対面

 ダレンが理不尽な逮捕をされて、レイチェルに一週間のタイムリミットをかけられてはや三日目。


 レイチェルがいない間は常連客たちが変わるがわるにメリッサの看病をしてくれていたこともあって、メリッサの熱もだいぶ引いてきたようだ。

 今朝は自身の手でお粥を食べたそうなのでこのまま順調に熱は引いていくだろう。ダレンの無実を信じ、レイチェルを応援してくれている常連客や知り合いたちには感謝してもしきれない。

 ダレンのこと、メリッサにレイチェル。メートルのことを信じて力を貸してくれたみんなのためにも、不知火我シラヌイガにはダレンの再捜査をしてもらう。そのためにはやはりレイチェルがまず最初にグレイの事件を解決しなければならいない。


「待ってて、ダレンおじさん」


 レイチェルは覚悟を決めて家を出た。背中に常連客たちの優しい声援を感じる。

 そうだ、レイチェルは一人ではない。レイチェルと同じようにダレンの無実を信じ、帰りを待ってくれている人たちがたくさんいる。

 不知火我シラヌイガ超越者パルクルが多くて対能力者部隊のため、よく武力でものをいわせている。しかし不知火我シラヌイガの隊長のクレイグは憐れみかなにかはわからないがレイチェルにダレンを救うチャンスをくれた。

 それくらいの慈悲がある人物が、グレイ殺害事件を解決したらダレンのことを再捜査しなおしてくれると確約してくれたのだから、きっとダレンの無実は晴らされる。


 あの日レイチェルに見せられた逮捕状は警察が発行したものに間違いない。しかし捜査した部署は不知火我シラヌイガではなかった。

 警察は警察でも特殊な位置付けに存在する不知火我シラヌイガはある意味警察とは別の第三者の立場に近い。そして不知火我シラヌイガが不当な買収で不当逮捕を行う可能性は限りなく低い。そんなことをするほど不知火我シラヌイガの隊員たちはプライドが低くないはずだ。

 少し高圧的な者が多いが、不正は行わない不知火我シラヌイガが再捜査すればダレンの無実は簡単に明るみになる。そうすればダレンは帰ってこられる。

 今回誰が警察を買収してダレンを不当逮捕させようとしたのかはわからないが、不正が明るみになれば買収された警察の人間もなにかしらの処分を下されるはずだ。

 どれだけ理不尽な状況に陥っても、決して諦めない。

 これはダレンへの恩返しであり、少し鼻につく不知火我シラヌイガの隊員たちにぎゃふんと言わせるチャンスなのだ。


「ふー」


 レイチェルは大きく息を吸って、思いっきり吐いた。

 一歩一歩たしかな足取りで人手の少ない路地裏へと向かう。

 種は前日に蒔いておいた。犯人の性格上、必ずレイチェルの元へやってくる。

 少し訝しみながらも油断してここへやってくるグレイを殺した犯人は、レイチェルに犯行を見破られて自白するだろう。それを証拠として不知火我シラヌイガに提出する。

 レイチェルの昨晩考えた計画は完璧だ。

 いつ、どのタイミングでどう話せば犯人の心を揺らせるか。何度頭の中でシミュレーションしようとも、本番は一度きり。

 結局のところ、やってみせる、としか言いようがない。


「だ、大丈夫、私ならやれるわ」


 レイチェルの口から漏れた言葉は緊張で少し震えていたが、冷静になろうと深呼吸を繰り返す。

 追い詰められた犯人がどのような行動を起こすのかも思いつく限り、その対策を考えておいた。

 必要なものは全部揃っているのだ。

 レイチェルの手に握られているのは昨日買った金属と木材に赤いインク。そして犯人の自白を録音する大切な役割を担う録音機。


 どうしてレイチェルが犯人に自白させようと思ったかというと、やはりそれは確たる証拠がないからだった。現状証拠であればいくつか見つけた。しかしそれで認めてくれるほど犯人も不知火我シラヌイガも甘くはないだろう。

 それにレイチェルには時間制限も設けられている。犯人の自白。これが一番手っ取り早い。


「まずはこれを合成する」


 レイチェルは周りに人がいないことを再三確認すると、合成者パルケラの能力で金属と木材をとあるアンティークに姿を変えさせた。そしてそれに赤いインクを垂らしてグレイの血を演出する。

 つまるところ、今レイチェルが行っているのはグレイを殺した警察がまだ見つけられていない凶器をでっち上げているところだ。

 でっち上げられた凶器は路地の片隅に隠すように、録音機は犯人に壊されないようにポケットの中にしまっておく。


 グレイを殺した犯人は面倒ごとは先に消しておくタイプの人間だ。間違いなく、この場にくる。それは間違い無いだろう。

 人通りの多い通路の方からざわざわと話し声が聞こえた。しかしその声は小さい。太陽が真上にあるにも関わらず、この日差しがろくに届かないじめじめとした路地裏は、レイチェルの呼吸音以外の静寂を保ち続けていた。


 こつん、こつん。

 そんな静寂が、破られる。

 暗闇から姿を現したのは、短髪のさっぱりとした顔立ちの男性。ウィルダ・ユネス。彼がグレイ・マーナーを殺した犯人だ。


「こんなところに呼び出してどうしたんだい? 急にグレイくんを殺した犯人がわかったという手紙が届いたから驚いたよ」

「急なお呼び出しですみません。本来なら私が出向くのがマナーかと思ったのですが……人を殺した殺人鬼にマナーもモラルもクソもないですからね」

「うん?」


 レイチェルの言葉に、ウィルダはピクリと眉を動かした。しかし元の人の良い表情に戻って笑った。


「ははは、すまない。私の耳が悪くなったのかな? きみは今、私が殺人鬼だと言ったかい?」

「ええ、言いました」


 苦笑してとぼけるウィルダに、レイチェルは頷いた。

 想定通りではあるが、ウィルダはその発言を認めようとはしない。


「探偵さんはなにを言っているのかな? まず、私にはアリバイがあってだね」

「警察の出した死亡推定時刻は当てになりません。なのでアリバイがあるとかは関係ないんですよ」

「なんだって?」


 ウィルダが訝しげに聞き返した。

 ちなみにまだ録音機の電源は入っていない。レイチェルがつけ忘れた、というわけではなく、わざとである。

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