捜査3

 高熱を出したメリッサの額に乗せた濡れタオルを変えて、レイチェルは家を出た。

 今日も今日とてグレイ殺害事件の犯人を追わなくてはならない。


「すみませーん。ウィルダさんはいらっしゃいますか?」


 レイチェルがコンコンとノックしたのはウィルダの家の扉だ。今日はもう一人の遺体第一発見者のウィルダに話を聞きにきた。


「はーい、っと、きみが探偵というやつか」

「はい。すみません、あなたにもお話をお聞きしたくて」

「もちろん、かまわないとも。さぁ、入って」


 ウィルダに案内されて家に入ると椅子に腰掛ける。マーナー家に比べて随分と大きな家だ。レイチェルは思わず周囲を見渡した。


「? どうかしたのかな?」


 飲み物を用意してくれたウィルダはレイチェルの行動に首を傾げて尋ねた。レイチェルはハッとして首をぶんぶんと横に振った。


「すみません。すごく大きな家だなって思って」

「ああ、この家は数年前に他界した両親から譲り受けた家だよ。だから大きいけれど、ちょっと年季が入っているんだ」

「そうなんですね。とても素敵なお家だと思いますけど」

「独り身には大きずぎるのさ」


 そう言ってウィルダは苦笑いした。


「でも婚約者がいるんですよね」


 ウィルダは先程自身のことを独り身だと言ったが、婚約者がいることは警察の調べでわかっている。実際、ウィルダのアリバイを証明したのは婚約者と行った店のカメラと婚約者の証言だ。


「ああ。婿入りする予定でね。彼女と結婚したらこの家ともおさらばするんだ」

「え? では畑はどうされるのですか?」

「マーナー夫婦がまだ農業を続けるというのなら貸すつもりだけど……もし辞めるのなら売り飛ばすよ」

「はぁ」


 憔悴していたマーナー夫婦とは違い、ウィルダはそこまでショックを受けている様子はない。血が繋がっていない上にあまり関わりがなかったのなら当然と言えば当然ではあるが。


「……あれ、婚約者さんですか?」

「え? ああ。そうだよ」


 不意に視線を棚の方に向けると、そこにはいくつかの写真立てがあった。

 女性単体の写真もあるが、ウィルダと笑顔で並んでいる写真もあるので彼女がウィルダの婚約者だということはすぐに想像がついた。


「これは……壁紙の色的にこのお家で撮られたものでしょうか?」

「そうだよ。彼女が家に遊びにきたときに撮ったものだね。我ながら上手く撮れたと自負しているよ」


 レイチェルが話題にしたのは、ウィルダの婚約者が映った写真だ。その写真にウィルダはいないが、背景や家具を見るにユネス家で撮ったものに違いない。


「それより探偵さん。事件の話はいいのかな?」

「あっ、そうですね。お願いします」


 アリバイのある四人に、アリバイのない無数の容疑者たち。もうすでに降参したかったが、ダレンを救うためにはこの事件を解決しなければならない。逃げ出すわけにはいかず、ウィルダに話を聞いた。

 が、内容は昨日マーナー家で聞いたものと大差なかった。


「きみ、遺体があった場所にはもう行ったのかい?」

「いいえ。私は虫、というかミミズとか蛇みたいな細くて手足のないウニョウニョした生き物が苦手で。ほら、畑ってミミズがいるイメージなので」


 ウィルダの問いにレイチェルは眉を顰めて首を横に振った。

 レイチェルは幼い頃に散歩中、道端で紐を拾った。何気なく手に取ったそれは紐のような色をしていて、紐のように細長い茶色の蛇だった。レイチェルは蛇に不用意に触ったせいで噛みつかれてしまったのがトラウマになってしまい、あれ以降蛇に似た手足のない細くてうねうねとした生き物は苦手になったのだ。

