功績

「早くしないと逃げられる」


 殺人犯だとばれたウィルダはおそらく、すべてを放り出してでも逃げ出すだろう。婚約者のところではなく、足のつかなさそうなどこか遠くまで。しかし。


不知火我シラヌイガから逃げきれる犯罪者はいないと思うけど」


 レイチェルはウィルダの存在を感じなくなると人が多い道に戻って、そこを堂々と歩いた。向かう先にあるのはコンクリートでできた大きくて無愛想な見た目の建物。


「こんにちは」

「ああ?」

「あんたは……たしかどっかの飲食店の娘」

「娘ではなく姪です」


 建物に顔を出したレイチェルを迎えたのは物騒な面を下げた不知火我シラヌイガの隊員たち。つまり、ここは不知火我シラヌイガの拠点である。


「未解決事件の解決をしてみせる! とか言ってた子か。どうだ? なにか手がかりくらいは見つかったか?」


 隊員はふん、と鼻で笑ってレイチェルに問いかけた。

 レイチェルは待っていましたと言わんばかりのドヤ顔で録音機を取り出した。


「証拠どころか犯人を突き止め、自白させることに成功しましたよ」


 そう言ってレイチェルは録音機に録音されていたウィルダとの会話を再生した。

 隊員たちはそれを静かに聞いている。そして録音された会話が終わる。しかし隊員たちは黙りこくったままだ。


「……」

「これでダレンおじさんの罪状について再捜査してくれるんですよね?」


 沈黙を続ける隊員たちに声をかけると、隊員たちは真顔から急に顔をパッと輝かせて、


「いや、すっげぇな、嬢ちゃん!」

「やっべぇ!」

「マジかよ!」

「……へ?」


 先程までレイチェルを見下したような視線を向けていた隊員たちが一斉に目を輝かせてレイチェルの手を握った。


「ヒュー!」

「まさか本当に事件の犯人に辿り着くなんて!」

「こんな小娘が! 小娘なのに! すごいとしか言いようがない!」

「わ、ちょ、ちょっとやめてください!」


 レイチェルの功績が想定外だったのか、驚いた様子を見せていた隊員たちはテンションの高さのままにレイチェルを担ぎ上げようとした。胴上げでもする気なのだろうか。レイチェルは急な展開に必死に抵抗を試みた。


「おい、騒がしいぞ」

「クレイグ隊長!」


 ざわついていた声が漏れ聞こえてきたのか、クレイグが奥から顔を出した。隊員はレイチェルの持っていた録音機をクレイグに渡す。

 するとクレイグは黙って録音機を再生した。


「……そうか」


 録音機の内容を一通り聞き終えたクレイグはたった一言、それだけ言うと、建物の出口に向かって歩き出した。


「えっ、隊長どこに行かれるのですか?」

「決まっているだろう。犯人の確保だ。逃げられる前に捉えるぞ」

「はっ!」


 クレイグの言葉にハッとした隊員たちはレイチェルを胴上げするのを諦めて剣を持つと、一足先に外に出たクレイグの後を追う。


「姐さん! ちょっと待っててくれな!」

「姐さんではないです!」


 不知火我シラヌイガの隊員たちは高圧的な者が多いと感じたが、先程の様子を見る限り、一度懐いた人物にはとことん懐いてくるようだ。

 初対面のときとのレイチェルに対する扱いの差に、レイチェルは風邪を引きそうだと思いながら椅子に腰掛けた。


「って、いやいや。私、あんまり国の人間とは関わりは持ちたくないのだけど⁉︎」


 レイチェルは賢者セウスだ。不知火我シラヌイガとの接触は賢者セウスであるということを隠す上では極力避けたいものだ。懐かれるなんてもってのほかである。


「か、帰りたい……」


 全力でこの場から逃げ出したい気持ちに駆られたが、ダレンが無事釈放されるまでここを離れるわけにはいかない。おそらくこの建物のどこかに閉じ込められているはずなのだ。


「は、早く帰ってきてぇ」


 隊員たちが出動して人気ひとけの失せた建物の中でレイチェルは心細い悲鳴を上げた。

 ここまでしたのだ。その功績を讃えてひとまずダレンを仮釈放してほしい。しかしそれにはクレイグたち不知火我シラヌイガの許可が必要だ。

 つまり、彼らが帰ってくるまでレイチェルはここから身動きが取れないということ。


「そんなぁ……」


 結局不知火我シラヌイガは数十分もしたら気を失ったウィルダを捕獲して戻ってきたが、どうやって犯人を追い詰めたのかなどの質問攻めにあい、賢者セウスであることを隠しながら話をするのは骨が折れた。


「ただいま、レイ。ありがとな」


 その苦労もあってその日のうちにダレンは仮釈放されたが、不知火我シラヌイガはいちおうダレンの無実を心から信じているわけではないようで、捜査の際に必要があれば出頭するように言いつけていた。

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