第13話 誕生日デート
「じゃあ行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
私はロッシュ殿下に続いて馬車に乗り込む。
殿下はシルクの白いシャツにグレーのジャケットを羽織っている。普段よりは少しラフな印象の服装だ。私は青い花の刺繍入りのワンピース。
私と殿下の二人を乗せて、馬車がゆっくり走り出す。今日は『お忍び』扱いなので、護衛は周囲を囲っていない。とはいえ、遠巻きには私服の護衛が居るようだし、馬車の御者を帯剣したメルナが務めているので無防備ではない。
今日の目的地は『ネイミスタ王立美術館』。殿下が休館日に入れるから一緒に行かないかと誘ってくれた。
元々行ってみたかったけど、凄く混んでいるということで尻込みしていた場所なので、楽しみである。
今日は奇しくも私の誕生日、素敵な日になりそうで嬉しい。
「殿下、お誘いいただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。休館日だから掃除をしているが、展示品はそのままだから、ゆっくり見れる筈だ」
王権濫用かもしれないが、そもそもヴォワール家の所有する美術品なのでOKだろう。
「はい。楽しみです。でも殿下はお忙しそうでしたけど、大丈夫だったのですか」
最近の殿下はウルティカ統合派のせいで大忙しだ。
まったく、殿下の心労になる面倒な集団はとっとと弱体化して欲しい。
「ああ、方針が概ね固まって人員も確保したからな。一日気晴らしに出かけるぐらいは問題ない。今言うのも何だが……ルディーナ嬢のアイディア、多少の修正を経て採用されたぞ」
ほへ。
あれか、喧嘩売って軍艦作るやつか。
「そ、そうですか」
もちろん私なりに真面目に考えたプランだが、責任を取れる立場ではないので不安である。上手くいきますように。
「まぁ、すまん。仕事の話は止めておこう。そういえばこの前作ってくれたケーキ、レシピを教えてくれたそうだな。ありがとう」
「いえ。プロの職人さんが作ればもっと美味しくできると思いますので」
フワフワした柔らかい食感が特徴のケーキ、殿下に好評だったとのことなので、レシピを広めておいた。
「いや、ルディーナ嬢が作ってくれたケーキは素晴らしかったぞ。料理もできるとは凄いな」
「ふふ。ありがとうございます。趣味で使用人に習っただけですが、役に立ちました」
馬車が速度を緩め、止まる。美術館に着いたようだ。メルナが馬車の扉を開けてくれる。ロッシュ殿下がサッと先に降りて、「さ、行こう」と手を差し伸べてくれる。
私は「ありがとうございます」と言ってロッシュ殿下の手を取る。大きくて温かい手だった。
少し畏れ多くて緊張する。
馬車を降り、美術館を見る。大理石の外壁に銅葺きの屋根、綺麗な建物だ。美術館の職員らしき人が出てきて、恭しく頭を下げる。
メルナは「では、私はこちらでお待ちいたします」と言って一歩下がる。
美術館職員さんが扉を開けてくれて、殿下と二人、正面入口の横にある通用口から中に入った。
入って、まずエントランスに圧倒される。左右に大理石の彫像が並び、”遠い”と感じる程に高い天井には見事な天使の絵。
私は美術館の館内図を取り出す。大きく分けて絵画エリア、彫像エリア、その他美術品エリアに分かれている。
「さて、何から見る?」
「えっと、もし良ければ絵画から」
一番見たいのは絵画、最後に取っておくのも良いが、疲れる前に見てしまおう。
「分かった。こっちだ、行こう」
殿下と二人、館内を歩いていく。展示室に入ると、一級の名画がずらりと並ぶ。展示室内には私と殿下だけ。悠々と鑑賞し放題、王権濫用万歳だ。
「ルディーナ嬢はどんな絵が好きだ?」
「そうですね。人物画とかも良いですけど、どちらかと言えば風景画が好きです。行ったことのない場所の景色は見ていてワクワクします。この山の絵も綺麗ですね」
ちょうど目の前に風景画があった。灰色の岩山に背の低い草が所々緑を添えている。
「これはフレジェス北東部にあるドルレア山の山頂付近を描いた絵だ。行こうと思うと相当大変な場所だな」
ふむふむ。流石は
「こっちはアレだ。ウルティカにある例の精霊信仰の聖地だな。その隣はガエター渓谷、風光明媚な場所として知られてる」
風景画を中心に殿下が解説してくれる。もちろん風景画以外も沢山ある。歴代王家の肖像画はロッシュ殿下のご先祖様がずらりと見られて、楽しかった。
沢山の展示室を時間を忘れて眺め歩き、絵画を見終わった頃には私はヘトヘトだった。
「ルディーナ嬢、疲れただろう。お腹も空く頃じゃないか?」
