第79話 エルドウィッチ戦争(4)
「エルドウィッチ教……!?」
「おや、覚えていてくださりましたか……? セカイ様」
「お前たち、まだ活動していたのか……!」
「ええ、私以外にも、ユグドラシル王国には何人かエルドウィッチのものが入り込んでおります。我々も、もはや正攻法では世界樹を手に入れることは難しいと学んだのでね。この数年、あれやこれやと手をつくして、絡め手で奪い取ろうと、試行錯誤をしてまいりました。そしてついに、べへモス復活に成功したというのに……。くっくっく……まあ、いいでしょう。こうして、分身とはいえ、ちゃんと世界樹が手に入ったというのだから」
「俺を手に入れて、なんの目的なんだよ……! 俺の恩恵が欲しいなら、ふつうにユグドラシル王国に参加すればよかったじゃないか……! 俺を独り占めして、お前たちはなにがしたいんだ!」
俺たちも別に、エルドウィッチ教が悪さをしなければ、敵対することもなかっただろう。
ユグドラシル王国に加わりたいというのなら、拒む理由もなかったはずだ。
俺の世界樹酒や世界樹の葉という、恩恵は、それで十分に得られるはずだろう。
「おや?もしかしてあなたは自分の価値をおわかりでない?」
「はぁ……?世界樹の葉のことか?」
「それだけではありません。あなたという世界樹という存在には、それこそ莫大な、世界のエネルギーが秘められているのです。それを抽出し、一か所に集めれば、利用価値は無限大です。それをあんなふうに野放しにしておくなど、ユグドラシル王国の連中はまさに無能の極み!ものの価値がわかっていないというものです」
「じゃあつまり、お前らは俺を鎖ででも繋いで、無限のエネルギーをちゅうちゅうしようってのかよ」
「いかにも……!それこそれがまさに、世界のため!世界樹というエネルギーを、この世界をよりよくするために、もっと有効活用せねば!」
「じゃあ俺の自由はどうなる!そんなのお断りだ!」
俺は叫んで、唯一自由の利く足を思い切り蹴り上げた。
足にも手と同じく、錠がしてあったが、両足を同時に蹴り上げることができた。
俺は足でイルベの顎にキックを食らわせる。
そして、そのまま体をよじって、転がるようにして、馬車から飛び降りる……!
いてぇ……!
走っている馬車から飛び降りたせいで、俺は身体中に怪我をして、あちこち痛い。
だけど、とりあえず、やつらに一矢報いることはできた。
俺は馬車から転げ落ちて、どこかの地面に着地する。
俺が降り立った場所は、一面砂でできた、広大な砂漠だった。
ユグドラシル王国の周辺に、少なくとも、俺の見える範囲では、砂漠なんてない。
あれからかなりの距離を、馬車でやってきたことになる。
しばらくすると、馬車が止まり、馬車からイルベが降りてきた。
くそ……捕まる……。逃げなきゃ……!
俺は必死に、芋虫のように這って逃げようと、馬車とは反対側に行こうとする。
しかし……。
「おえ…………ぐぞう…………なんで…………こんなときに。パニック発作だ……」
急に体がずんと、重くなる。俺は、砂漠の真ん中にいる。ここは、守られた安全な場所じゃない。俺の部屋じゃない。
嫌だ。
怖い。
逃げたい。
家に帰りたい。
俺は外になんか出たくない。
外は危険がいっぱいで、怖い。
俺は外には出られない。
怖い怖い怖い。
吐き気と頭痛がすごい。
めまいがする。
今にも倒れそうだ。
だって、今まではみんな仲間が俺を守ってくれていた。そして俺は世界樹という巨大な体をもっていた。だけど今の俺にはなにもない。
俺は見知らぬ場所で、無防備だ。
動けない。
外の世界は、俺にとってはあまりにも大きすぎる。
「わああああああああああ!!!!」
うずくまって、咽び泣く俺のもとへ、イルベがやってくる。
イルベは俺の髪の毛を乱暴につかむと、唾を吐きかけた。
「ふん、情けないですねぇ……。世界樹ともあろうものが……。お外が怖いなんてねぇ……。忌々しい。あなたのような人格は、世界樹にふさわしくありません。でも大丈夫です。聖地に連れ帰ったら、我々エルドウィッチ教があなたのそのねじ曲がった人格を正しいものに矯正してさしあげますからねぇ、ええ。ご安心ください。いずれは世界樹本体も、あんな場所ではなく、正しき聖地まで移動させる計画ですから」
俺は、侮辱されているのに、なにも言い返すことができなかった。
ただ俺は、こんな開けた場所にいることが怖かった。
怖くてなにもできなかった。
はやく家に帰りたい、それだけだった。
やはり俺は、どこまでいってもただの引きこもりでしかないのか……?
俺は世界樹なんて崇められてるけど、俺はあのころのままなのか……?
悔しい……!
悔しい……!
このまま、俺は攫われてしまうなんて。
みんなにもう一度会いたい。
このままじゃ、ダメだ……!
冷静に考えたらさ、べへモスを召喚されて、仲間を何人も殺されて、挙句攫われて、こんなふうに言われて、黙っていられるわけねえじゃねぇか……!
その瞬間だけ、俺の中で、外にいる恐怖心よりも、イルベに対する怒りのほうが優ったのだ。
「うおおおおおおおお!」
俺は、瞬時にイルベの手を振り払った。
そして、イルベの顎めがけて、頭突きを食らわせる。
――ガン!
「うるせぇよ……。俺の居場所は、あのユグドラシル王国だけだ……」
イルベは唇から血を流しながら、不気味に笑う。
「おや、恐怖を克服したようですね?ですが、だからといって、今のあなたにはなにもできませんよ?あなたには魔封じの腕輪がしてある。それに、助けも来ません。ここはすでにユグドラシル王国から遠く離れた場所。もはや連中には、この場所の手がかりすらない。足はつかないようになっています。あきらめるといいでしょう」
正直、恐怖を克服したとはいいがたい。
いまだって、立っているのがやっとだ。
俺の手足は震えていた。
だけど、俺を命がけで守ってくれたみんなのためにも、俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ。
せめて気持ちだけでも、気高くいないと。
俺は、こいつにだけは負けてやるものか……!
せめて頭突きを食らわせられて、俺はすこしすっきりしていた。
いい気味だ。
だけど……くそ……やっぱり怖い……。
太陽に晒されているだけで、死にそうに震えてしまう。
まるで全裸のまま群衆に放りだされたかのような、無防備な感覚。全身の皮をひっぺがされたような気分だ。だが、まだ俺は立っていられる。
希望は捨てない。最後まで……!
「俺は、絶対にお前らのものになんか、ならない……!」
「っくっくっく、では、これからどうするというのです? あなたにこれ以上できることはありませんよ?さあ、おとなしく馬車に戻るのです」
そのときだった。
俺の上空に、ドラゴンの影。
そして、上空からなにものかによるドロップキックが飛んでくる。
次の瞬間、イルベは蹴り飛ばされ、地面に倒れていた――。
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