自白

「ど、どうしてそれが……」


 ウィルダはレイチェルの手に握られた偽物の凶器をじっと見つめている。

 きちんと隠しておいたはずなのに、どうしてここにあるのか理解できないらしい。


「警察の調べによるとグレイさんの死因は鈍器で殴られたことによる大量出血。警察は凶器を見つけられなかったようですが、私がこれを警察に証拠として提出すれば、グレイさんの頭に残された傷跡と凶器の形が一致するでしょうね」

「それが凶器だとして、私の物とは限らないよ?」


 言葉に詰まりそうになりながらも、ウィルダはまだ頑なに罪を認めない。なかなかにしぶとい男だ。


「いいですか? これは犯人が使った凶器。つまり、犯人の指紋が残っているはずです」


 これは偽物なので当然のことながら、ウィルダの指紋などついていない。なので警察に持って行ったところで意味はないのだが、ここははったりをかまさないといけない場面だ。

 レイチェルは迷うことなくそう言ってウィルダの動揺を煽った。


「片手で持てるが、金属でできたアンティークはなかなかの威力があったのでしょうね。一撃で仕留められたでしょう」


 思い返すのはウィルダの家で見た婚約者の写真だ。

 ウィルダの婚約者が一人で写っている写真の背後には家の壁紙と、棚があった。その棚の上にはこのアンティークが置かれていたのだ。

 だというのに、レイチェルが事件の話を聞きに行ったときにはその棚にこのアンティークは置かれていなかった。

 だからレイチェルはあのアンティークでグレイを殺害したのだろうと推測した。


「誰かが私の物を勝手に使ったのかもしれない」

「それはないでしょう。だって、もしそうだとしたらあなたは事件後にこのアンティークがなくなっていることを周囲に漏らすのではないですか? 随分と大事にされていたようですし」


 写真に写っていたアンティークは埃を被ったり傷がついている様子はなかった。それはウィルダが普段から大切に手入れをしていた証拠だろう。


「……は、はは。まさか、こんな小娘に」


 ウィルダが次はどう言い訳するのか、それに対してどう言い返すか頭をフル回転して思案していると、ウィルダの口から渇いた笑いが漏れた。

 どうやら、言い訳するのは諦めたらしい。ここでようやくレイチェルは録音機の電源をオンにした。


「そうだ、そうだよ。グレイを殺したのは俺だ」


 天を仰いだウィルダがぽつりぽつりと語り始める。


「殺す気はなかった。ある日グレイが家に来て……売り上げを着服していることは知っている。親父たちに知られたくなければ金を寄越せって言ってきてな。口論になってつい……気がつけば目の前に死体が転がってたんだ」

「ゆすられてカッとなって殺してしまったんですね」

「ああ。でも、なんでだろうな。俺の計画は完璧なはずだったのに……なのに、あのチンピラの野郎は使えねぇ。せっかく罪を着せて俺の代わりに牢屋に入ってもらおうと思ったのに、生意気にアリバイなんて持ってやがった」


 ウィルダの表情が歪む。

 グレイを殺してしまった罪悪感に押しつぶされているのではない。自身の計画がうまくいかなかったことに腹を立てているようだ。


「ああ、怖がらないでくれ。べつに俺はきみを殺そうなんて思っていない」


 急なウィルダの豹変に思わず後ろに下がったレイチェルに、ウィルダはそう言って微笑みかけた。


「自首、してくれますか?」


 もしここでウィルダが首を縦に振ってくれたら、レイチェルが録音機を用意した意味はなくなる。しかしこれが一番平和的でレイチェルの求める未来だった。しかし、そううまくことは進まないようで。


「自首はしない。だから、取引しよう。探偵さん」


 ウィルダはレイチェルにそう提案を持ちかけた。


「取引、ですか」

「ああ、俺はきみに望む額の金を渡そう。そしてきみは今後一切俺に関わらず、そしてこの事件の真相を誰にも話さない。それだけだ。悪い話ではないだろう?」

「なるほど、口止め料を払うから見逃してくれということですか」

「少し屈辱的だが……まぁ、そういうことだ」


 そう言ってウィルダは人の悪い笑みを浮かべている。

 こんな姿をマーナー夫妻が見たら卒倒してしまうかもしれない。彼らは本気でウィルダのことを善人だと信じていたから。


「私が望む額の金額をいただけるとは……随分と気前がいいですね。それだけマーナー夫妻に本来渡すはずのお金を着服していたんですね」

「まぁな。あいつらは人が良すぎる。まず人を疑うってことを知らねぇ」


 ウィルダはレイチェルの反応に好感触を感じたのかにたりと口角を上げた。

 グレイを殺害したことも、マーナー夫婦を騙していたこともまったく悪びれる様子はない。


「そうですか。素敵な提案ありがとうございます。けれど今の私にお金は必要ではありませんのでお断りしますわ」


 そう言ってレイチェルは録音機の電源をオフにした。

 想定外の答えに驚いたのか、ウィルダは数回ぱちぱちと瞬きしていたが、急に眉を顰めてレイチェルを睨んだ。

 どうやら交渉決裂したことに腹を立てているらしい。


「クソが、こっちが優しい条件を出してやったってのに、女が調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 激昂したウィルダが路地に立てかけてあった壊れた窓枠のフレームを掴んでレイチェルに襲いかかる。

 しかし超越者パルクルの能力を使えるレイチェルにそんなわかりやすい振りをした攻撃は当たらない。ひらりと体を揺らして避けると高く跳躍した。

 路地裏の、じめっとした空気を逃がさんとしていた建物の屋上に舞い降りる。


「なっ!」

「すみませんが、私はここでお暇させていただきます。私に課せられたのは犯人の逮捕ではありませんから」


 そう言うとレイチェルは驚きで固まっているウィルダを放置して、屋根を伝って路地裏から出た。人気ひとけを避けながら走っていると、背後からウィルダが追いかけてきた。

 しかし無能力者のウィルダが超越者パルクルの体力に敵うはずがない。何度か背後から罵声を浴びせたり物を投げてきたりしていたが、途中で体力の限界がきたのかレイチェルを追いかけるのを諦めたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る