冤罪
青果店で腹と水分を満たしたレイチェルは軽い足取りで見慣れた街中を歩く。青果店以外にもパン屋や古書店などが立ち並ぶ街の風景はいつ見ても綺麗だ。
「ちょっと、やめて! 彼を離して!」
「おい女、うるさいぞ!」
歩き慣れた街中を通ってこれまた見慣れたメートルの看板が見えたとき、店内から叫び声が聞こえてきた。この声は間違いなくメリッサの声だ。そのあと聞こえた男性の声は聞いたことがないので常連客やレイチェルの知人ではなさそうだ。
ランチタイムが終わって準備中の看板がぶら下がった店から尋常じゃない雰囲気を感じて、レイチェルは駆け足で店の前に群がる人集りをぬって普段より重たく感じる店の扉を開けた。
「どうしたんですか⁉︎」
「あ? なんだ? もしかしてここの店員か?」
壊しそうな勢いで扉を開けたレイチェルの動きが止まった。
急いで店に入ったレイチェルの視界に映った店内はひどい有り様だ。テーブルや椅子がぐちゃぐちゃにされ、複数の見知らぬ男性たちがダレンの体を床に押さえつけていた。
レイチェルの後ろにいた人集りは店内の様子を見てざわざわと騒いでいる。
「だ、ダレンおじさん!」
「動くな」
ハッとしたレイチェルがとっさにダレンに駆け寄ろうとすると、男性の一人がレイチェルに剣の先を突きつけた。
よく見てみれば先程悲鳴をあげたメリッサも他の男性に剣先を突きつけられ、身動きが取れないようだ。涙目になりながら黙り込んでいる。
「やめろ。無意味な殺生はしたくない」
「ですが」
「この店の能力者はそこな男だけなんだろう。ならば女子供に剣を向けるな」
「……はっ」
銀色に輝きを放つ剣先を向けられて抵抗できずにいると、男性たちの中に別の男性が割り込み剣を下げるように言った。
服装や話し方から見るに、彼がこの男性たちのリーダーかなにかなのだろう。
「うちの部下が脅してすまなかった」
「それよりダレンおじさんを離してください」
レイチェルとメリッサに突きつけられた剣先は男性の一声で下げられたものの、ダレンを抑えている手は緩められていない。いまだにダレンは床と仲良く添い寝中だ。
今の状況はなかなか理解できないが、この状況が異常事態だということは考えなくともよくわかる。レイチェルは現状を打破しようとこのグループのリーダーらしき男性に話しかけた。しかし男性は静かに首を横に振る。
「無理だ。この男は連れて行く」
「どうして⁉︎」
レイチェルが食いつくと、男性は一度ため息をこぼして口を開いた。
「この男は無許可で魔物の肉を取り扱ったという罪で我々、
「
男性の言葉にレイチェルは目を見開いた。
組織人数は少ないものの、所属する能力者の割合は
「っ、どうしてあなたたちがうちの店に? それにおじさんが魔物の肉を取り扱ったとはどういうことですか?」
「……これが逮捕状だ。好きなだけ読めばいい」
レイチェルの問いかけに答えることなく、リーダーらしき男性はレイチェルに紙を手渡した。
そこに書かれていた内容を要約すると、飲食店・メートル経営者のダレン・ウェインナを違法な魔肉取り扱いの罪で逮捕する、と書かれていた。
紙の端に押された印を見るに偽造された逮捕状というわけではなさそうだ。
「おいおい。言っておくが俺は魔物の肉なんて使ってないぞ」
ダレンは押しつぶされた状態で言葉を吐く。
しかし
魔物の肉、魔肉を取り扱うには国家免許が必要となる。たしかにダレンはその免許を持っていない。しかし、ダレンは店で提供している料理に魔肉なんてものを使用したことなど一度もなかった。
つまりこれはなにかの間違いである。
「冤罪です」
「逮捕状はある」
なんとかダレンの無実を証明したいが、
「これはまったくもって不当な逮捕ですよ」
「この逮捕は警察が決めたこと、しいては国が決めたことだ。それを否定すると言うのなら、お前は反逆罪に問われるぞ」
レイチェルがなにを言おうが、
「あなたたちは間違っている」
レイチェルはリーダーの男性の、無駄に端正な顔を殴りたい気持ちを押し殺して冷静に会話を続けた。
ここで冷静さを失って衝動的な行動をとるのは自らの首を絞めるようなものだ。必死で歯を食いしばって怒りを堪える。
「知るか。俺は俺の仕事をこなすまでのこと」
男性はくるりと踵を返して店を出ようとした。他の
「待って!」
その無情な後ろ姿にレイチェルは呼び止めようと大声を張る。
聞き分け悪く、何度も警察である
「クレイグ隊長!」
隊員は不服そうにリーダーの男性――クレイグに声を張った。しかしクレイグにひと睨みされて、気まずそうに剣を鞘に仕舞った。
「お前、名は?」
「レイチェル。レイチェル・マロワ。ダレンおじさんの姪よ」
クレイグに名前を問われて、レイチェルは睨みつけるように名乗った。しかしクレイグはその鋭い視線にたじろいだりはせずに、むしろ興味深そうに頷いた。
「なるほど、レイチェルか。俺はクレイグ・フェリー。
レイチェルの名乗りに応えるように自身も名乗ったクレイグはふぅと、一度息を吐くとまっすぐにレイチェルを見据えた。
「レイチェル、お前にチャンスをやろう」
「なっ⁉︎」
クレイグの予想外の言葉に
急なリーダーの言動に随分と動揺しているようだ。ダレンやメリッサも目をぱちぱちと何度も瞬きしていた。そしてもちろん、レイチェルも。
「ちゃん、す?」
クレイグの言葉の意味を理解できなかったレイチェルは眉を顰めてクレイグの言葉を復唱した。
「ああ、そうだ。実は警察――
クレイグは頷いて先程言ったチャンスの意味を説明し出した。
「
それは
言うなれば、
「……いや」
レイチェルの問いにクレイグは静かに首を横に振った。
「そもそも犯人の特定ができていないそうだ」
クレイグは表情を崩すことなく淡々と話を続ける。
「犯人が分からないから、捜査を手伝ってくれと。しかし俺たちだって暇ではない」
「……つまり、私があなたたちの代わりにその事件を解決したらダレンおじさんを返してくれる?」
「お前の言う通りこの男が無実ならな」
クレイグの後ろにいる隊員たちはくすくすと笑っている。大方、警察が解けない事件をたかが町娘が解決できるはずがないと思っているのだろう。
たしかにその通りだ。警察の力を持っても、解決できる見込みのない事件。それを一般人が解決するなど。しかし。
「いいですよ。やります」
こうするしかダレンを救うことができないならやるしかない。
大丈夫、私は賢者の力を持っているのだから。不安な気持ちに襲われながらも、レイチェルは自身に暗示するようにそう心の中で何度も唱える。
「そうか。なら事件のあらましを伝えよう。実は一ヶ月前、とある男の所有している敷地で死体が見つかった――」
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