第15話 廃嫡
翌朝、王都を包囲するベルミカ公率いる諸侯連合軍は陣形を整え、王都に接近した。流石に王都の守備隊も城門を閉ざし、これに対峙した。
「さて、門は閉めたが……どうしよう」
王都城壁の北門守備隊の隊長、ラスロ ・モンテは頭を抱えていた。彼の実家は無派閥の子爵家だ。国王派の貴族が逃げ、ベルミカ派とライモン派の貴族が自派閥の軍に合流する中、とりあえず惰性で仕事を続けていた。
「困りましたね。城壁があるとはいえ、戦力差は圧倒的ですし」
隣で副官もぼやく。彼の実家は無派閥の貧乏男爵家だ。
「だなぁ。まぁ城壁で時間は稼げるだろうから、その間に何かしらの解決が成されることを祈るしかないか」
「解決なんてしますかね。国王陛下が急に元気にでもならないと無理ですよ。現状王国は機能してないですし」
現在王都はスカスカで、半ば国家の体を成していない。無派閥の貴族は少ない。文官も武官も大半がいなくなれば、当然の帰結だ。
「ああ。なんとか職務放棄と言われないような形で、安全に立ち回れれば良いのだが……本当に敵多いな」
城壁の上から見下ろす先には大量の兵士が整列している。しかもベルミカ公爵家の旗が数多くはためいていた。運の悪いことに、包囲軍の中核部隊が北門に来てしまったようだ。
「あ、なんか出て来ましたよ」
副官の言う通り、騎乗した貴族らしき男が一人で城門に近付いてくる。彼は大きな声を上げた。
「王都の守備部隊に告ぐ! 我々は国王陛下が逆臣に監禁されていると判断し、これを救出すべく行動を開始した。戦闘は望まない! 疾く開門されたい」
よく響く声だった。きっとベルミカ派貴族の中から、声量でこの役目に選ばれたのだろう。
「流石に簡単に開けると、職務放棄ってみられるよなぁ」
今後のことを考えると、あっさり職務を放棄する人間だとは見られたくなかった。ラスロは次男、兄が元気な限り領地の経営では食っていけない。今後もずっと働いて、俸給を得なくてはならないのだ。人材としての評判が悪くなれば路頭に迷う。
「昨日ベルミカ公爵が自ら王への謁見を求め王城に赴いた! しかし、謁見は実現していない! 病気だというが主治医との面会も拒否されている! この状況では監禁と判断するのが相当である! 開門されたい!!」
要求が繰り返される。ラスロは特に返答はせず、状況を見守っていた。少し間をおいて、城壁の下から更に声が張り上げられる。
「門を開けさせるための嘘ではない。我々は王都の城壁を容易に突破できる。嘘をつく理由はない!!」
貴族らしき男がそう言うと、ベルミカ軍から、布がかけられた”何か”が出てくる。全部で4つ、綺麗に並べられる。ベルミカ軍の兵によって布が取り払われた。現れたのは巨大な砲だ。
ラスロはぞくりと背中に寒気を感じた。あれは……
副官が「何ですかね」と言って単眼鏡を取り出し目に当てる。ラスロは短眼鏡を強引に奪い取ると、砲らしきものを見た。重厚で無骨な恐ろし気な大砲だった。
ラスロはそれなりに勉強はしている方だ。仕事にしている軍事関係の知識は深い。その大砲には心当たりがあった。
「まずい。あれはトグナ帝国製の重砲だ。あんなものどうやって手に入れやがった」
「トグナって列強の?」
「そうだよ。やべぇぞ。本物だったらこんな城壁あっと言う間に破壊される」
「そんなにですか? こちらにも大砲はありますけど」
「列強の兵器は格が違うんだよ!」
副官とそう言い合っていると、並んだ重砲のうち1つが横に向けられた。砲の向く先には今は使われていない古い監視小屋がある。
「これより、警告の砲撃を行う!」
城壁の下からまた声がする。
砲の放たれる轟音、それに少し遅れて爆音と共に監視小屋が吹き飛んだ。
「爆裂する弾……本物だ。って、しかも連中の持ってる銃っ! ライフルじゃねぇか!」
「ら、ライフルってあれですか。列強が使うどんなに離れても当たるっていう」
「流石に『どんなに離れても』は大袈裟だが、それだ。俺達のマスケット銃じゃ勝負にならない。おい! 門を開けるぞ。無駄死には御免だ」
ラスロは叫ぶ。
何もかも、命あってだ。例え小作人として畑を耕すことになろうとも、ここで死ぬよりずっといい。
◇◇ ◆ ◇◇
「情報通りの人物だったようだな」
ベルミカ公は開け放たれた北門を悠々と通り抜け、王城へ向かう。
