第19話 羞恥プレイ
「はいぃぃぃっ????」
意味不明な叫びが自分の口から吹き出す。
私が手にしているのは王家系の新聞『フレジェス・クェア』の本日号だ。
目の前ではメルナとコレッタさんがドヤ顔をしている。
『公爵令嬢連行事案に迫る! 要人取材で見えてきた真相!!』
1面にデカデカと踊るタイトルはゴシップ紙と間違えたようなそれ。だが、何度見返してもお堅い日刊紙『フレジェス・クェア』だ。
中身はインタビューをほぼそのまま載せたような体裁の記事。
『ロッシュ・ヴォワール殿下に幼少から仕える従者が本紙のインタビューに答えてくれた』
うん、クロードさんだよね。
『外交機密の部分はもちろん私からも何も言えません。報道された内容ですか? そうですね、ルディーナ殿が大変お美しいという点は事実です。ですが、それだけではありません。知能が高く極めて優秀です。朗らかで人当たりも良く、理想的なご令嬢と言えるでしょう。ロッシュ殿下も非常に好ましく思っているようで、彼女の前では明らかに態度が違います。殿下のことはハイハイをしていた頃から存じておりますが、その上で断言いたします。あれは初恋ですね。初々しく戸惑う殿下を見て、十年ぶりに"可愛らしい"と思いました』
いやいや、初恋なのは殿下じゃなくて私の方……
その後も私とロッシュ殿下が仲良しである旨を長々とクロードさんが語っている。
というか、本当に日刊新聞『フレジェス・クェア』これで良いの?
「ふふふ、明日は私達のインタビューが載りますよ。更に明後日は王城の前料理長と宝石商です」
こ、これのメルナとコレッタ版!
「あ、明日も明後日もこのノリなの!?」
「はい! 明日からは更に加速していきますよ事実をベースに色々と脚色してます!」
「脚色って、まず何これ??」
「新聞を使った反撃ですよ。手籠疑惑を甘々ラブストーリーで塗り替えます。
自身満々に語るコレッタさん。
えっと、いや、確かに話題性はあるかもだけど。
「当然、『ワムネイミスタ』も使いますよ。こっちはもう、あることないこと。アルバートさんがとっても楽しそうでした!」
アルバートさん、何してるの! 何したの!
「虚偽報道じゃない!」
「良いんですよ、ゴシップ紙だし」
まぁ、確かに『ワムネイミスタ』はゴシップ紙だけど。
「これ、殿下の名誉大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ。初恋が遅いからって王太子としての経歴に傷なんて付きませんから」
そ、そうかもたけど。
というか、何よりもまず
「私が恥ずかし過ぎるでしょ! もう図書館で恋愛小説借りられない! お前が恋愛小説って目で見られる」
「ふふっ、本ぐらい殿下が買ってくれますよ。でも、楽しいので頑張って借りてください。お供しますから。隣で『この娘が恋愛小説です』って顔で立ってます」
メルナ、ノリノリで凄く楽しそうだ。
「あと、フレジェス国民に知られていないお嬢様のことを知って貰おうと、過去のエピソードもたくさん話しましたから。心の準備だけお願いしますね」
か、過去っ! メルナなんて私の過去を大体全部知ってるじゃない! 恥ずかしいの全部!
「酷い……」
「もう手遅れなので諦めてください」
確かに始まってしまった以上は止められない。でも、だけれども……
◇◇ ◆ ◇◇
王城の小会議室、クロードさんが皆の前に立っている。
部屋にいるのはロッシュ殿下、クロードさん、メルナにコレッタ、ロッシュ殿下の護衛隊長サビートさん、アルバートさん以下殿下直属スタッフの面々だ。
『バーク・フレジェス』の虚偽報道への対策会議らしい。
「さて、本日よりルディーナ殿にもご参加いただきます。まず、本日の新聞から。『フレジェス・クェア』には予定通りメルナ殿とコレッタのインタビューが掲載されております」
机の上に置かれた新聞、心の準備をしておいて良かった。いきなり見たら卒倒していただろう。
「あの、良いですか?」
私は手を挙げる。
「ルディーナ殿、どうぞ」
「私が蜘蛛が苦手とか、要りました? ニュースバリューあります?」
礼拝堂に蜘蛛が出て、それから逃げようと尖塔を駆け上がった話が載っている。私が7歳のときのことだ。
「可愛らしいじゃないですか」
メルナから、即答。
「それ、いる?」
私の突っ込みに、今度はコレッタさんがチッチッチッ、と指を振る。
「ルディーナ様。甘々ラブストーリーの主人公なんですから、人間味のある可愛らしいちょいエピソードは必要ですよ。恋愛小説の翻訳でそういうシーン削ったりしないですよね」
そもそも翻訳で勝手にシーンは削らない。
「そうです。しかもコレがあるから、ダリア様が蜘蛛を追い払ってくれるエピソードに繋がるのです。ダリア−ジラルドの婚姻大謀略を前にキャラ出しができる訳です」
新聞には私が両想いの友人達、ダリア・デナンニとジラルド・ラヴォルが結婚できるように、策を巡らすエピソードも載っている。
で、キャラ出しって何?
