第14話 ゼラート王都包囲
ベルミカ公爵、オリンド・ベルミカは王都に近いグディク侯爵領のグディク侯爵邸を訪れていた。
応接室でベルミカ公とグディク侯が向き合う。雰囲気は和やかだ。
「ベルミカ公、お久しぶりでございます」
「グディク侯は変わりないようで何より。軍勢を受け入れていただいたこと、深くお礼申し上げる」
「いえ、当然のことですよ」
ベルミカ公は兵5000を率いてグディク入りしていた。普通なら他家の軍を領地に受け入れるのはハードルが高いが、ベルミカ公爵家とグディク侯爵家の繋がりは深い。婚姻も度々結んでおり、ベルミカ公とグディク侯も血の繋がった
「それで、兵力の引き上げは問題なく進みそうですか?」
グディク侯の問いに、ベルミカ公はゆっくりと頷く。
「もちろん。我々の派閥だけでなく、ライモン派の貴族もほぼ全て同調してくれている。今頃駐屯地には一斉に使者が到着して大混乱しているだろう」
”王国軍”の主力は王都近郊の3つの駐屯地に分かれて配置されている。その全てに命令書を携えた使者達が駆けこんでいるはずだ。
”王国軍”と言っても各地からの派遣部隊の集合、本質的な指揮権は諸侯が握っている。
一見王都を守るように配置されている"王国軍"は、貴族の大半が王家に敵対すれば、そのまま王都包囲軍へと変わる。”王国軍”設立に際して組み込まれた王への
ベルミカ公はこれがあるからこそ、ルディーナを介してザルティオを制御できると踏んでいた。
「それと……ルディーナお嬢様のことは何か分かりましたか?」
グディク侯にとってもルディーナは親族だ。当然のようにその身を案じていた。
「フレジェスに向かわせた部下から手紙が届いた。ネイミスタで平和に暮らしているようだ。ひとまず問題はない」
ベルミカ公の部下達は帰りの船が確保できないらしく、まだ戻って来ていない。フレジェスとの戦争は終わったが、ゼラート国内がキナ臭くなっているため、交流が回復していないのだ。いざとなれば金を山と積んで強引に船を出させるだろうが、そこまでして帰国を急ぐ必要もない。
「それは良かった。もう心配で心配で」
グディク侯は大きく息を吐く。
と、その時応接室の扉がノックされた。
「どうした?」
「ラヴォル伯爵のご長男ジェラルド様と、その御婦人ダリア様がベルミカ公を訪ねておいでです」
グディク侯の問いにドアの向こうから返事が返ってくる。
ラヴォル伯爵はベルミカ派の主要メンバーの一人だ。ベルミカ公がグディク入りすることも情報共有している。加えて、その息子夫婦はルディーナの親友でもある。
ベルミカ公としては信頼できる人間という分類になる。
「彼らなら、私としては問題ないが」
「承知した。この部屋にお通ししろ」
グディク侯が命じ、暫く待つと二人の若者が入室してくる。
「ベルミカ公、グディク侯、突然の訪問にも関わらずお時間をいただき、ありがとうございます」
ジェラルドとダリアは綺麗な所作で深く頭を下げる。
「構わん。何かあったのだろう。だが、その前にルディーナは無事だ。フレジェスでのほほんと暮らしているらしい」
彼らもルディーナのことは心配だったのだろう。安堵の表情で息を吐く。
「良かった。安心しました、ありがとうございます。それで、本日伺ったのはこちらをお渡ししたかったのです」
ジェラルドが書類の束を渡してくる。ベルミカ公はグディク侯と共にざっと目を通す。
「なるほど、な」
非常に有益な情報だった。
「オルトリ共和国系の商会が国王派の貴族に金を撒いていました。金額と範囲は対フレジェス開戦後に激増しています。税務部門にいるベルミカ派の協力で尻尾を掴めました」
「突然動きが変わったのはこれか。裏でオルトリ共和国が動いたなら、あの手際の良さも納得がいく」
オルトリにザルティオを庇う理由はない。ベルミカ公の行動を妨害はしてはこないだろう。これで、ザルティオ排除を巡る最大の不安要素が消えた。
「はい。全力でフレジェスとの和平を実現すべく動いていたようです。フレジェスによるゼラート併合を絶対に阻止したかったのでしょうね」
どうやらオルトリは想像以上にフレジェスを警戒しているらしい。
確かに、現状のゼラート王国は弱いとしてもフレジェス王国に併合され、その支配下で近代化が成されれば話は変わってくる。オルトリは最強国の座を脅かす要素を排除したかったのだろう。
「となると、ルディーナお嬢様は単にザルティオに和平を飲ませるためのネタにされたのか……無事だったから良かったものの」
グディク侯が怒気を孕んだ声で言う。
「何にせよ、これらの買収された貴族はいずれ排除せねばな。ありがとう、お蔭で潰すべき相手がはっきりした」
ベルミカ公はジェラルド達にお礼を言う。まずはザルティオの廃嫡が先だが、それが済んたら大掃除だ。
ベルミカ公がグディク領入りした4日後、