「はい。彫刻も宝石も陶磁器も、全部見る気でいましたけど、1日じゃ厳しいですね」
「無理をする必要はない。また来れるさ。休館日も月1回はあるしな。さて食事を挟んで午後も鑑賞、というのも良いが、今日は買い物に行かないか?」
お買い物? 何だろう。殿下なら商人を呼びつけて何でも買えるだろうに。
「はい、喜んで。でも何を?」
ロッシュ殿下は少し躊躇うような仕草、数秒の間を経て口を開く。
「いや、ルディーナ嬢は今日誕生日なのだろう。何かプレゼントをと思ってな」
少し照れたような、いつもより小さな声で殿下はそう言った。
私の誕生日って知ってくれていたことにビックリする。嬉しい。
ロッシュ殿下の顔を見る。目が合って、そのまま数秒見つめ合う。相変わらず殿下の睫毛は長い。
「あ、ありがとうございます」
私は気恥ずかしくて、視線を逸らしてからお礼を言った。
「さ、まずは食事だ。店は確保してある。すぐそこだから、歩こう」
美術館を出ると、すっとメルナが横に付く。
昼時の眩しい日射しの中をのんびりと歩き、美術館から1ブロック先の小さなレストランに入る。他に客はおらず、貸切のようだ。
初老の男性が席に案内してくれる。服装からしてシェフなのだろう。メルナはドアの前に陣取って警備モードだ。
「坊っちゃま……失礼しました。殿下、お久しぶりです。ようこそお越しくださいました」
「気にするな、坊っちゃまでも良いさ。クロードなんて時々わざとそう呼ぶぞ」
どうやらロッシュ殿下とシェフは旧知の仲のようだ。気の置けない雰囲気が伝わってくる。
「クロード様も変わらないようで、何よりでございます」
ロッシュ殿下は私の方に向き直り、手のひらでシェフを指す。
「彼は昔王城で料理長をしていた人物だ。高齢だからと辞職した後、この店を開いたんだ」
「ルディーナ様、お初にお目にかかります。料理人のピエールと申します」
「ルディーナ・ベルミカです。よろしくお願いいたします」
ピエールさんが私をじっと見て、皺を深めて笑う。
「坊っちゃま、もの凄い美人を連れてきましたね。このピエール、腕によりをかけて調理させていただきます。まだまだ後任には負けませんぞ」
ピエールさんは意気揚々と厨房に向かう。何だか料理人がお客さんに料理を作るというより、自分の子供にご馳走様を作るみたいな気合いの入れ方だ。
「ふふっ、なんか殿下とピエールさん、家族みたいですね」
「ピエールは俺が赤ん坊の頃から王城に居たからな。俺の離乳食を作ってくれたのは彼らしい。もちろん覚えてはいないが」
なるほど、それは深い関係だ。私とメルナより更に長い。
しかし、赤ちゃん頃のロッシュ殿下か。どんな子だったのだろう。
殿下の顔をじっと見て、想像する。小さくて、おめめパッチリで……うん、きっと凄く可愛い。
「どうした? 変な顔して」
「いえ、何でもありません。そういえば、王家の肖像画を見ると、殿下って先王陛下に似てらっしゃるのですね」
私は笑って誤魔化し、話を逸らす。
そこからまた絵画の話に戻りお喋りを続けていると、ピエールさんが一皿目を持ってきてくれた。
更には蒸し野菜が可愛らしく盛り付けられている。
「殿下は長々と説明されるのが嫌いでしたので、簡単に。蒸したアスパラと芽キャベツに生ハムを添えて、オリーブペーストをのせてあります」
ロッシュ殿下が「ありがとう」と言って食器を手に取る。私も「いただきます」とフォークを手に取る。
まずは一口、オリーブの酸味が上品で美味しかった。
ロッシュ殿下はリラックスした様子で、でもそれでいて上品に料理を口に運んでいる。
「美味しいですね。流石は先代料理長さん」
「だろう。クロードはしょっちゅうここに来てるぞ」
その後もスープ、焼いた海老、葡萄酒で煮込んだラム肉と、素敵な皿が続く。デザートは果物のテリーヌ。
食事を終え、ピエールさんにお礼とお別れを言って店を出る。
乗ってきた馬車が店の前にあった。いつの間にか、誰かが動かしたらしい。段取りが良くてびっくりだ。
馬車に乗ってまた移動、今度は大きなお店の前に止まる。3階建てで、階高も高いため、重厚な印象を与える。
身なりの良い壮年の店員が近づいてきて頭を下げる。
「お待ちしておりました。上の階へご案内いたします」
店員さんが手のひらで示す方向には正面入口とは別の入口、小さいが一目見てその部分は造りが良い。
「この店は1階と2階は庶民向けで、3階に高級品が売っているんだ」
ロッシュ殿下の解説が入る。なるほど。3階は入口から違うということか。
