第82話 悪魔
セカイたちが去ったあと、イルベの死体は砂漠にぽつりと残された――。
いや、イルベはまだ死んでなどいなかった。
イルベは高層ビルにつぶされたが、かろうじて生き残っていたのだ。
「くそう……なんなのだこの物体は……この私が……このようなものに押しつぶされるなど……」
イルベは高層ビルを破壊し、その下から這い上がってくる。
しかし、イルベとて無事ではなかった。
イルベは血だらけで、その肉体はボロボロとなり、虫の息だ。
回復魔法を自分に使ってみるが、血は止まらない。
「ふん、……もはや手遅れか……」
回復魔法ですら手の施しようがないほど、イルベは弱っていた。
十分に回復できるほどの魔力が残されていないのだ。
回復しようとしても、それ以上に出血量のほうが多い。
この状態を回復しようと思えば、さらに膨大な量の魔力が必要となるが、それはもはやイルベには残されていない。
イルベは立ち上がることもできずに、砂漠を血だらけで、惨めに這いつくばった。
「こうなれば……あれを使うほかありません。いでよ……我が半身」
イルベは傷口に指を突っ込むと、指にべっとりと血を塗りたくった。
そしてその血で地面に魔法陣を描く。
「私はこのときのために、悪魔と契約しているのです……くっくっく……見ていなさい。この私がこのくらいで死ぬわけがないじゃないですか……」
イルベは、悪魔と契約をしていた。
悪魔は、イルベに膨大な魔力を貸し出す。
そのかわり、イルベの身体には悪魔が巣くっていた。
悪魔はイルベの目を通して世界を見て、イルベが敵を殺すたび、その魂を喰らう。
そして、イルベが死のふちに立たされたとき、悪魔はそのピンチを救う――そういう約束だ。
悪魔はあらゆる傷を治すことができる。しかし、悪魔はそのままでは、力を使うことができない。
悪魔は、悪魔界という場所に存在して、現世とは隔絶した場所にいる。
悪魔は現世に影響を与えることができないのだ。
だが、悪魔は人のからだを使って、この世界に顕現することができる。
しかし、人の身体に入りこむのには、その人間の許可が必要だ。
悪魔との契約は、こうだ――イルベが瀕死となったとき、悪魔はイルベの肉体に入り、それを癒し、そしてイルベに無限の魔力を与える――というものだ。
「悪魔よ……私の肉体を一時的に明け渡す。そのかわり、私の肉体を癒し、助けよ……!」
イルベは魔法陣に残りわずかな魔力を流し込む。
すると、悪魔の声が聞こえてくる。
「その望み、かなえよう――」
イルベの身体を、悪魔が乗っ取った。
イルベの身体に入った悪魔は、まずその肉体を癒す。
そして、イルベに身体を返す――などというはずもなく。
悪魔は、高笑いした。
「はっはっはっはっは! 馬鹿な人間め! ほんとうに愚かだ。自分の肉体の主導権を、みずから手放しおった! それほどまでに判断能力が欠如しているとは……! これでこの肉体は、私のものだ!」
そう、最初から、悪魔はイルベに身体を返すつもりなどなかったのだ。
悪魔の目的は、イルベの肉体を乗っ取り、この世界に顕現すること。
契約はそのために、仕組まれたものだった。
悪魔とは、そういうものだ。
悪魔は自分の力では、人間界に存在することができない。だから、あの手この手を使って、人間を騙し、この世界にやってこようとする。
悪魔は力を餌に、人間を誘惑する。
イルベはまんまとその罠にかかったというわけだった。
「くっくっく……。そうだなぁ……。そういえば、このイルベとかいう男。世界樹を狙っていたな……。うん、世界樹か……。いいぞ。あの世界樹を手に入れれば、私もさらに最強になれる……」
悪魔――いや、この悪魔は、ただの悪魔ではなかった。
「この私――魔王デミオス様が最強だ……!!!! ふっはっはっはっは!」
そう、彼の正体は、魔王デミオスと呼ばれる悪魔。
魔王というのは、魔の中でも最強クラスの存在という意味だ。
デミオスはさっそく、世界樹の近くにある山に、拠点を構えることにした。
「ここを今日から、魔王城とする……! まずは我が軍勢を集めるとしよう……くっくっく……」
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