第16話 対策会議に席ができてしまいました


「雇用対策は効果的にウルティカ統合派の勢力を削いでいるようです」


 天井の高い会議室、前に立った細目の文官さんが、現状の説明をしている。部屋には20人程の人が着席していた、皆相応の立場の信頼された役人達だ。

 国王陛下は参加していないので、ロッシュ殿下が会議の最高責任者である。


 私、ルディーナ・ベルミカはウルティカ統合派対策会議に参加させられていた。しかも席はロッシュ殿下の隣だ。

 私は少し緊張して、背筋を伸ばして固まっていた。列強国の重要会議で場の最上位者の真横である。この状況で『好きな人の隣だ』とキャッキャできる程に私の神経は太くない。


 何故ここに居るのだろう? いや、理由は一応言われた、言い出しっぺだからだそうだ。


 雇用を対策しつつトグナ帝国との緊張を高める、私の案が本当に実施されてしまったのだ。


 雇用対策は思ったよりも大きな規模になった。あちこちの部門から雇用対策をするならコレを作りたい、と話が上がってきたのだ。ゼラートからの賠償金では全く足りないが、そもそもフレジェス王国の財政状況は良い。必要なものを作るのならばと国王陛下も賛同してくれたそうで、軍艦の新造、橋の建設、堤防の強化と充実した内容だ。


 既に人の募集を開始しており、失業者の関心はそちらに移っている。


「トグナ帝国による魔石密輸の公表と非難声明発表については、現状効果は未知数です。しかし、ウルティカ統合派に送り込んだ間者スパイの報告によれば一定の動揺は生じている様子」


 トグナ帝国による魔石密輸は捜査によって事実と確定していた。非難声明付きで事実を公表し、多くの関与者を逮捕している。


 同時にゴシップ紙『ワムネイミスタ』を使って『トグナ帝国はフレジェスから密輸した魔石でフレジェスを攻撃するのでは?』という内容の特集を組ませた。根拠薄弱だし、国際情勢に詳しい者からすれば的外れと理解できる内容だ。しかし面白可笑しく、もっともらしく書かれており、一般人には十分に響く。担当者は間違いなく一流のゴシップ記者だろう。


 ちなみに当のトグナ帝国は数々の証拠があるにも関わらず事実無根と宣言している。


「最後に対グラバルトですが、予定通り『フレジェス・クェア』に批判的な特集記事を書かせています。今のところグラバルト皇国からの反応はありません」


 『グラバルト皇国に喧嘩を売る』の部分は流石に慎重意見も出たため、王家の影響下にある新聞に批判させるという穏当な手法を取ることになった。

 かの国は選民思想的な理念を掲げ周辺国に高圧的なので、その辺を叩く記事だ。表向きフレジェス王国の政府は何ら関与していないが、オルトリ共和国は理解するだろう、たぶん。


「以上から、現時点では順調と評価できると考えます。一点気になるのは日刊新聞『バーグフレジェス』の記事です。お手元にお配りした紙面をご覧ください。論調が露骨です。ウルティカ統合派賛美に加え、王国の雇用対策の徹底批判、トグナ帝国による密輸に至っては陰謀扱いです」


 『バーグフレジェス』は元々ウルティカ統合派寄りの記事ばかり書いていた新聞ではある。しかし、これまでは僅かばかりではあるが中立を装っていた。


「ふむ。確かに……ここまで露骨だと売り上げ減少もあり得るだろうに」


 今まで静かに聞いていたロッシュ殿下が口を開いた。


「殿下の仰る通り、焦り過ぎに思えます」


 高位の文官が返す。


「はい。加えて『バーグフレジェス』と同系列同一資本の週刊新聞『バーグ・ワーグ』も同様の論調です」


「社内にウルティカ統合派シンパが多いだけかと思っていたが、根が深そうだ。『バーグフレジェス』の動きには各員注視するように」


 ロッシュ殿下の指示に一同が頷く。


 その後会議は求人の応募状況や建造予定の軍艦のスペック、具体的な堤防の補強箇所など細かな内容の報告に移る。

 私個人としては興味深い内容だったが、現時点では特に大きな議論の材料もない。その後は淡々と進み、程なく終了した。



◇◇ ◆ ◇◇



 会議の後、私とロッシュ殿下はいつもの仕事場に戻る。


 さて、お仕事だ。軽めの翻訳作業から、サラサラと進めていく。

 翻訳が1件終わり、クロードさんに提出する。と、その時ノックに続いて扉が開き、メルナが入ってきた。


「メルナ、お帰りなさい。皆は元気だった?」


 メルナはベルミカ家の諜報・戦闘要員10名チームに会いに行っていた。彼らは相変わらずゼラートに帰れていないのだ。


「はい。元気は元気でした。それで、その、クロード様とルディーナお嬢様にご相談したいことがございます。『バーグフレジェス』が関係するのでもしかしたらロッシュ殿下にもお聞きいただいた方が良いかもしれません」


