隠れ賢者の不本意お悩み解決処
西條 迷
能力者
ミザール王国で二番目に栄えている街、トラリアス。多くの人が住み着き、また多くの人が観光やら行商やらで忙しなく街中を行き交っている。
この大きな街の一角に、その店はあった。
昼間は庶民の食事処として、夜は居酒屋として営業を行なっている店の名はメートル。
レイチェル・マロワの勤務先である。
「レイ! この料理を三番テーブルに持っていってくれ!」
「はい!」
「レイちゃん、こっちのドリンクもお願い!」
「任せてください!」
時間帯は昼間。飲食店にとって客が多い時間だ。
カウンター席が八席、四人がけのテーブル席が六席。すべて客で埋まっている。
レイは叔父のダレンとその妻にあたるメリッサの指示に従い、出来上がった料理を手に取った。
ケチャップの香り漂う大盛りのナポリタンに、子供に人気なメロンソーダ。おぼんから滑り落とさないように気をつけながら席に運ぶ。
「お待たせしました。ナポリタンとメロンソーダになります」
「あらあら、ありがとうねぇ」
「いいえ、ごゆっくりどうぞ」
三番テーブルで料理が届くのを待っていたのは幼い家族連れの常連客だった。
テーブルの上に料理を置くと、彼女はレイチェルに礼を言って息子の頭を撫でるとナポリタンを取り分けてフォークを握らせた。
子供は嬉しそうにナポリタンを口いっぱいに頬張った。平和的でいつも通りの、微笑ましい光景を見届けてレイチェルは厨房に戻った。そして一息つき暇なくまた次の料理を指定の席に運んでいく。この店は叔父夫婦とレイチェルの三人だけで回しているので、ゆっくりしている暇はない。
オーダー取りに会計、料理運搬。それらを三時間ほど行なっていると、徐々に客足は落ち着いていった。
「怒涛のランチタイムはこれで終わりね。レイちゃん、お疲れ様」
ふぅ、と軽いため息をついてレイチェルに話しかけてきたのは先程まで調理補佐と料理の運搬で厨房とホール内を忙しなく移動し続けていたメリッサだった。
「お疲れ様です。今日はいつもより人が多かったですね」
「そうねぇ。とくに観光客が多かったわね。やっぱり人手を増やしたほうがいいかしら」
「そうだなー。最初は近所の方が来てくれる程度だったから三人で店を回せていたが、最近ではそこそこにお客さんの数も増えたし、人手を募集したほうがいいかもしれないなぁ」
レイチェルとメリッサの会話に男の声が混じる。
ランチタイムはずっと厨房で料理を作り続けていたダレンが頭をガシガシとかいて厨房から出てきたのだ。
ダレンの手元にはまかないが乗った皿があり、どうやら今から遅めの昼食を取るようだ。空いたカウンター席に座り、自分で作ったまかないを口に運んだ。
「レイちゃん目当てのお客様も増えたものね」
「そんなことないですよ」
「いいや、レイは立派なうちの看板娘だよ」
メリッサの言葉を否定したレイチェルだったが、ダレンはまかないを食べながら頷いた。
「最初は料理を運ぶので手一杯だったのになぁ、大きくなったもんだ」
ダレンは懐かしむように、優しい微笑みを携えてレイチェルを見つめた。
レイチェルがこの店、もとい叔父夫婦の元に来たのは三年前のことだった。ある日、急にレイチェルの両親が事故死したのだ。そのためレイチェルは母親の兄であるダレンたち夫婦に引き取られて、それから同じ時をともに過ごしている。
最初は接客の経験などまったくなかったレイチェルだが、三年もここで働くうちに、接客のいろはを覚えられてうまく接客をできるようになった。
料理の運搬だって最初は落とさないようにと一皿一皿慎重に運んでいたのに、今では両手におぼんを乗せて運ぶことができる。
会計も客からオーダーを取るのも手慣れた動きでできるくらい、レイチェルは結構物の覚えが早い方だった。
「いやぁ、レイがうちにきてもう三年かぁ」
ダレンがしみじみとつぶやいた。
レイチェルがダレン夫婦のところにきて三年。それはつまりレイチェルの母親、ダレンにとっての妹が亡くなって三年経ったということにもなる。
三年前に両親を亡くし、ダレンの元に引き取られて二人から実の娘のように愛情を注がれて成長したレイチェルはメートルの立派な看板娘になった。
昼間は子供たち、夜は仕事を終えて酒を飲みにきた大人たちの話し相手になることもしばしばあり、レイチェルの顔は広い。
よくこの店にくる常連客たちとは店の外でも会話するほど仲が良くなった。
しかし、レイチェルにはそんな彼らにも秘密にしていることがあった。
今は亡き両親とした約束。決して、他人にバレないようにしなければならない秘密。それはレイチェルが
この世には特殊な能力を持った者が産まれ出ることがある。彼らは総じて能力者と呼ばれるが、その能力者たちを細かく区別すると四つに分けることができる。そしてその能力の違いによって、呼称も変わるのだ。
一つ、
薬草等の素材同士を組み合わせて合成することで一瞬で薬を作り上げたりすることができ、元となる素材さえ用意できれば大体の物を合成することができる。
ただし血や髪、心臓を準備したところで人間や犬などの命ある生き物を合成することはできない。
一つ、
物体の成分がなにでできているかの解析が一目見ただけでできる。
物の成分を解析するだけの地味な能力だと思われがちだが、王族や貴族などの高貴な人間に運ばれる食事に毒が仕込まれていないかの判断を、毒見することなくできるので意外にも重宝されている。
一つ、
並の人間とは桁違いの身体能力を持つため、この能力を持った者の多くは護衛や警察官など強靭な肉体を必要とする職業を志すものが多い。
そして最後が
彼らは能力者の中でも数がもっとも少なく、その数は数年に一人と生まれてくるだろう、という程度の希少さだ。
そして
本来ならば
たった一人でこの世にある能力のすべてを使えるのだ。希少さも合い重なって
それは世界中の人間が興味を寄せてくれるという意味では目立ちたい人にはいいことなのかもしれないが、それ以上にデメリットが大きすぎる。
まず
もしその依頼を断ったとしても、とくにお咎めがあるわけではないだろう。しかし一度周囲に
そのためレイチェルの両親はレイチェルが
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