殿下に続いて店に入り、階段を上がる。確かに高級品売り場という雰囲気、内装も床と壁は大理石、天井は漆喰塗りだ。
どうやら宝飾品のお店らしい。アクセサリーを中心に沢山の品が並んでいる。
「さ、見て回ろう。気に入るものがあれば言ってくれ。別に何個でも良いぞ」
ロッシュ殿下が怖いことを言う。まぁ、王家の資金力からすればこの店の宝飾品全部だって買えるのだろうけど。
「厳選します」
殿下と並んで、商品を見て回る。並ぶ品はなるほど、高級品だ。
まず目に入るのは、色々な宝石のはめ込まれたアクセサリー。ルビーにサファイヤ、ダイヤモンドにエメラルド、ルースはどれも質が良い。加工の難しい
誕生日のお祝いの品を一緒に選ぶ、か。
ザルティオとは終ぞなかったことだ。一応誕生日にザルティオ名義で贈り物は来ていたが、国王陛下の命令で部下が手配していただけなのは知っている。
ただ、そこは私も人の事は言えないか。ザルティオへのプレゼントは一応自分で選んではいたが、あくまで社交儀礼として無難な品を見繕っただけ、気持ちは籠もっていない。
ま、そんなことは今はどうでもいい。
視界はキラキラと輝く宝飾品で埋まっている。どれも綺麗で見ていて楽しいが、選ぶとなると難しい。
「まず種類から絞るか、ネックレスとか、指輪とか、何がいい?」
ロッシュ殿下に質問され、考える。アクセサリーとして使い易いのはネックレスだろう。
「そうですね。指輪やブレスレットよりはネックレスが」
殿下がネックレス、ネックレス、と呟きながら物色を始める。
「ふむ。ならこれなんてどうだ? 瞳の色にも合う」
そう言って殿下が指差すのはサファイヤのネックレス、
「確かに、素敵だと思いますけど――」
「よし、ならとりあえずこれは買おう」
どうしようかと思い悩むうちに殿下が決めてしまう。店員さんが「承知しました」と紙とペンを差し出し、殿下がサラサラとサインする。
か、買われてしまった。
サファイヤのネックレス、ゼラート王国では少し特別な意味を持っていたりする。
一つ、旧王朝時代の昔話があるのだ。
高貴な女性に恋をした男が、女に相応しい身分を手に入れる為に戦場で活躍するシンプルなお話し。その中で男が戦場に赴く前に想い人に贈るのがサファイヤのネックレスなのだ。
なので、ゼラート王国で男性が未婚の女性にサファイヤのネックレスを贈ると「いずれ君を妻にしたい」という意味に取られる。
もちろんゼラート王国限定の話だ。ここフレジェスでは特別な意味はない。他国では殆ど知られていないローカルな昔話なので、流石に殿下も知らないはずだ。だから気にするのは理屈に適っていないのだが……
「ほら、付けてみよう」
そう言ってロッシュ殿下が私の首後ろに手を回し、ネックレスを付けてくれる。必然、殿下の顔が近くに来る。何度見ても睫毛が長い。ネックレスのチャーム部分が首元にあたり、冷たさに「ひゃぅ」と変な声を出してしまった。
「うん。やはり似合うな」
そう言って微笑む殿下。心臓が、痛いぐらいにドキドキしてしまっている。
深呼吸して、少しだけ心拍数が戻るが、私は今たぶん耳まで真っ赤だ。
「ありがとう……ございます」
何とかお礼の言葉を絞り出す。
痛い程のドキドキ。友人のダリアが言っていた、熱愛するジェラルドの前だとそうなると。
流石に自覚せざるを得ない。
ああ、私はロッシュ殿下が大好きなんだ。
◇◇ ◆ ◇◇
夜、美術館に買い物にと出歩いて疲れたルディーナが早めに就寝した後、王城の会議室に人が集まっていた。
メンバーはクロード、メルナ、コレッタにアルバートら王太子スタッフの面々と、王太子護衛チームのリーダー。つまり、ロッシュとルディーナの恋を応援する
メルナが前に出て、口を開く。ドヤ顔だった。
「ご報告申し上げます。本日の誕生日デート計画、万事
拍手が上がる。
「うむ。メルナ殿、今日は一日よくやってくれた」
PTのリーダー、クロードはメルナを労う。
「いえ、クロード様がロッシュ殿下を上手く誑かした時点でほぼ成功でした。アルバートさんも馬車の移動に細かな段取り、ありがとうございました」
「いやいや、もう楽しくて楽しくて。こんな仕事ばかりなら良いのに」
そう言ってアルバートが笑う。
「では、乾杯といきましょう」
コレッタがそう言って、グラスを並べ、
皆で、グラスを持つ。クロードが小さく咳払いをしてから口を開く。
「では、本日のデート成功を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
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