 そんなレイチェルの性格上、ミミズがいそうな畑の中には足を踏み入れられていない。せいぜいその隣の道を歩くのがやっとだ。


「ああ、そうなんだ。まぁ、警察もすぐに立ち去ったくらいだからきみも行かなくてもいいかもね」

「えっ? 警察はすぐ帰ったんですか?」


 ウィルダの言葉にレイチェルは反応した。普通はもっと鑑識に時間をかけたりするものではないのだろうかと思ったからだ。


「ううん、まぁ、あそこは少し臭うからね」

「臭う?」


 レイチェルが首を傾げるとウィルダは頷いた。


「うん。虫食いが酷すぎて売り物にならない野菜を捨てておく場所があってね。そこはたくさんの野菜が放置されているから腐ってしまって腐臭がすごいんだよ。だから発見当初のグレイくんも臭いがしてね。埋められていたから土で汚れていたのもあって、水で洗い流してあげたんだ。まぁ、体が綺麗になったところでグレイくんは生き返ったりはしなかったけどね」

「へぇ……」


 遺体があったのはウィルダの所有する畑、の売り物にならない野菜を捨てておく場所。

 放置された野菜は腐り、臭いを周囲に漂わせていた。そのまま放置しておけば自然と野菜は土に還り、その土を肥料として再利用しようとしていたのだろう。

 そんな場所に埋められていたばかりにグレイにも臭いが移り、警察による検死より前に水をかけられて体が洗い流されており、その上遺体破棄現場は酷い腐臭を理由に警察の調べがそうそうに切り上げられている。


「ごめん、ちょっとお手洗いに」

「ああ、はい」


 なにかが胸に引っかかり、ウィルダに出された紅茶に口をつけて考え事をしていると、ウィルダは申し訳なさそうな顔をして立ち上がってお手洗いに向かった。


「念のために遺体を発見した場所を見に行った方がいいかも……」


 本当は行きたくないが、警察の調べが甘い可能性が見えてきた以上しかたがない。腹を括ってウィルダが戻ってきたら家を出ようと思っていたレイチェルの頬を風が撫でる。


「いい天気ね……」


 レイチェルの心とは裏腹に、空は晴れ渡っている。開いた窓から爽やかな風が吹き付けて、棚から紙をひらひらと舞わせた。


「……?」


 レイチェルは床に落ちた紙を拾って首を傾げる。

 どうやらこの紙は先月の野菜の売り上げの書かれた紙のようだ。卸した店の名前とウィルダの名前、そして金額が書かれている。


「あ、れ?」


 その紙の情報に唐突に違和感が押し寄せて、レイチェルは黙って紙を元の場所に戻した。席に座り直すとウィルダが戻ってくる。


「すみません。私、今日はここでお暇しますね」

「ああ、そう? 気をつけて帰ってね」


 時間に追われているレイチェルはそう言って立ち上がった。

 ユネス家を出て歩いて行くレイチェルの姿を、ウィルダは笑顔で見送っていた。


 少し駆け足にレイチェルが向かったのは、グレイの遺体が見つかった畑の一角。

 たしかにウィルダの言う通り、あまりいい匂いはしない。ミミズがいる恐怖に耐えながら、周囲に人がいないか確認したレイチェルは遺体のあった場所を掘り返して解析者クレイヤの目で解析した。


「っ! これは……」


 放置された野菜は腐って異臭を放っている。しかしそれは上部だけだ。レイチェルが解析した場所には本来畑にはないであろう物質が混ざり込んでいた。


「そうだ、そもそも犯人がチンピラだとしたら、なんでこんな場所に遺体を埋めるんだって話だったんだ!」


 ふわふわと漂っていた小さな違和感が、情報が綺麗に結び合って真実を紡ぐ。


「一週間もいらないわ。明日、この事件を終わらせる」


 レイチェルは掘った穴を丁寧に埋め直すと、明日の真相解明に向けて用意を進めるために街で買い物をすることにした。

 ダレンのため、寝込んでしまったメリッサのため、少しでも早く事件を解決して不知火我シラヌイガにダレン逮捕の不服を申し立てる。

 その日の晩、自分ならできるという自信を持って、レイチェルは入念に計画を立てた。

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