第12話 ケーキを作ろう
殿下と工場視察をした翌日、私はメルナ、コレッタと共に部屋にいた。今日は安息日なので仕事はお休みだ。
お喋りに花を咲かせつつ、人を待つ。やがて扉がノックされた。外からは「業者の方がお見えです」との声。
メルナがすっと立ち上がり、さり気なく護衛に適切な位置に移動する。
私が「はい。入ってください」と返すとコレッタが扉を開ける。女性2人が入室してくる。例の被服業者のお姉さんだ。
今日はロッシュ殿下が注文してくれた服の2着目が来る日なのだ。
「ルディーナ様、商品をお届けに上がりました。こちらです」
そう言って、木箱を開き広げてくれる。クリーム色のシンプルなワンピースだが、裾と袖、そして胸元に青い花の刺繍がしてある。上品で可愛らしい服だ。
「差し支えなければ、確認の為にお召いただいてもよろしいでしょうか?」
私が頷くと、コレッタが服を受け取り、お着替えが始まる。
サイズはぴったり、質の高い綿が使われているようで、肌触りも良い。やはり良い仕事をする業者だ。
コレッタが「くぅ~やっぱり綺麗」と言ってくれる。
メルナも微笑んで「お似合いですよ」との評。
「二人共ありがとう。ネイミスタの食事は美味しいから体型が合わなくなることだけが心配ね」
「ご安心くださいお嬢様。私の目が黒い内はきっちり制御させていただきます」
メルナが真顔で返してくる。この侍女、実際にその辺は厳しいのだ。
私は被服業者のお姉さんの方に向き直る。
「素敵な服をありがとうございます。なんら問題ありません」
「お褒めに預かり光栄です。何か不都合が出ましたら、すぐ手直ししますので」
深く頭を下げ、被服業者のお姉さんが去っていく。
「ロッシュ殿下に見て貰わなきゃですね。明日着ます? それとも今から見せに行きます?」
コレッタさんがテンション高めだ。
「殿下は忙しいのだから、今から行ける訳ないでしょ。……ほんと、少し心配」
昨日行われたウルティカ統合派の集会は暴動一歩手前の盛り上がりだったそうだ。面倒なことである。当然のように殿下は今日もお仕事だろう。
「何か出来れば良いのだけど。……ケーキでも作って持って行こうかしら」
「「ケーキ!」」
私の呟きに侍女二人の声がハモった。何だか想定外に大きな反応に少し焦る。
「いや、思いつきをポロっと言っただけよ?」
「いえ、お嬢様がケーキを手作りされるという意味ですよね。素晴らしいかと」
「とても良いと思います」
何だか侍女達がグイグイくる。
「いや、でもよく考えたら本職の菓子職人がいる訳だし」
「いえ! そう言う問題ではありません。善は急げ! 私、厨房借りて来ます。ついでに今日の午後のスイーツも差し止めます」
コレッタさんが、びゅーんと走り去って行く。
「えっと……」
「さて、では着替えましょう。その服を今汚すのは良くないですしね」
メルナが有無を言わさず、私を着替えをさせ始める。
2人のテンションが謎だけど、せっかくだし作ろうかな。
◇◇ ◆ ◇◇
ロッシュは執務室で書類に向かっていた。ウルティカ統合派に関する対策会議で時間を取られ、その間に溜まってしまった仕事だ。
朝から黙々と処理を進め、だいぶ減ってきた。当然、その分疲れる。1件確認を終え、サインを入れると、背中を伸ばし軽く肩を回す。
そうしていると、ドアがノックされた。時間的にクロードが茶と菓子を持ってきてくれたのだろう。ロッシュは「入ってくれ」と返す。
扉が開く。予想に反し、配膳台を押して入ってきたのはルディーナだった。見たことのない白地に青い刺繍の入ったワンピースを着ている。
「ロッシュ殿下、お口に合うか分かりませんがケーキを作ってみました。もしよろしければお召し上がりください」
