い声が響く。馬車が止まった。メルナの声色からして明らかに緊急事態だ、私は即座に思考を切り替える。


「お嬢様、恐らく敵です。前方に10名程が待ち伏せしています」


 メルナがそう言った時、乾いた破裂音が響いた。恐らく銃声だ。音からして距離は少しある。弾は外れたようだ。


「10人の程度は分かる?」


「恐らくですが、ほぼ素人かと。今の銃声もこちらが止まったので混乱して撃ってしまったのでしょう。念のため伏せていてください。コレッタは鉄扉を閉めて、ランプを消して。殲滅してきます」


「分かった。可能なら何人か生捕りにして」


「はい。では暫しお待ちを」


 馬車内で私は身を屈める。コレッタが窓の内側に付いた鉄製の扉を閉めて塞ぎ、ランプを消す。この馬車は王族も使う鉄製のものだ。防弾性も高い。特に下半分は鋼鉄の鉄板が追加で仕込まれている。伏せていれば銃弾はまず通らない。


「さ、コレッタも伏せて」


 コレッタは「はい」と言って私の隣に伏せる。


「ルディーナ様、落ち着いていますね」


「ん、まぁメルナが暗い夜道で戦うなら10人ぐらいなら楽勝よ、騎兵もいるし」


 メルナは夜目が利くし、他の感覚も異常に鋭い。その上、剣技、射撃、格闘と何でもござれ、ベルミカ公爵家の最精鋭は伊達ではない。



◇◇ ◆ ◇◇



 メルナは馬車に付いたランプを消すと、御者台の横に固定していたサーベルを腰に差し、馬車から飛び降りた。


 場所は一本道、道の両側は草っ原で所々に木が生えている。周りに他の馬車はいない。


「騎兵は馬車を守ってください! 私は攻めます。道から外れて進み、横から突撃します。牽制射撃を!」


 騎兵は「承知した!」と返すと、下馬して腰から短銃を抜く。


 月明かりを頼りにメルナは走り出す。今日は半月だが、月に雲はかかっていない。メルナにとっては十分な光だ。


 襲撃者がルディーナを狙ったのか、王家を狙ったのか、それは分からない。だが、何にしてもルディーナに向け発砲した以上、容赦はしない。


 道から外れ、前傾姿勢で駆ける。


 護衛の騎兵と襲撃者の双方から発砲音が響いた。ひとまず牽制は成功だ。

 襲撃者の持つ銃がマスケット銃かライフル銃かは不明だが、もし命中精度の高いライフルだったとしても、夜闇の中で適当に撃って当たる距離ではない。無駄な発砲で装填済みの弾を消費させた。暗い中、弾薬包を破って火薬と弾丸を装填するのは素人には時間のかかる作業だ。


 抜剣しつつ、距離を詰める。道に立つ襲撃者達がメルナに気付いた様子はない。敵はやはり10人、全員男のようだ。その中で周囲を警戒できているのは一人だけで、残りは困惑した様子で銃を構えている。恐らく周辺警戒をしている男がリーダーだろう。


 襲撃者の横までたどり着くと、メルナは突撃する。


 未だ、敵はメルナに気付かない。

 一番端にいた男の首を目掛け、剣を横薙ぎに振るう。頚椎を断つ確かな感触、まず一人だ。そのまま素早く剣を引き、その隣にいた男の喉を突き貫く。刃を捻りながら引き抜くと、血が噴き出した。


 流石にメルナに気付いたらしく、リーダーの男が「敵だ! 倒せ!」と叫ぶ。だが、襲撃者達は「敵って?」「何処だ!」などと騒ぐだけだ。


 リーダーらしき男が銃を構えメルナに向ける。メルナは脱力し体を右に傾けると、左足で地面を蹴り右に跳ぶ。銃弾は脇を通り過ぎていった。そのままリーダーらしき男に向けて突進し、斬り付ける。両手首が飛んだ。悲鳴を上げる男の顎に回し蹴りを入れ、意識を刈り取る。


 襲撃者はただ混乱するばかり。

 こうなれば後は”作業”だ。メルナは刃を振るい、次々と襲撃者を仕留めていく。残り4人になったところで、襲撃者たちは一斉に逃げ出した。


 メルナは小さく笑う。バラバラに逃げるならまだしも固まって逃げている。

 矢のように駆け、逃げる襲撃者を後ろから斬り付ける。狙うのは足の腱、刃を振るう度に悲鳴を上げて倒れていく。程なく逃げた全員が地に伏せる。


 できればリーダーらしき男も生かしておきたい。メルナはすぐに踵を返して男に駆け寄ると、止血帯を使う。腕が壊死しても知った事ではないので、力任せに締め上げる。


 止血を終えると、メルナは馬車の所まで急いで戻った。騎兵達が駆け寄って来る。まずは騎兵達に状況を伝える。


「終わりました。敵は10人、うち5人は死亡、両足の腱を斬った4人と両手首を落とした1人が生存しています」


「承知した。生存している賊は私が拘束しておく。メルナ殿は他の3騎と共にルディーナ様を急ぎ城まで」


「承知しました。馬車のランプは付けたくない、騎兵側で周囲を照らして貰っても?」


「承知しました」


 騎兵とのやり取りを終えると、メルナは急ぎ馬車の御者台に登る。


「お嬢様、終わりました。出します。念の為、そのまま伏せていて下さい」


 ルディーナの「了解!」の声と同時に、メルナは馬車を走らせた。

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