動揺
「遺体の発見された現場を見に行きました。勝手に土を掘り返させてもらいましたよ」
「ほぉ、なぜ?」
「ウィルダさんにとってあそこの土は掘り返してほしくないんじゃないですか? 私が
「っ⁉︎ どうしてそう思うんだい?」
レイチェルの問いにウィルダは先程までとは違い、表情から余裕が少し消えた。
「あの場所には防腐剤が撒かれていました。おそらくグレイさんの死亡推定時刻をずらすためのものです」
「警察が」
「ひどく臭ったから可哀想で水をかけて洗い流した。それは土や臭いを落とすためではなく、グレイさんの体に付着した防腐剤を落とすため。違いますか?」
なにか言い返そうとしたウィルダの言葉を遮ってレイチェルは話を続けた。
ウィルダは黙り、じっとレイチェルを見つめている。おそらくなんて返事をすればいいのか考え込んでいるのだろう。
「野菜と同じように、人も死ねば腐っていきます。あなたはそれを防腐剤で止めようとした。永遠に腐らないということはなくても、多少ならば死亡推定時間をずらせると考えて。頼めばそういう目的の防腐剤を作ってくれる
本来ならば許されることではない。しかしこの世には自身の能力を使って法外な物を作っている
裏社会に生きる
「どうしてグレイさんが畑に埋められていたのかずっと疑問だったんです。だって普通なら人目のつかない場所、山の中や海に遺体を破棄するはず。なのにグレイさんを殺した犯人はなぜか人目につく可能性のある、なにより身元の判別に時間がかからないマーナー家の管理する畑に遺体を埋めた。それは早めに事件を明るみにさせて、さっさと事件を終わらせたかったから、としか私には思えません」
「……おかしいな。もしきみの言う通りだったとして、どうして犯人は事件を早々に終わらせたいと思ったのかな? 普通ならきみの言う通り、人に見つかりにくい場所に遺体を破棄して逃げると思うのだけど」
レイチェルの言葉に、ウィルダはゆっくりと口を開いて尋ねた。レイチェルは淡々と自身の推理を口にする。
「それは結婚を目前にしていたから、ですよ」
ウィルダが眉を顰めた。
「結婚?」
「ええ。ウィルダさんは婚約しています。そして彼女の家に婿入りする予定です。だから結婚する前に面倒ごとを先に解決しておきたかった」
「それがきみの考える犯人が事件をさっさと終わらせたかった理由かい?」
「はい」
ウィルダの問いに頷く。
ウィルダは婚約者がおり、婿入りする予定だ。そして二人の結婚は三ヶ月後。それまでに事件を終わらせてしまわないと、後々面倒なことになると踏んだ。だからあえて事件の発覚を早くしようと考えた。
「でも、早く事件を終わらせると言っても犯人がすぐに見つかるとは限らないだろう? 実際警察は一ヶ月経っても犯人を逮捕できていないどころか、容疑者の絞り込みもできていない」
「そこが犯人にとって誤算だったんです」
「なんだって?」
ウィルダが眉を顰めて首を傾げた。その瞳はまた少し余裕が消えているようだ。
「犯人の計画はこうでした。まずグレイさんを殺害した犯人は誰かに罪をなすりつけようと考えた。そこでターゲットとなったのが警察の容疑者リストに入って、しかしすぐにアリバイが見つかってリストから消えた街のチンピラです」
「私も話は聞いているよ。マーナー家に押し入ってきたチンピラだろう?」
「はい。グレイさんはチンピラに借金がある。それを知っていた犯人は、グレイさんを殺す動機があるチンピラに罪をなすりつけようとして、失敗した。チンピラなんぞアリバイはないとたかを括っていたら、まさかまさかのアリバイがあった」
「……なるほど。つまり犯人は警察がチンピラを犯人として逮捕する。だから事件はすぐに解決すると思っていたということだね」
「その通りです」
レイチェルはこくりと頷いた。
グレイに貸しがあり、チンピラという社会的に信用が得にくい人間が容疑者として浮かべば、警察はチンピラが犯人だと考えて捜査を進めるだろう。
もしここでチンピラにアリバイがなければ、今回のグレイ殺害事件はチンピラの冤罪逮捕で終わっていた。
それが犯人の狙いだったが、そこで問題が発生した。チンピラにアリバイがあったのだ。
犯人の考えたシナリオの、チンピラの動機はグレイがなかなか金を返さなかったことにより口論に発展し、つい勢いで殺してしまった。と言ったところだろう。
「目撃者がいなくて凶器が見つかならなかったとしても、動機がある。そしてアリバイがないとなれば――。そう考えていたのに、チンピラにはアリバイがあった。これは犯人にとって大誤算だった。しかしこれ以上事件を引っ掻き回すことはできない。だから逃げるように容疑者リストから外れた状態で結婚してあの家を出て行こうと考えた。違いますか?」
レイチェルはまっすぐにウィルダを見つめて尋ねた。
「……」
ウィルダはなにも答えない。顎に手を当てて、考え事をしているようだ。
「……そうだね。たしかに、それは筋が通っている推理なのかもしれない。けれど、どうしてそこで私が犯人だと思うんだい?」
「ウィルダさんはおそらくグレイさんにゆすられていたから、です」
「なっ⁉︎」
眉を顰めることはあっても、努めて冷静だったウィルダの表情が動揺で始めて歪んだ。
「ど、どうしてそう思う?」
息を呑み込みながらウィルダは問いかける。レイチェルは素直に答えた。
「ウィルダさんの家で野菜の売り上げの紙を見ました。そこに書かれていた金額と、マーナー家で見た収益があってなかったんです」
グレイの母親が事件には関係ないだろうと言いつつも見せてくれた毎週の野菜の収益の書類。マーナー家に渡されている金額と、ウィルダ家にあった売り上げの金額は何度計算しても金額が合っていなかった。
つまりウィルダは野菜の売り上げ金額を偽り、マーナー家に少なめの収益を渡していたのだ。
「ウィルダさんはこっそり野菜の売上金を着服していた。それをグレイさんに見破られて、脅された」
「そして私は彼を殺した、と?」
「はい」
ウィルダの表情から余裕が消えている。やはりレイチェルの推理は正しかったようだ。しかし。
「いやいや、たしかに、もしきみの言う通りだとしたら私にはアリバイはないし、グレイくんを殺す殺害動機もある。けれど、わざわざ殺すと思うかい? 殺人なんてそんな恐ろしいこと私にはできないよ」
ウィルダはグレイ殺害を認めようとしない。
頑なに首を横に振る。
「そう言うと思っていました」
この反応は想定内だ。人を殺し、別の誰かに罪を着せようとする人間がそう簡単に自身の犯行だと認めるはずがない。
「私が犯人だと言うのならば証拠はあるんだろうね? たしかに今の私は怪しいが……犯人と断言するのは難しいだろう?」
「ええ、そうですね。そう言われると思って、証拠はもちろん見つけておきました」
「……は?」
「これを見てください。あなたが犯行に使った凶器です」
そう言ってレイチェルは物陰に隠しておいたアンティークを取り出す。それを見たウィルダの表情が一瞬で曇った。
「いやぁ、見つけるのに大変苦労しましたよ。まさかあんなところに隠していたなんて……ウィルダさんは相当頭が回る方のようですね」
もちろん嘘だ。
これは先程レイチェルが
唯一わかったのはウィルダの性格上、凶器をどこかに闇雲に捨てたりはせず、必ずどこか人に見つからない安全な場所に隠し通すだろうということだけだった。
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