思い出
今、レイチェルの目の前にいる二人、ダレンとメリッサはレイチェルが
「俺は夜の仕込みをするからレイは休憩をとっていいぞ」
「はい」
まかないを食べ終わったダレンは空になった皿を持って厨房に戻って行った。メリッサがテーブルの整頓をしているのを横目に、レイチェルはダレンに言われた通り休憩にしようと思って店を出ると、青果店に向かう。
ダレンに頼めばレイチェルの分のまかないも作ってもらえるだろうが、今のレイチェルはそんな気分ではなかった。なので新鮮な果物を食べて昼食としようと思ったのだ。
「すみません、りんごとオレンジをください」
「ああ、レイちゃんか。あいよー」
店について馴染みの店主に声をかけると、笑顔で果物を渡してくれた。レイチェルは対価として銀貨を渡す。
この青果店は普段からメートルに新鮮な果物を卸してくれている店だ。鮮度を売りにしているだけはあって、どの果実もみずみずしく、この店の果物をふんだんに使ったパフェはメートルでも人気のスイーツだ。
「あっ、そういや聞いたか? なんでも最近、違法なことをしている店の摘発が多いらしいぞ」
「摘発、ですか?」
金銭のやり取りを終えた店主は思い出したようにレイチェルの耳元に顔を寄せて小声で呟いた。
「そうそう。なんでも脱税とか、営業許可を取っていない人物が店を開いているとかでな。警察がいろんな店を調べて回ってるんだよ」
「ああ、たしか少し前にそういう店に対する処罰を厳しくするという取り決めが可決されたんでしたっけ」
店主の言葉にレイチェルはああ、と頷く。
たしか少し前に届いた新聞にそんなことが書かれていた。
なんでも人口が増えた分、違法なことに手を出す店が目立ってきて国が本格的に対策に取り組み始めたらしい。もちろん、ちゃんと営業許可をとって規定通りの営業を行なっているメートルには関係ない話である。
「そうなんだよなぁ……あっ、いやべつにうちの店やレイちゃんの店は大丈夫だとは思うけどさ。なんかきな臭い噂を聞いたというか」
そこまで言うと店主は腕を組んで訝しげに首を傾げた。
「きな臭い噂……って?」
レイチェルは少し店主に近寄って小声で尋ねた。店主はうーんと唸り声をあげた後、周囲に人がいないのを確認してレイチェルの耳元で囁く。
「なんでも貴族が警察に金を渡して、自分の気に入らない人間が経営している店を潰して回っているらしいんだ」
「えっ、それはやばいのでは?」
「だろ? いちおうあくまで噂なんだがな……ただ経営許可書を持っているし、なんの悪さもしなさそうな人柄の経営者の店が潰されたって聞いてよ。もし本当なら怖いだろ? なにも悪くないのに、金と権力の力で無実の人間が牢に囚われちまうんだぞ」
「それは怖いどころの問題じゃないですね……それこそ取り締まられるべき案件じゃないですか」
話を聞いたレイチェルは眉を顰めた。
もし噂が本当だとすれば警察は正義ではなく、金のために不正な逮捕を行なっていることになる。そんなことをしている人間が多い国はいずれ腐り落ち、法律も秩序もなにもない、荒れた無法地帯と化すだろう。
「だから最近はご貴族様が来店したら気ィ張ってばかりで疲れるってもんだ。下手して相手の機嫌を損なわしちまったら俺もお縄にかけられちまうかもしれないからな。レイちゃんとこも気をつけろよ?」
「はい。ちゃんと記憶に留めておきます」
平民に対して横暴な態度をとる貴族は少なからずいる。もちろんそんな人間ばかりではないのだが、そんな横暴な貴族に限って平民の店に遊びに来るのだ。
おそらく理由はただ自分より身分の下の者を見下して優越感に浸りたいのだろう。ほとんどが貴族といっても貴族の中での階級が低い男爵クラスが多い。
しかし彼らは平民との格の違いを見せつけたいのか意地をはってでも大金を店に落としていく。
店側としては時折来る貴族は大金を使ってくれるのでありがたいが、人によってはやれ平民は〜と罵倒されることもあるので少しばかり厄介な相手なのだ。
「ああ、それと。これをダレンに直して欲しいんだ」
メートルにきてすぐに高飛車な態度をとる男爵令嬢がいたことを思い出し、かすかに眉を顰めたレイチェルに、店主はそう言って店の奥からラジオを引っ張り出してきた。装飾は少し取れていているようで、ところどころ色も剥げていて随分と古めかしさを漂わせている。
「これは昔、俺の母親が使ってたやつなんだがなぁ……壊れちまってもう動かないんだ。でも来月は母親の三回忌だからよ、あの世でも使えるように直してあげたいんだ」
「なるほど、わかりました。お預かりしますね」
「ああ、頼むよ。礼は今度の仕入れのときに安くしとくさ」
レイチェルがそっとラジオを受け取ると店主は嬉しそうに笑ってウインクした。
なぜ店主がラジオの修理をダレンに依頼するのか。それはダレンが機械に詳しい、と言うよりもダレンが
レイチェルは
実際のところはレイチェルが
物の修理などやろうと思えばレイチェル一人で簡単にできてしまうのだが、もし能力を使っているところを誰かに見られれば無能力者を名乗っているレイチェルにとっては一大事である。なので極力レイチェルは能力を使わないようにしていた。
レイチェルが
亡き両親の言う通り、レイチェルが
「気をつけないと……」
青果店で買ったみずみずしい果実にかぶりつきながら、レイチェルは店先を見て回る。やはり多くの人が行き交う街なだけはあり、賑やかで活気がある。
「傷薬はいかがー? 一流
「ショーを見ていきませんか?
人が溢れる街は、あちらこちらから集客やセールスの声が聞こえてきた。
賑やかなテントに家族連れが手を繋いで入って行くのが見えた。
今は遠い楽しかった記憶を思い出すと、レイチェルは店に戻ろうと踵を引き返した。
そろそろ夜の営業に向けて酒を注ぐグラスを用意した方がいいだろう。昼間と夜間では使う食器が異なる。なのでいつも営業時間に合わせて棚から取り出さなくて用意しなくてはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます