捜査1
レイチェルは申し訳程度の情報が記載された書類を持って、被害者宅へ向かっていた。
クレイグから、ダレンの罪状の再捜査をする代わりに解決しろと言われた事件はまとめるとこうだ。
一ヶ月前、とある男性の所有する畑の一角から遺体が見つかった。
それは男性と畑を共同経営している夫婦の一人息子で、夫婦も遺体を発見した際その場に居合わせたので身元の判定に時間はそうかからなかった。
しかしわからないのはここからで、犯人に目星がなかなかつかないのだという。遺体も見つかっており、被害者の身元も判別できているのに、犯人と凶器や証拠だけが見つからない。
一ヶ月も進展が起きず、警察はもうお手上げ状態だそうだ。
「ここ……ですかね」
「そうだと思います。ありがとうございました」
一面障害物の少ない畑ばかりの景色に運転手は少し戸惑いながらも車を止めた。レイチェルは礼と運賃を払い、車を降りる。
ここは栄えた街であるトラリアスでも端っこの方にある、穏やかで見晴らしのいい農園だ。一面に様々な野菜が実っていて、件の遺体発見現場である。
「マーナー夫婦のお家は……あの黄色い屋根の家ね」
レイチェルは広い畑を横目に被害者の両親が住む家に向かって歩き出した。被害者とその両親が住む家は畑の端にぽつんと寂しく建っていた。
しかし周囲には色とりどりな花が咲き誇っており、寂しい小さな家ながらも華やかさを感じさせる。
「一人ぼっちでこんなところまで来たのは初めてだわ」
今、レイチェルの周囲には誰もいない。ダレンは
もちろん暇ではないと言っていた
「私ひとりで……なんとかしてみせる」
レイチェルは両親を亡くしてから三年の間、ダレン夫婦に育ててもらっていた。きっと今が彼らに恩を返すときなのだろう。多少の無理をしてでも事件を解決し、ダレンを無実の罪から解放しなければならない。
「一週間、か……」
レイチェルは噛み締めるようにつぶやいた。
一週間とは、クレイグに出されたタイムリミット。
一週間以内に今回の事件を解決しなければ、ダレンの無実を晴らす機会は永遠に失われ、ダレンは冤罪なのに裁きを受けなければならなくなる。
そしてきっと、
「解決すればいいんでしょ? 私ならできるわ。だって
しかしそれでも、そう強気に啖呵を切らねば不安で押しつぶされてしまいそうだった。
レイチェルの行動で、ダレンの未来が決まる。そしてその未来によってはメリッサはショックで寝たきりになってしまうかもしれないのだ。
心を強く保たなくてはならない。制限時間も設けられているのだから。
「こんにちは、マーナーさんはいらっしゃいますか?」
マーナー夫婦の家の前に着くと、一度大きく深呼吸をしてコンコンと扉を叩く。
するとしばらくして女性が出てきた。
「はい、どなた、でしょう?」
女性はレイチェルを見て首を傾げた。その奥のソファーには男性が俯きがちに座っているのが見えた。
「私、レイチェル・マロワと申します。息子さんの事件の捜査に来ました」
「っ! そう、ですか」
レイチェルの言葉に目を見開いた女性だったが、ゆっくりと口を開いてレイチェルを家の中に招き入れた。
「探偵さん、よね」
「ええっと、はい。そういうせって、いや、そうです」
勧められて椅子に腰掛けたレイチェルの前にことんと紅茶が置かれた。場の雰囲気に沿わずに華やかな香りを漂わせている。
リビングに華やかさを漂わせた被害者の母親は、その華やかさとは反対に暗い顔をしてレイチェルにそう尋ねた。
レイチェルは少し言葉に詰まりながらも頷く。
今のレイチェルは警察から協力を受けて事件の解決にきた探偵、という設定だ。意外にもクレイグが気を遣ってそういう体でマーナー夫婦に話を通しておいてくれたらしい。
無愛想に見えて意外と情がある、と一瞬思ったが違うだろうとレイチェルは首を振った。もし本当に情があるのならば、ダレンを不当な逮捕などしないはずだ。
「無理だ……最近じゃ警察もろくに捜査してくれない……俺たちの息子を殺した犯人なんてあんたみたいなお嬢さんにはわかりはしないよ」
「若いからこそわかることもあるかもしれません」
一度レイチェルの方に顔を向けたが、その後項垂れて力無くつぶやく被害者の父親にレイチェルはそう言い返すことしかできなかった。
詳しい話が聞けないと事件解決もなにもできない。被害者の父親はつらい記憶に蓋をしたがっているように感じたが、レイチェルにだって大切な叔父の未来がかかっている。
遺体の第一発見者の一人である父親にはつらくても、思い出したくなくても当時のことを話してもらわなくてはならない。
「そうね、警察よりあなたの方が息子と歳が近いからなにかわかるかも……」
母親は顔色は暗いが考え込む様子を見せると、少しずつ事件当時の話を語り出してくれた。
「あの日はウィルダさんと一緒にうちで話をしていたの。それでたまには一緒に畑の様子を見に行きませんかって流れになって。それで畑に行ったら息子の遺体を発見したんです」
