第17話 反撃
目が覚めて、ベッドの上で伸びをした。窓からは浅く光が差している、天気は良さそうだ。今日は仕事はお休み、のんびり過ごそう。
最近の私は、朝起きるとまず新聞をチェックする。日刊3紙全てと、発売日には週間紙もだ。
まずは最大部数を誇る『ネイミスタ・アルバ』から目を通す。特筆すべき点はなし、立場も中立的だ。次いで王家傘下の『フレジェス・クェア』、予定通りに記事が載っているのを確認。
私はそこで一度手を止める。次は当然『バーグフレジェス』自分達に攻撃的な記事が載っている可能性が高いので少し心の準備、それからバッと開く。
紙面に目を滑らせ――私は凍りついた。
『ゼラートのうら若き公爵令嬢を連行? 王家は何を!?』
という不穏なタイトルが1面にデカデカと踊っている。何だ? これは……
混乱する頭で記事を読む。
『 ゼラート王国との和平において、公表されている賠償金の支払い、係争地の領有権確定の他に、ベルミカ公爵令嬢(17)の引き渡しがゼラートに課されていたことが判明した。
ベルミカ公爵家はゼラート王国の筆頭貴族であり、その令嬢ルディーナ・ベルミカはゼラート王国王太子の婚約者になっていた。彼女は容姿が非常に美しいことで知られている。
この条項は秘匿されており、令嬢が今どうしているのかも本紙では追うことが出来なかった。本件和平条約に関してはロッシュ王太子殿下が主導したとされている。裏面特集記事(似顔絵あり)に続く』
ふむ。
裏面を見る。私の似顔絵が載っている。かなり上手い版画だ。特徴もきちんと掴んでいる。
ふむ。
1面の本文で容姿に言及し、「裏面特集記事(似顔絵あり)」と書くのは上手い誘導だ。新聞は通常、1面を見せる形で売られている。これをやられたら買いたくなる。商売上手だ。
……いや、関心している場合ではない。
裏面の記事も読む。はっきり言って酷い記事だ。まぁ、端的に言えば女を戦利品にして連れ去り、手籠にしているんじゃないか? という論調である。
まぁ、若い女を引き渡す用途なんてそれぐらいしか思い付かないし、『バーグフレジェス』の記者が邪悪という訳ではないかもしれないが。
「お嬢様、どうされました?」
私の異常な様子に気付いたらしくメルナが駆け寄ってくる。後ろからコレッタさんもピョンピョコとやってきた。
「ちょっと新聞がね。困った記事があって」
隠しても仕方ないので、手にした『バーグフレジェス』を渡す。
メルナとコレッタさんは顔を突き合せて新聞を読み、顔に怒りを浮かべる。
「酷いですね!」
コレッタさんが頬をぷくーと膨らます。
「こういう攻撃をしてきますか、腹立たしい」
メルナはなんか殺気を放っている。
「メルナ駄目よ? 暴走しちゃ」
メルナがベルミカ家の工作要員10人引き連れて突撃すれば『バーグフレジェス』の社屋ぐらいは制圧出来るので、一応釘を刺す。
「しませんよ、ご安心ください。お嬢様こそ、落ち着いてくださいね。まずは朝食にしましょう」
「ハーブティーも淹れますね」
そう言って、メルナとコレッタは準備を始める。私は椅子に深く腰掛け、小さく溜息を零す。
殿下にご迷惑をかけてしまった。悲しい。
この記事は明らかにウルティカ統合派から王家への攻撃だ。
裏面の似顔絵を見るに『バーグフレジェス』が私の顔を押さえているのは確実である。
私の顔を知っているゼラート人を確保したとは考え難い。容姿を確認したのはフレジェス入りした後の話だろう。図書館か、工場見学のときか、美術館か。
何にしても私が性奴隷紛いの扱いなどされていないことは分かっている筈である。
「朝食、お持ちいたしました」
メルナとコレッタが配膳してくれる。ハムとチーズを挟んだライ麦の丸パンに、サラダ。レモングラスとカモミールのハーブティーもテーブルに置かれる。
「ありがとう、いただきます」
食事は美味しいが、やはり気分は晴れない。
あんな馬鹿な記事を信じる人はいないと思いたい。しかし、市中の人々は王家との面識などない。本気にする人も一定数現れるだろう。
ロッシュ殿下の名誉を傷付けているのは非常に心苦しい。
カップを手に取り、カモミールティーを飲んでみても、心は落ち着いてくれない。
どうしたものか。『バーグフレジェス』の社屋の前で私が直接「虚偽報道やめろー」とか叫んでみようか? 似顔絵は広めてくれたようだし、本人だと分かるだろう。
いや、落ち着け。奇行に走って逆効果だったら困る。
でもどうしたら……
一旦ネイミスタを離れる?
渦中の人である私が遠くに行き、物理的にロッシュ殿下と距離を取れば下衆な勘繰りも減るだろう。
どこか地方にでも行って、そこで地元の人と交流を多めに取って暮せば少なくともその地域の人には嘘だと分かる。新聞社も虚報を撒き続け難くなる筈だ。
でもなぁ、ロッシュ殿下の近くに居たいなぁ。
◇◇ ◆ ◇◇
「いい度胸だ。我々は少々新聞社とやらを甘やかし過ぎたかもしれん」
ロッシュは新聞『バーグフレジェス』を机の上に放り投げる。
「ええ、全くですな」
落ち着いた声でそう返すクロードも、目は笑っていない。
「さて、どう対処するか……気持ち的には今から力で潰したいが、まぁ悪手だな」
今から兵士を引き連れ『バーグフレジェス』の社屋を制圧し、主だった幹部を不敬と外交機密暴露で逮捕することもできる。しかし、それだとまるで"認めた"かのように見えてしまう。
「ですな。となれば――」
コッコッとドアがノックされた。
「メルナです。コレッタもおります。少々よろしいでしょうか」
外から声がする。ロッシュは「入れ」と返す。
ドアが開く。入ってきた2人の表情は硬い。記事を見たのだろう。
「これの件か?」
ロッシュは『バーグフレジェス』を指差して問う。
「はい。その件でごさいます。ルディーナお嬢様がかなり弱ってしまいまして」
ロッシュの怒りが一段回上がる。もう、どう見られても良いから攻め込むか? 逮捕なんて面倒なことをせずに榴弾砲をぶち込んでやれば気分も晴れそうだ。
「殿下、暴走してはなりませんよ」
不穏なことを考えていると、クロードが釘を刺してくる。
「すまん。ちと榴弾の魅力について考えてしまった」
「確かに大砲も素敵ですが、今回の状況なら"真実"が一番有効でしょう」
メルナが目に怒りを秘めたまま、口を歪めて笑う。
「真実か……しかし面白い虚偽の方が強いのが世の常だが」
スキャンダルを淡々とした否定で打ち消すのは難しい。醜聞を否定するのは当たり前だし、"問題はなかった"という結論は民衆にとって面白くない。
特に今回はルディーナの引き渡しという主要な部分は真実なので、信憑性という面からも厳しい。
しかし、クロードの反応は違った。メルナに大きく頷く。
「なるほど"真実"ですか。それですね」
「……案があるなら聞こう」
「はい。僭越ながらご提案させていただきます」
メルナが説明を始める。なかなか大胆な作戦だ。
「クロードはどう思う?」
「やりましょう」
即答、クロードは乗り気のようだ。
ロッシュは提案を吟味する。まぁ、仮に失敗しても王家に大したダメージはない。
「分かった。休日に悪いが皆を集めよう」
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