ベルミカ公は事前に得ていた北門の守備隊長の情報から、北門を突破箇所に選んでいる。帝国製榴弾砲の恐ろしさを理解しており、部下の無駄死は避ける筈との評価は正しかったようだ。
もうここまで来れば、ベルミカ軍を阻むものはない。
王都の住民は家に閉じ籠り、息を潜めていた。静かな大通りをベルミカの旗が進む。
王城に辿り着き、選抜された精鋭と共に内部へ突入する。王城の正門では流石に僅かに銃撃戦が発生したが、それもすぐに終わる。相手方にやる気のある兵士は極僅かだった。
「私は陛下の元に向かう。ザルティオを捜索し、丁重に拘束しておけ」
随行する部下に指示を出し、ベルミカ公は少数の護衛と共に王城を奥へ進んでいく。
王の寝室の前には、主治医が立っていた。
「陛下の状況は?」
「今はお休みです。一時期よりは回復しておりますので、命に問題はありませんが、あまりご負担をかけることはご遠慮ください」
「承知した。起きるまで静かに待とう」
そう言って、ベルミカ公は寝室の中に入る。
国王は大きなベットに力なく横たわっていた。錯覚かもしれないが、体が小さくなったように見える。
ベッド脇の椅子に腰掛ける。聞こえるのは弱々しい寝息だけ、静かだ。
ゆるゆると、時間が過ぎる。
銃声も聞こえないところをみると、王城の制圧は問題なくできているのだろう。
どれほど経ったか、王が身じろぎをした。シワだらけの瞼がくしゃりと開いた。
「目が覚めたか? ラッザロ」
「オリンドか。久しいな……すまん。俺は敎育を間違えた」
「かもしれんな」
「お前がここにいると言うことは、王城は落ちたのか?」
「陥落と言うと大袈裟だな。皆逃げるか、ベルミカ側に来るかで、無人に近いところに突入しただけだ。死人は殆ど出ていない」
「そうか。情けないな」
ラッザロ王は自虐的に笑った。
「さて、我々の要求は一つ。ザルティオを廃嫡して貰おう。もうアレは王には成れん」
「ベルミカもライモン派に鞍替えか……」
ラッザロ王が苦々しい声をこぼす。ラッザロが王に就くときも、一部にライモンを推す声があった。『ラッザロは凡庸』と囁く声は国のあちこちから聞こえていたのだ。
ラッザロ王の中には忸怩たる思いがある。
「
ヴィクトルはライモンの長男で、クリスティーヌは
ライモン派もライモン当人も、ザルティオでは駄目という立場なだけで、ライモン王誕生には拘っていない。ラッザロには十分選択の余地がある。
「なるほど。ヴィクトルとクリスティーヌは仲が良い。結婚させるという手もあるか」
「それも手であろうな。その夫婦ならどちらを王としても、問題ないだろう」
「……分かった。ザルティオは廃嫡とし、カベディア島に流そう」
「うむ。それと、ザルティオの周りで囀って今回の事態を引き起こした連中は処理するぞ。外国から賄賂を受け取っていた者もいるようだしな」
「賄賂……ああ、それは当然だ」
ベルミカ公が紙とペンをラッザロ王に渡す。王は力を振り絞るような顔で手を動かし、ザルティオを廃嫡とする旨を書く。
「騒がせたな。ゆっくり眠って病を治してくれ。まだ死ぬなよ」
ラッザロ王は頷いて、横になった。
ベルミカ公は王の寝室を出て王城内の大広間に向かう。広間にはベルミカ公の部下達が集まっていた。
「状況はどうだ?」
「はい。ザルティオ殿下は確保済み、自室に監禁してあります。その他の王族も各自の自室におります」
「うむ。ラッザロからザルティオ廃嫡を取り付けた。これで勝ちだ」
「おめでとうございます。あと、ザルティオの部屋にいたエミリー・ブランダ子爵令嬢を拘束してありますが、どうしましょう?」
ベルミカ公は首を傾げる。エミリー、エミリー・ブランダ、誰だったか。
「その、ザルティオの浮気相手です」
ベルミカ公はポンと手を叩く。そんな奴もいた。だが、正直に言ってどうでもいい。
「別命あるまで牢にでも入れておけ」
「はっ。承知いたしました」
ベルミカ公は今後の段取りを考える。まずザルティオを乗せる船の手配だ。沈むのは良くないから、頑丈な船がいい。
「そうだ。軍艦を使うか、フレジェス戦に参戦させられた生き残りにしよう」
衝角で戦列艦に挑まされ、ザルティオに怒り心頭な連中だ。愉快な船旅になろう。
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