「そもそもダリアの件からして必要?」
「友人想いのルディーナ様エピソードですよ? どうして不要だと思うのですか? 貴族は兎も角、平民には大受けしますよ。
そう、なんだろうか。
「あ、ルディーナさん『ワムネイミスタ』の方にはダリアさんのエピソード、めっちゃ長く載るから。誇張たっぷり、創作4割で」
と、唐突に言い出すのはアルバートさん。
「誇張しないで! 盛らないでっ!」
「ははっ。印刷始まってるからもう遅いです」
ぐぬぬ。うぬぬ。
「ええ。加えて言うと『ワムネイミスタ』にはお嬢様が殿下にケーキを手作りしたエピソードと、ケーキのレシピも載ります。普段の3倍刷らせてます」
メルナとアルバートさんが指を3本伸ばして「3倍、3倍」とポーズを決めている。
レシピまで載るのか……それ3倍あっても売れちゃう流れだよ。
「おほん。では次にこちらを。明日の『フレジェス・クェア』の原稿でございます。アルバート、配ってくれ」
クロードさんの指示でアルバートさんが、ささっと紙を配る。
昨日聞いていた通り、私の誕生日に昼食を取ったレストランのシェフ、前王城料理長ピエールさんへのインタビューだ。私と殿下が非常に仲が良さそうに、和やかに談笑しながら食事をしていたと書かれている。
……そう、そうよ。こういうので良いじゃない。蜘蛛から逃げなくても、手籠疑惑は否定できるじゃない!
「ねぇ! メルナこれで否定できてるよね? 私の過去要らないよね」
「お嬢様、ご自身のこととなると目が曇りますね。良いですか、まず昨日と今日の記事で注目を上げてから、明日のこの記事です。明日の『フレジェス・クェア』は平時の2倍刷ります。いきなりピエール前料理長のインタビューを載せるのとは火力が違います」
メルナが凄くキリッとした表情で言う。
「そうです。ルディーナ様とロッシュ殿下に羞恥プレイをさせているのも全ては話題性アップのため」
「コレッタさん! 今羞恥プレイって言った? 羞恥プレイって言ったよね? というか王家的にこれ良いの!?」
私がそう言うとクロードさんが頷き、口を開く。
「事前に裁可を仰いだところ、国王陛下は腹筋を使った大きな声で笑っておりました」
「分かりやすく言うと、腹を抱えて大爆笑だ」
ロッシュ殿下が補足してくれる。
良いんだ……ヴォワール家おおらかだな。
国王陛下が了承済みなら諦めるしかないか。
明日は宝石商のインタビューもあると言っていた。視線を原稿に戻して読み進める。
ふむふむ。
……ほへ?
「えっ! ロッシュ殿下! これ本当ですかっ!? サファイヤのネックレス! 知ってたのですかっ!?」
宝石商のインタビューで、最初からロッシュ殿下が買う用に最高級のサファイヤネックレスを準備していたと書かれている。「※」が付いて下の方にゼラート王国でのサファイヤネックレスの意味合いも長々と書いてある。
そんな、そんな、そんな。
「ルディーナ様の顔真っ赤、可愛い」
コレッタさんが何か言っている。
私はロッシュ殿下の顔を見る。殿下の顔も赤くなっていた。
「うーむ。まぁ、概ね事実に即してはいるな。クロードに『ゼラートでは本命の女性にはサファイヤのネックレスを贈る』と聞いただけで、昔話のエピソードまではあの時は知らなかったが」
大事なところはご存知でした。嬉しいけど、恥ずかしい。
「それに瞳の色にも合っているしな…コホン。で、昨日の反響はどうだ?」
咳払いを挟んで、ロッシュ殿下が話を進める。クロードさんが少し表情を引き締めて答える。
「昨日の『フレジェス・クェア』の売上は好調のようです。昨夜の酒場はどのテーブルもその話をしてたとの報告も上がっています」
「そうか。なら順調と言って良さそうだな」
「はい。このまま行けば大丈夫でしょう。中立の『ネイミスタ・アルバ』も取材に動いてるようです。あそこなら最終的にはゼラート王国のベルミカ公にも裏取りをするでしょう。その時点で『バーグフレジェス』は誤報扱いされると思われます」
厳密には『バーグフレジェス』は事実そのものを捏造してはいない。それが間違っていると知った上で邪推を載せているだけだ。しかし、一般読者からすれば誤報としか思われないだろう。
「今日の『バーグフレジェス』はどうだ?」
ロッシュ殿下の問いにスタッフの一人が答える。
「今日はルディーナ殿に関する記事はありません。他の記事は相変わらずのウルティカ統合派推しですが」
「ふむ。思わぬ反撃に混乱しているのだろうな。では、明日の『フレジェス・クェア』はこのままで行こうと思う。どうだ?」
個人的には恥ずかし過ぎるが、そこは諦めるしかない。皆が頷き、私も渋々首を縦に振る。
これ、しばらく外はは歩けないだろうなぁ。
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