 なんか、メルナがホットな単語を出した。

 ロッシュ殿下の耳にも届いたらしい。殿下は立ち上がり、歩み寄って来る。


「聞こう。そこのソファーでいいかな?」


「はい。もちろんです」


 私達は部屋の角にある簡易打合せ用のソファーに移動し、座る。


「お時間いただきありがとうございます。市内に滞在中のベルミカ家の人員と会って近況を確認して来たのですが、その中で気になることがありまして――」


 メルナが説明を始める。ベルミカ家工作要員は暇なので、マルバト商会として香水を売っていたらしい。

 人の懐に入り込み、友好関係を築く訓練をたっぷり積んだ諜報要員達である。営業との相性は良い。上手いこと顧客を開拓していったそうだ。


 そこまでは良いのだが、ある日の夜酒場でメンバーの半分が参加して酒盛りをしていると、隣の席に『バーグフレジェス』の社員グループが座ったのだそうだ。彼らは半ば習性で声をかけ、技能を遺憾なく発揮して取り入った。


「ラックが一人の女性に特に気に入られました。どうもこの女性が同社役員の娘らしく、明後日に香水の営業として自宅に行くそうです。加えてカリーナに粉をかけてきている男性もいるとのこと……探らせますか?」


 確かにラックは顔が良いから女性は引っ掛かり易いだろう。しかしベルミカ家諜報部隊うちの連中も中々に引きが良い。


「殿下、ごめんなさい。変な連中連れて来て」


「いや、それは構わんが……クロード、どう思う?」


「そうですな。フレジェス王家こちらの諜報要員は『バーグフレジェス』には全く入っていません。諜報分野が弱い上に新聞社は対象にしていませんでしたから。昨今の動きに鑑みれば、探れるなら探りたいというのが本音ですな」


「俺もそう思う。ルディーナ嬢、メルナ殿、頼んで大丈夫か」


「はい。もちろん」


「当然でございます。御恩に僅かばかりでも報いられるよう、全力を尽くします」


 早速、メルナは指示出しの為に出発した。

 そんなこんなで、暇人達に仕事ができた。



◇◇ ◆ ◇◇



「ただいま〜」


 私は仕事を終えて、部屋に戻った。

 大きく深呼吸を一つ。この部屋にもかなり慣れた。居候の身ではあるが安心できる場所だ。


「お疲れ様です」


 コレットが部屋着を持ってきてくれる。着替えながら、ふとコレッタの服のリボンが曲がっているのに気が付いた。


「コレッタ、なんか曲がっているよ」


 ちょちょいと乱れを直す。でも珍しい、コレッタはいつも服装はきっちりしているのに。

 私は「何かあった?」とコレッタに尋ねる。


「いやぁ、実は幼馴染と偶然城内で一緒になったのですが、少し喧嘩をしてしまいまして」


 幼馴染! なんか素敵な響きだ。


「男の子?」


「いえ、女性です。恋バナだと思いました?」


「ほんの少しだけ」


「ふふっ。まぁでも喧嘩の原因は色恋かもしれませんね。喧嘩した幼馴染はレスコー侯爵令嬢の侍女をやっているのですが、彼女のご主人様ってロッシュ殿下に猛アタックしてた人なのですよ。去年正面から告白してサクッと振られたのに、未だ頑張っているので『諦めるよう進言したら?』って言ったのです。そしたら怒ってしまって」


 コレッタが「てへへ」と頭の後ろをかく。


「なるほど。経緯は分かったわ。あんまり喧嘩はしないようにね」


「ごめんなさい。レスコー侯爵令嬢は綺麗な方ではあるのですけど、ルディーナ様には及ばないですし。頭の方はそこまで良くないので釣り合わないなーと思って言っちゃいました。気を付けます」


「そう? 女性ならむしろ多少頭悪い方がモテるぐらいじゃない?」


 ふと脳裡に浮かぶのはエミリー・ブランダ子爵令嬢、頭ぽやぽや系でザルティオは夢中になっていた。


「どうでしょう? 少なくともロッシュ殿下は違いますね」


 キッパリと否定するコレッタ。まぁ、確かに殿下はぽやぽやには興味なさそうだ。


「ところで……殿下ってやっぱりモテるのよね?」


「それはもちろん。最近は皆さん息切れして下火ですけど、少し前は凄かったですよ。錚々たる令嬢が熾烈な戦いを繰り広げてました。誰が殿下を射止めるかの予想は社交界の鉄板の話題でしたし」


「やっぱり」


 そうだよねぇ……王太子だし、超美形だし、頭良いし、人格者だし。


 私も好きなんだよなぁ……どうしたものか。今のところ殿下の近くに居られているし、少なくとも嫌われてはいないと思うけど。何せ立場が謎の外国人だ。


 でも諦めたくはない。


 あれだ、相手は王太子殿下、正妻ではなく側室狙いという手もある。うん。

 直属スタッフ兼側室、どうだろう?


「ふふっ、興味あります? 社交界の噂程度で良ければお話しますよ。あの手この手で殿下を狙って玉砕した令嬢達のこと」


「ちょっと興味ある」


 私は素直に認め、コレッタに話を聞ねだる。下衆な楽しみではあるが、聞き応えがありそうだ。


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