第11話 帰りの馬車は仕事の話


 新工場の視察を無事に終え、私とロッシュ殿下は帰路についた。行きと同じく、馬車に殿下と二人だ。


「工場視察はどうだった?」


「えっと、楽しかったです」


 特に言えることもなく、私は素直にそう答えた。

 正直なところ、私は殿下の後ろをついて歩いて”この女性は何だろう”という疑問の視線を受け止めていただけだった。


 何故クロードさんが私を同行させたのかは結局分からなかったが、楽しかったのは間違いない。もしかしたら単に私を楽しませるために同行させてくれたのかもしれない。


 ロッシュ殿下は「なら良かった」と微笑む。


「でも、フレジェス王国は凄いですね。製造業の進歩が著しいです。ゼラートは比較対象にもならないですね」


「ゼラートとてそこまで卑下することもないと思うが、進歩していることは間違いない。まぁ、色々問題も起きるがな」


「職人の失業ですよね。結局『ウルティカ統合派』に力を与えているのもその層の不満が大きいですし」


 水車や蒸気機関を利用した工場による効率的な生産は、手仕事で鳴らした職人たちの仕事を奪っている。トップレベルの職人は高級品を作って問題なく稼げるが、中堅以下の職人は仕事にあぶれる者も多い。

 そして、このトップレベルは大丈夫というのが、また良くない。不満を零しても「お前の腕が半端なだけじゃないか」と言われかねないのだ。彼らとその家族は社会への不満をため込んでしまっている。

 ウルティカ統合派は彼らに対し、ウルティカを統合すれば経済が上向き諸々上手くいくと根拠薄弱な言説を振りまき、取り込んでいた。


「相変わらず、フレジェス王国の状況をよく理解しているな。王権を揺るがす程の力にはならないと思うが、奴らの声が大きいこと自体がオルトリ共和国との関係を悪化させてしまう。一部新聞社もあっち寄りだし、厄介だ……ときにウルティカ統合派、ルディーナ嬢ならどう対処する?」


 私はどう答えるか少し悩んだ後、口を開いた。


「素人考えを述べるのでしたら――私ならまずトグナ帝国とグラバルト皇国に喧嘩を売ります、そして軍艦を作ります」


 役に立たないことを承知の上で、素直に答える。


「喧嘩を……売るのか? トグナとグラバルトに?」


 流石に殿下が戸惑った顔をしている。これ以上変なこと言わない方が良いかな、とも思ったが、聞かれた以上はちゃんと説明することにした。


「えと、喧嘩を売ると言っても口先だけです。ウルティカ統合派ははっきり言って烏合の衆です。愛国心を拗らせただけの人も多いと思われます。国境を接している列強であるトグナ帝国と対立すれば一部はそちらに目が行くでしょう。この間の魔石密輸出疑惑あたりはネタとしては程よいかと」


 嘗てフレジェス王国の一部だったウルティカを統合して国土を正しい大きさに戻す、というのがウルティカ統合派の表向きの主張だ。国粋主義者や精霊信仰の信者、西方進出の利益を求める投資家など色々な人々がこの主張に乗っかって、一派を形成している。

 トグナ帝国と程よく対立すれば国粋主義的な面々はトグナ帝国南方への警戒を優先すべきだと考えるだろう。


「なるほど。そしてトグナ帝国との関係を悪化させたとしても、グラバルト皇国との対決に備えなくてはならないトグナ帝国がフレジェスに攻撃してくることはない、と」


 トグナ帝国がフレジェス王国と戦争になれば、トグナは国土の北東側に戦力を集めなくてはならない。西にあるグラバルト皇国と対立する中でそんなことをしたらガラ空きの横腹を宿敵に晒すことになる。


「はい。こちらから攻撃しないように徹底すれば戦争になることはまずありません。仮にトグナ帝国が非合理的な選択をして攻めてきても、グラバルト皇国が嬉々として反対から攻撃するでしょう。そうなれば即和平を求めてくる筈です」


「和平か。流石に今度は公爵令嬢を引き取れとは言われないだろうしな」


「ふふっ、もしそうなっても仲良くするように頑張ります」


 冗談を挟み、二人でクスクスと笑い合う。


「それで、なんでグラバルト皇国にまで喧嘩を?」


「ただ単にトグナ帝国と対立すると、フレジェスがグラバルト皇国と組んでトグナを潰すのではと邪推されかねません。そのシナリオはウルティカ併合以上にオリトリ共和国が嫌う流れでしょう。それはしないという対オルトリのメッセージです。なので名目は何でも」


 オルトリ共和国は四大列強の中でも最大の国力を誇るが、国力二位のグラバルト皇国がトグナ帝国を半分でも飲み込めば、逆転する。それはオルトリにとっての”最悪”だ。


「確かに国境を接していないグラバルト皇国に口先で攻撃しても危険はないな」


「そして軍艦を作るのは雇用対策です。それだけで解決する程の人数は雇えませんが、失業者を減らそうとしている姿勢を王国が示すだけでも空気は変わるでしょう。仮に不満は消えなくても怒りの矛先は『不十分な対策』に向きます」


 失業者は漠然とした不満をウルティカ統合派に託しているに過ぎない。今は王国政府が失業対策に動くなどという発想さえない。しかし対策が実施されれば関心はそちらに向く。


「不十分な救済は何もしないより恨まれる、そう聞いたことがある。それを戦略に組み込む、か。王国政府に不満が来るのは面倒ではあるが……まぁ制御可能だな」


 失業した職人だけなら深刻な脅威にはならない。ウルティカ統合派の核である精霊信仰勢力や国粋勢力、投資家などから分断すれば、何とでもなる。

 そもそも彼らの失業とて、社会の変化に伴う一時的なものだ。生産性の向上によって物の価格が下がり需要が広がれば、いずれ工場が生み出す雇用が彼らを回収するだろう。暫く凌げれば良いのだ。


「はい。違っていたら申し訳ないですけど、『フレジェス・クェア』と『ワムネイミスタ』の二紙ってヴォワール家の影響下ですよね? あの辺を上手く使えば問題なく誘導できると思います」


「……いや、確かにその2つの新聞は裏で王家が実権を握っているが、何故知っている?」


 やはりそうか。『フレジェス・クェア』はお堅い日刊新聞、『ワムネイミスタ』はゴシップ満載の週間発行だ。ちゃんと低俗な部分も押さえる辺りが流石は王家である。


「紙面から透けて見えました」


「そうか。機密なので他言無用で頼む」


 なんか、殿下が色々諦めたような顔をして言った。


「分かりました。あ、それと軍艦は一例なので他のものでも良いと思います。原資にはゼラートからの賠償金もありかもしれません」


 私が言うのも何だが、我が国ゼラートは控えめとは言え賠償金を払う。軍艦の数隻ぐらいは作れるだろう。


「……ルディーナ嬢は発想が自由だな。ありがとう。参考にさせて貰うよ」


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