ルディーナは配膳台からケーキの乗った皿を取り、ロッシュの机に置く。髪が揺れ、砂金を流したようにきらめいた。
予想外の出来事に驚いたロッシュは「ああ、ありがとう」とだけ返す。
ケーキはスポンジに生クリームを乗せたシンプルなものに見える。ただ、スポンジの質感が通常のものと違う気がする。
「君が作ってくれたのか?」
「はい。ベルミカ家の使用人が考案したレシピですので、物珍しくはあると思います」
ロッシュは「いただこう」と言って一口分取ろうとフォークでスポンジを刺す。手に柔らかな弾力が感じられる。口に入れるとやはり普通のスポンジとは違う独特の食感があった。絹糸をほぐしたかのように、柔らかくて滑らかだ。控えめな甘さが心地よい。
「美味しいな。初めての食感だ」
「ありがとうございます。私もこれが好きで、レシピが頭に入っていたので再現してみました」
ルディーナは微笑み、お茶も淹れてくれる。レモングラスのハーブティーだ。
「そう言えば、その服は」
「はい。殿下が作ってくださった服です。今日納品されましたので、早速」
ロッシュは改めてルディーナの服を見る。シンプルだが、手間のかかった良い品だ。昨日のライム色のスカートも似合っていたが、これもルディーナに合っている。職人はいい仕事をしてくれた。金と言葉で報いてやらねば。
「綺麗だな。とても、似合っている」
ロッシュは本心をそのまま零す。
ルディーナが「あ、ありがとうございます」と少し顔を赤らめて視線を泳がせる。その様子も可愛らしかった。
「では、長居して仕事の邪魔になるといけないので、これで失礼いたします」
会釈して、ルディーナが部屋を出ていく。ロッシュはケーキをもう一口フォークで掬い口に運ぶ。ゆっくりと味わう。お茶を飲んで息を吐く。
と、再びノックがされ、今度はクロードが入ってきた。
クロードは何やらニコニコしている。
「お忙しそうな殿下を気遣って菓子を手作りしてくれるとは。いやはや、良い方ですな」
「そうだな。それに素直に美味しい」
言って、ロッシュはもう一口。そこにクロードが近付いてきて「坊ちゃま失礼いたします」と言って、突然何かをロッシュの前に出した。鏡だ。
蕩け切った笑顔の自分が映っていた。
自分のこんな顔は初めて見る。鏡の中の呆けた男がすっと真顔になる。
「クロード……俺こんな顔していたのか」
「ええ。しかも最近は割といつも」
ロッシュは「そうか」と呟く。威厳もへったくれもない顔だ。そして、こんな顔をした誰かを見たことがある気がした。記憶を探り思い出す。そうだ、国外留学から帰ってきた友人が久しぶりに会った恋人の前でこんな顔をしていた。
と、なると――
「クロード。ルディーナ嬢と話しているとな、楽しい」
「左様でしょうね」
「彼女の笑顔を見ると、嬉しい」
「ええ。承知しております」
「これは、もしかして、世で言うところの……」
言い淀むロッシュに、クロードが満面の笑みを浮かべる。
「坊ちゃま、遅い初恋でしたな」
初恋? そうか、初めてだから初恋か。
「いや、それは少し困る。初恋は実らないと聞いたぞ」
「……それは普通まだ未熟な子供のうちに経験する人が多いからでしょう。殿下はもう適齢期を過ぎそうな年齢なので条件が違うかと」
「クロード、今日は言うな……」
軽く睨んでみるが、クロードの笑顔はむしろ深まる。
ロッシュは「初恋、か」と呟いた。かなり恥ずかしかった。
「ひとつ、坊ちゃまに耳寄りな情報を。ルディーナ嬢はもうすぐ誕生日らしいですよ。メルナ殿からの情報です」
「……クロード、お前」
ロッシュはジト目でクロードの顔を見た。目がキラキラしていた。
「それとですな、ゼラートでは――」
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