「ウィルダさんというと……ああ、一緒に遺体を発見した共同経営者の方ですか」
「そうよ」
ウィルダ・ユネス。クレイグから渡された書類に書かれていた人物の名前だ。マーナー夫婦と同じく遺体の第一発見者で、マーナー夫婦と農業を共同経営している男性だ。
ちなみにマーナー夫婦、ウィルダともに被害者のグレイ・マーナーの死亡推定時間にはアリバイがあるので警察の容疑者リストからは外されている。
「ウィルダさんは本当にいい人でな。グレイが死んで仕事もろくにできなくなった俺の代わりに畑の様子を見に行ったりしてくれてよ」
「ウィルダさんは普段は畑に行かないのですか? 共同経営者なのに?」
ぼそりとつぶやいた父親の言葉にレイチェルが反応する。
レイチェルが疑問に思ったことを素直に尋ねるとマーナーは頷いた。
「ああ。俺たちは田舎から上京してきた身だからな。正直な話をすると学がないんだ。野菜は育てられても、売り捌く術を知らない」
「なるほど。つまりマーナーさんたちが野菜を育てて、ウィルダさんが売っているんですね」
「あの人は営業とか得意なのよ」
「へぇ」
頷くレイチェルに、母親は席を立つと書類を持って席に戻った。
「これ、共同経営するにあたって書いた契約書とかいろいろまとめてあるわ。私にはあまり難しい話はわからないけれど……これは事件には関係ないわよね。ごめんなさい」
「いちおう目を通しておくに越したことはありません。拝見させていただきますね」
レイチェルは受け取った書類に目を通す。
しかし彼女が持ってきた書類は至って普通の契約書だ。
畑の所有者はウィルダ。その土地を借りて農作物を育てるのはマーナー夫婦。そしてその育てた野菜を街に卸しに行っているのがウィルダで、売上は週末にウィルダが土地を貸している分の賃金を引いた金額をマーナー夫婦に手渡しで渡しているようだ。
「六・四……結構売上の分け方は平等なんですね」
「俺たちは畑を貸してもらっている側からな。多少取り分が少なくても、結構いい額をもらえている……のか?」
マーナーは本当に経営には疎いらしい。たぶん、だいたい、という感覚で金銭の契約を交わしたようだ。
「田舎から上京してきて、畑を耕すにも肝心の畑がない。そんなときに声をかけてくれたのがウィルダさんだったってわけだ」
「そうなんですね」
マーナー夫婦とウィルダが共同経営者なのは事前にもらった書類に書かれていたので知っている。この様子だとウィルダとマーナー夫婦はいいビジネスパートナーのようだ。
「被害者……グレイさんについてお聞きしてもよろしいですか?」
レイチェルの言葉に一瞬悲しそうな顔を見せたがマーナー夫婦は頷いた。
「あいつは反抗期でな」
「結構な頻度で何日も家に帰ってこないことが何回もあったの。だから遺体を発見した日も、どこかに遊びに行っているものだと思っていたから……まさか、死んでいたなんて。しかも畑の一角に埋められていたなんて!」
そこまで言うと、母親は涙を流した。
息子の死から一ヶ月が経ったが、当然のことながら傷はいまだに癒えていないらしい。
「あいつはとんだ親不孝もんだ。いっつも街のチンピラなんかと連んで……なにより俺たちより先に死んじまった」
父親は涙を流しはしなかったが、憔悴しているのか出会ったときからずっと顔色が悪い。食事も喉を通らないのか元からなのかはわからないが、体の線も細くなっているようだ。
「あの、警察の書類によるといちおう容疑者らしき人物が一人だけいたそうですが」
「ああ、あのチンピラか」
「あの日の……ねぇ」
犯人を見つけられていない警察だが、いちおう容疑者は絞り込んでいた。その中で一番怪しいとされている人物がいると書類に書かれていた。
しかし証拠がないというのと、グレイの死亡推定時刻にアリバイがあることを確認してマーナー夫婦たちと同じく容疑者リストから外されたらしい。
「遺体を見つける一週間前くらいか? 家に急にチンピラが押しかけてきてな。なんでもグレイに金を貸したとかで、金を返せとその催促に来たんだよ」
「まぁ、その日は息子は留守にしてたから説明したらすぐに帰ってくれたけれど……警察の方に犯人に心当たりはありませんかと聞かれて彼のことを言ったのよね」
「でも、犯人じゃなかったんだろう?」
「そうらしいわね」
マーナー夫婦は互いを見つめ合って頷いた。
金銭問題からの殺人事件。アリバイがあるとは言え、犯行動機もあるのでたしかに怪しい人物ではある。
「いちおうそのチンピラさんの詳しい情報を教えていただけますか?」
「いいけど……」
レイチェルはチンピラの情報を聞くとメモを取ってマーナー家を出た。
向かうのは先程聞いたチンピラの溜まり場だ。制限時間を課せられているレイチェルは一秒も無駄にできない。急いで車を手配して移動を開始した。
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