第21話 ご挨拶、ザルティオの船旅

 私、ルディーナ・ベルミカは扉の前に立っていた。複雑な彫物の施された木製の大扉だ。隣にはロッシュ殿下が居てくれている。


 この部屋にロッシュ殿下の両親、フレジェス国王テオドラ・ヴォワールと王妃シャンタル・ヴォワールの二人がいる。


 息をゆっくり吸い、ゆっくり吐く。


「さて、行こう。……俺の両親に過ぎん。気楽にな」


 ロッシュ殿下はそう言ってくれるが、列強の国家元首を前に気楽は無理だ。残念ながら私はそこまで神経が太くはない。


「な、なるべく緊張は隠します」


 私が小さな声でそう言うと、殿下は「分かった」と笑う。


「父上、母上、参りました」


 ロッシュ殿下が声を上げると、中から使用人さんが扉を開けてくれる。


 広い部屋だ。床と壁は大理石、天井は格子状の角材に木目の美しい板がはめ込まれている。

 部屋の真ん中に丸いテーブルが置かれ、そこに40代後半ぐらいの男女が座っていた。あの御二方が殿下のご両親か。


 私は入口で一度頭を下げ、ゆっくりとテーブルに歩み寄る。もう一度頭を下げ、声を出す。


「お初にお目にかかります。ルディーナ・ベルミカでございます」


 拝謁の栄に浴し、とか堅苦しいことは言わないよう、ロッシュ殿下から言われている。なので、普通のご挨拶だ。


「はじめましてルディーナさん。話は聞いているよ。ロッシュの父、テオドラだ。座ってくれたまえ」


 国王陛下が穏やかな声色で返してくれる。

 私は「はい」と頭を上げて座ろうとして、に気付く。


 何故部屋に入った瞬間気付かなかったのか、テーブルの少し奥に横断幕が掛かっていた。『歓迎! ルディーナさん!』とデカデカと書かれている。白い布に文字の形に切った青布を縫い付けて作ったようで、それなりに手間が掛かっていそうだ。


 こ、これは何? いや、横断幕なのは分かるけど。


「ロッシュの母のシャンタルよ。その垂れ幕は昨日、クロード達が作ってくれたの。何でも『ロッシュ殿下とルディーナ嬢の恋を応援するぷろじぇくとちーむ』らしいわ」


 何ですか? そのPT、初耳です。


「クロードめ、暇ではなかろうに……まぁ、座ろう」


 一瞬フリーズしてしまっていた私は殿下に促されて椅子に座った。


 使用人さん達がやってきて、手際良くお茶を準備してくれる。

 国王陛下はブラウンの髪と瞳、王妃陛下は黒髪に黒い目だ。顔立ちも含めロッシュ殿下は母親似らしい。


 唖然とさせられたが、横断幕のお陰で緊張は少し解けた。……きっと、その為に作ってくれたのだろう、ありがたい。  でも、プロジェクトチームとやらは後でメルナを問い詰めよう。


