第20話 ドレス

「さて、ルディーナ嬢に場所を変えて話がある。この後少し時間を良いかな?」


 会議が終わり、壮絶な羞恥プレイの確定に頭を抱えていた私にロッシュ殿下が言う。


「はい。予定はありません」


「メルナ殿とコレッタも一緒に来てくれ。クロード、行こう」


 殿下、クロードさん、メルナ、コレッタさんと私の5人で城内を進む。たどり着いたのはロッシュ殿下の私室だった。ここに来るのは初めてだ。


 部屋の中に入る。毛足の長い灰色の絨毯に、壁と天井は白い漆喰塗り。目に付く家具はマホガニー製のテーブルと椅子、白塗の事務用机にソファーぐらい。落ち着いた雰囲気の部屋だ。


「座ってくれ」


 ロッシュ殿下に促され、テーブルに座る。


「ルディーナ嬢、一応確認だが結婚の件、気は変わっていないか?」


「はい。もちろんです」


 私は強く頷く。


「おめでとうございます」


 クロードさんがホクホクした笑顔で言祝いでくれる。


「おめでとうございます。うふふ。ロッシュ殿下を狙っていたご令嬢方の血を吐く姿が目に浮かびます」


 コレッタさんが、不穏なことを言う。確かに少し怖い。


 クロードさんもコレッタさんも驚いた様子はないので、昨夜の話は聞いていたのだろう。


「なら、話を進めさせて貰う。まず明日、両親と顔合わせをしよう。扱いは非公式なお茶会だ」


 私は背筋を伸ばして「はい」と頷く。ご両親との顔合わせ、しかも相手は大国の国王陛下と王妃陛下だ。正直緊張する。


「怖がらなくても大丈夫だ。二人共そんなに難しい性格はしていない」


 不安が顔に出ていたのか、ロッシュ殿下のフォローが入る。確かにあの新聞記事に笑いながら許可を出すぐらいだから、おおらかではあるのだろう。でも緊張はする。


「それに明日はあくまで非公式な場、気負う必要はございません。公式な場としては夏の夜会が最初になる予定です」


 クロードさんの補足が入る。


 ……って夏の夜会!?


 社交の場に出ることなんて想定してなかったから、まず服がない。ベルミカ邸から取り寄せるにせよ、仕立てるにせよ、時間がかかる。


「夏の夜会って建国記念のパーティーですよね? その、私ドレスが」


 『ドレスがない』と言いかけたところで、私以外の4人がニャリと笑う。なんだろう?


「コレッタ、呼んできてくれ」


 ロッシュ殿下が指示すると、コレッタさんが部屋から小走りで出て行く。そして程なく再度ドアが開く。


 入って来たのは見覚えのある女性達、殿下が私の服を発注してくれた服商人の従業員だ。


「ご注文の品、お持ちさせていただきます」


 キュルキュルと車輪の音、部屋にキャスターの付いたトルソーが4つ入ってくる。トルソーにはどれも立派で美しいドレスが掛かっていた。


 一つは白いドレス、僅かに金糸が混ぜられているようで光が当たった部分がキラキラする。裾の部分は金襴になっていて、金糸で蔦の模様が織り込まれていた。

 二つ目は空色のドレス、僅かにグラデーションがかかっていて裾の辺りは青が深くなっている。

 三つ目はライムグリーンのシンプルなドレス、同じ色のレースがたくさん付いていて可愛らしい。

 四つ目は紫色、花の飾りがたくさん付いていて、かなり派手だ。


 何だろう、これ。いや、ドレスなのは分かるけれど。


「ということで、ルディーナ嬢のドレスならとうの昔に発注して、既に完成している」


 私のドレスが4つも、凄い。


「あ、ありがとうございます」


 驚いて、それしか言葉が出てこなかった。これ、完成しているという事はタイミング的にたぶん最初の採寸時に発注していたよね。


「目下の問題はどのドレスにするかだな。難問だ」


 ロッシュ殿下が腕を組み、眉間にシワを寄せる。


「とりあえず、全部着せてみましょうか?」


 メルナが怖い事を言い出した。


「そうですね」


 コレッタが頷く。


「いや、ほら、4着も着たら凄く時間がかかるし。殿下はお忙しいのよ?」


「いや、ルディーナ嬢のお披露目だ。ヴォワール家としても重要事案、慎重に決めるべきだろう。確かに忙しくはあるが、着替えを待ちながらでも書類仕事ぐらいできる」


 ロッシュ殿下が乗り気だ。ど、どうしよう。腹をくくるしかないか。


「では、隣室をお借りします」


「宜しければ私どももお手伝いを」


 服商人の女性達がとても嬉しそうに言う。


「お願いします。さ、お嬢様行きますよ!」


 あれよあれよという間にお着替えが始まった。メルナとコレッタ、服商人さん2人の計4人がかりで、手際良くドレスが着付けられていく。着替え終わると、ロッシュ殿下の所へ。回ったり歩いたりして、次のドレスへまたお着替え。


 殿下は


「う、美しい。可愛い!」

「これも可愛い! 凄く可愛い!!」

「綺麗だ。綺麗で可愛い」

「これも素晴らしい!」


 と、全部のドレスを絶賛した。


 4着を着終え、私はヘトヘトだ。でも、楽しい。


「お召になったお姿を拝見できて本当に嬉しいです。お美しい。職人冥利に尽きます」


 そう言って、服商人さんは帰って行った。


 ロッシュ殿下は再び眉間にシワを作る。


「困った。やはり全部良い。クロード、全部着れないかな」


「夜会を朝からやれば、可能かと」


「殿下、無茶です」


 クロードさんが変なことを言い出しそうなので、仕方なく自分で突っ込みを入れる。


「ぐぅぅ。まぁ、俺は全部見れたから良しとするか……」


「明日、陛下のご意見も伺いましょう。どれを着てもお綺麗ですが、印象は多少異なってきます」


「そうだな。そうしよう」



 そんなこんなで、殿下との婚約へ本格的に動き出した。頑張ろう。

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