とはいえ、ベルミカ側は単に軍で囲んだだけで、人の出入りも物の出入りも一切塞いではいない。なので王都の平民達は不安を感じつつも変わらず日常生活を営んでいた。
もちろん、ベルミカ公の意図通りだ。
国王派の貴族は敵対派閥に囲まれた都市から次々と脱出し、自分の領地に逃げ帰っていった。
◇◇ ◆ ◇◇
王都の『包囲』を始めてから6日後、ベルミカ公は動いた。
「リベリオここは任せた。ないとは思うが、万が一私が害されたときは容赦なく潰せ」
「はい。お父様はお気をつけて」
息子にそう指示して、ベルミカ公は王城へ向かう。
王への謁見を求めるためだ。
王国軍から戦力を引き上げ、数日経ってなお、国王側からは何のアクションもない。
王国は明らかに機能不全に陥っていた。
役人の大半が敵対するか逃げるかしているとは言え、国王が舵取りをできていれば、こうはならない。
国王ラッザロ・ゼラートが指示を出せない状態なのは間違いないだろう。
病で寝ているのか、病を口実に軟禁されているのか、はたまた既に死亡しているのか。
いずれにしても、ベルミカ側が次の行動を取る前に一度謁見を求める必要があった。
連れて行くのは文官2名に護衛5人という少数、馬車2台で南の正門から王都に入る。王都の守備部隊も籠城戦に入るでもなく、漫然と過ごしている。そのため平時と変わらず自由に動けた。
王城前の広場にたどり着くと、文官を走らせ正面から謁見を申し入れる。
ベルミカ公は王城前広場で返事を待つ。
広場の真ん中には向かい合う2体の銅像がある。初代国王オリヴィエ・ゼラートとその弟ナゼール・ベルミカの再開のシーンを示したものだ。
戦乱の時代、オリヴィエ・ゼラートは敵対勢力に都市を包囲され、一度は完全に追い詰められた。それを救援したのは母方の実家であるベルミカ家に養子入りし家督を継いでいた弟のナゼールだ。西の端にあるベルミカ領から遥か東の現王都まで、敵を蹴散らしながら怒涛の勢いで行軍し、包囲軍を撃破した。入城したナゼールは実際にこの場所で兄に迎えられたと言う。
ゼラート建国の物語だ。
それが今はベルミカが王都を包囲している。彼らは嘆いているだろうか、呆れているだろうか。
長々と時は過ぎ、ようやく王城から出てきた役人が困惑した顔で「ひとまず中に」と案内する。
ベルミカ公は馬車を降り、王城に入る。応接室に通され、再び待つ。
薄めの本を一冊読めるぐらいの時間が過ぎ、再び現れた役人に誘導され大広間に移動する。
そこには、豪奢な椅子にふんぞり返ったザルティオがいた。
「なんのつもりだ。ベルミカ」
ザルティオが不機嫌な声で言う。
「ふむ。ザルティオ殿下、私は貴殿に面会など求めていない。ラッザロ・ゼラート国王陛下に謁見を求めている」
「父上はご病気だ。キサマの謁見など認めん」
苛立ちを隠さず、吐き捨てるようにザルティオが言う。ベルミカ公は落ち着いた声で、ゆっくりと返す。
「病気か。ならまず主治医から話を聞こう。呼んできてくれ給え」
「ふざけるな! 何様のつもりだ!」
ザルティオが叫ぶ。
「ふむ。王には会わせん、主治医とも話させんと。なるほど、なるほど。仕方ない。一度戻るか」
「帰る? 気軽に言うなぁこの逆賊が。王都を包囲など許すと思うか!! おい! 兵どもソレを捕らえろ!!」
大広間に待機していた兵士が困惑気味にベルミカ公に歩み寄る。
「君達、国王陛下の命令もなしにベルミカに攻撃するとなれば、覚悟はしたまえよ。一族郎党、炙ってやろう」
兵士達の目を射抜くように睨み、ベルミカ公は言う。
火炙りによる処刑は一部の重罪人に適用されることになっているが、実際には滅多に行われない。しかし、脅しには聞こえなかった。
……当然だ。ベルミカ公は本気なのだから。
兵士達の足が止まる。
王都を包囲する諸侯連合軍は5万を超え、王都の守備隊は8千にも満たない。兵士達は詳細こそ把握していないが、圧倒的な戦力差で囲まれていることは知っている。この状況でベルミカ公を敵に回す意味ぐらいは分かった。
ベルミカ公は出口に向い悠々と歩く。
「貴様ら命令に逆らうのかっ!!」
「しかし殿下、筆頭公爵の拘束など王命なしには」
「黙れ俺は王太子だ! グスどもがっ!!」
背中に喚き散らすザルティオの声を聞きながら、ベルミカ公は大広間を去る。
用は済んだ、長居は無用だ。広間を出ると早足に切り替えて、王城を出る。そのまま馬車で王都から脱出し、ベルミカ軍に戻った。
息子のリベリオと従兄弟のグディク侯に迎えられる。
「ベルミカ公、どうなりましたか?」
「陛下とは会えなかった。病気とのことだが主治医との面会も拒否。想定通りだな。明日の朝、突入するぞ」
「父上、了解しました。各員に伝え、準備に入ります」
リベリオが駆けていく。包囲軍は慌ただしく再配置を開始した。
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