「まずはお茶をいただこう。一応、最高級とされる葉を使っているよ」


 国王陛下に勧められ、紅茶をいただく。熟した果実を思わせる素敵な香りだ。美味しい。


 テーブルにはマカロンとかクッキーとか、色々なお茶菓子も置かれている。

 美味しそうだなと思っていると、ロッシュ殿下がお菓子をひょいひょいと摘んで食べ始める。ペースが早い。


「ロッシュ、お前は相変わらず甘いものを見ると……」


 国王陛下が苦笑いする。


「ふふふ。でも本当に綺麗な女性ね。ロッシュが夢中になるのも分かるわ」


 王妃陛下が褒めてくれる。半分お世辞かもしれないけど、嬉しい。


「さて、話は聞いている。ロッシュは兎も角、クロードの人を見る目は確かだ。あれが絶賛する人物なら不安はない。君と息子が結婚するなら、私達としては嬉しい限りだ」


 クロードさん、絶賛してくれていたのか。ありがたい。持つべきは良い上司だ。


「父上、息子の目も信じてくれ」


 ロッシュ殿下が小声でボヤく。


「はっ。初恋で惚けた男の目など節穴だ」


 あう。だから初恋なのは私の方です、と心の中で言う。


「ですが、貴方は本当に良いのですか? 外国に嫁ぐ形になりますが」


 王妃陛下の問いに、私は即座に頷く。そこに迷いはない。ロッシュ殿下は大好きだし、ネイミスタも良いところだ。


「はい。もちろんです。それと、ロッシュ殿下は正妻にと言って下さいますが、側室でも構いません」


 フレジェスの国内政治的な事情があれば、そちらを優先させることに異論はない。それは本心だ。陛下にも伝えておく。

 何せ私はフレジェス内では何の後ろ盾もない立場なのだ。国内有力貴族を優先されても仕方ない。


「心配しなくともヴォワール家の婚姻に口出しなど誰にもさせんよ。ロッシュが正妻というなら正妻だ」


 国王陛下が笑う。


「ああ。それに何人も娶りたくはない。君だけで良い」


 ロッシュ殿下が少し照れたような声で言う。


「殿下、お気持ちは嬉しいですが、状況によっては側室も検討して下さい。後継は必要です」


 ゼラートなんて、側室が居たのにあの状態男児は馬鹿一人だったのだ。こればかりはままならない。


 あ、いや、でも結婚する前から消極的というか、弱気な発言も良くないかもしれない。


「あ、あの、殿下、頑張る気持ちはあるのですよ。その、いっぱい赤ちゃん……」


 って、私は初めて会うご両親の前で何を言っているんだ。

 顔がカァーッとなる。きっと真っ赤だ。恥ずかしい。


「あらあら、もう本当に可愛い娘ね。ロッシュは幸運だわ」


 ぷしゅーとなった私を見て、王妃陛下が嬉しそうに笑う。


「後はベルミカ公か。侍女殿に代理権があるとはいえ、使者は出さねば」


 お父様か。どうしてるのかな。もうザルティオは潰しただろうか?



◇◇ ◆ ◇◇



 ザルティオは船に揺られていた。


「おい! 貴様ら! ここから出せ!」


 狭い船室にザルティオの声が響く。窓もない、元々は物置だった部屋だ。ザルティオはそこに監禁されていた。


「申し訳ありやせんね。ベルミカ公からくれぐれも無事に送り届けるようにと仰せつかってますので、歩き回られて怪我でもしてら大変ですわ。何せ、ほら、船は揺れますんで」


 部屋の前で見張りをしている船員がニヤニヤ笑いながら言う。


「逆賊のベルミカになど従いやがって! 許さんぞ!!」


 ザルティオが叫ぶ。たが凄まれても船員は笑うだけだ。


「はいはい。お、食事の時間のようですよ」


 ザルティオの船室の扉が開き、3人の男性が入ってくる。うち1人は手に木製のトレーを持っていた。トレーの上には黒い何かが置かれている。


「ザルティオ殿、食事です。船内ですからな、質素で恐縮です。でも火は良く通しましたから、安心してください」


 船員の1人が堪えきれないと言った風にプッと吹き出す。


 トレーの上に置かれているのは干し肉と丸パンだが、どちらも明らかに焦げていた。


「何だ! その黒いのは巫山戯るな!!」


「さっき言った通り、しっかり加熱してます。食中毒になったら大変ですから」


「こんなもの食えるかっ!!」


「仕方ないですね。ベルミカ公からくれぐれも無事にとご指示いただいています。餓死させる訳にはいきません。押さえろ」


 船員らがザルティオを羽交い締めにする。ザルティオは暴れるが、相手は軍艦の船員、鍛えられた体躯の男複数がかりではどうにもならない。


 船員は無理矢理口をこじ開け、半ば炭になった干し肉を捩じ込む。次いでパンだったものも詰め込むと口を塞ぐ。


「お召し上がりくださいな、ほら、ほら」


 ザルティオはンーッグーと鼻から苦しそうな音を出す。


「苦いか? 旧式のオンボロ艦でフレジェス相手にさせられて犬死した仲間の無念に比べりゃ何でもねぇよ。先は長いぞ、ゆーっくり向かうからな」


 船員は泣いているような目で、口だけ歪めて笑った。

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