第78話 エルドウィッチ戦争(3)


 気が付くと、俺は意識を失っていたようで、ここがどこなのかわからない。

 いったい、何が起こっているんだ……?

 俺はさっきまで、ユグドラシル王国で、双子の娘とみんなの帰りを待っていたはずだが……?

 どうやら目隠しをされているようで、なにも見えない。

 それに、手錠のようなものもされている。


 もしかして、俺は拉致されたのか……?

 しかし、いったい誰がなんの目的で?

 床が揺れているみたいで、俺は馬車にのっているのだろうか……?

 いや、待てよ……拉致されていたとしてだ。

 俺のこの身体は、本来の俺の身体じゃない。

 俺の本体は、今もユグドラシル王国にそびえたつ、あの巨大な世界樹じゃないか。


 人間としてのこの身体は、あくまで魔力と信仰ポイントによって作り出された分身だ。

 だから、この分身を解除して、世界樹の肉体に戻ればいいだけの問題じゃないか?

 そうすればここを抜け出せるはずだ。

 いったいどこのだれがなんの目的で俺をさらったのかは知らないが、無駄なことだったな。

 俺は、分身を解除して、世界樹の肉体に戻ろうとする――しかし、できない。

 分身を解除することができない……。

 どういうことだ……?


 なんで、……?

 俺は、ここから出られないのか……?

 どういうことだ……?

 分身を解除することができない、つまり、俺はこの肉体に封じ込められている。

 ここから出られないとわかると、急に恐怖心が襲ってきた。

 くそ、どういうことだよ……!

 俺は少し暴れるように、身体を揺さぶってみた。

 せめてこの目隠しだけでも取りたい。


「おや、気が付いたようですね。おはようございます。セカイ様」

「は……?お、お前は誰だ……?お、お前は……!」

「分身を解除しようとしても無駄ですよ?その手錠は特殊なものでしてね。あらゆる魔力による現象を封じる、魔封じの腕輪を改造したものです。なので、それをしてあるあいだは、あなたの世界樹の力も無効化される……。つまり、今のあなたは、ただの無力な人間とかわらない。大人しくしておいたほうが身のためです。くっく……」


 そこにいたのは、声からわかったのだが、俺も知っている人物だった。

 やつの名は、たしかノーウェルとかっていったかな。

 銀色の長い髪に、傷を負った目、隻眼の男だ。

 ラック商会の関係者で、ユグドラシル王国に出入りしている人間のうちの一人だ。

 だが問題は、なんでそいつが俺を攫っているのかということだ。

 

「ノーウェル……? か……? どういうことだ……」

「おや、たしかそんな名前を名乗っていましたかね……。ですが、それは世を忍ぶ仮の名。今の私は、アーシュブランム王国が宮廷魔術師筆頭――イルベ・ルイルベールとお呼びください。っくっくっく……」

「イルベ……ルイルベール……。アーシュブランム王国だって……!?」


 きいたこともないような国の名前だ。それに、宮廷魔術師だって……!?

 こいつはいったい、なにものなんだ……?

 仮名をつかって、自分の身分を偽り、ラック商会に出入りしていたのか……?

 こいつは敵国のスパイということなのだろうか。

 まさか、ラック商会そのものが敵だとはとても思えない。ラック商会は、先代のモッコロのころからの付き合いだし……。

 それにしても、こいつが俺をさらう目的がわからない。

 それに、俺をどうやって捕まえたっていうんだ……?


「なにが目的だ、このやろー」

「おや?そんなもの、一つに決まっているでしょう。それはあなたの世界樹という、特別な能力……。それ以外にはありません。もちろん、本来ならユグドラシル王国そのものを乗っ取り、あの世界樹の本体を手に入れられれば一番よかったのですが……。それは、失敗に終わりました。べへモスは健闘したのですがね……」

「べへモス……。あれもてめえのしわざか……!くそ……!」


 べへモスは、あの場所になんの前兆もなく、急に現れた。べへモスが自然に発生したわけもないから、きっと誰かが召喚したのだろうということだったが、まさかこいつがその犯人だとは……。

 それにしても、べへモスを召喚なんて……あり得ないだろう……そんなの……。

 その難しさは、俺も少し魔法を学び始めて、理解できていると思う。

 宮廷魔術師とかいっていたな……宮廷魔術師っていうのは、そこまでのことができるのか……!?

 だとしたら、どうやってこいつから逃げればいいんだ……!?


「そこで、ちょうどみなさん、べへモスを倒しに躍起になっていましたからね。もぬけの殻となったユグドラシル王国を襲い、あなたを拉致したというわけですよ。まあ、周りには少女が二人と、エルフが数人しかいなかったので、楽な作業でした」

「てめえ、双子になにかしたら殺す……!」

「おっと、ご安心を、あなた以外に興味はありませんから」


 すると、イルベは俺の目隠しを外して、そのいやらしい目つきで、舌なめずりをして、俺のことを見定めるように眺めた。


「っくっくっく……これが世界樹の化身……うつくしい……」

「黙れ……!」


 目隠しをとって、よく見ると、イルベはなにやら怪しげな黒装束を着ていた。

 そしてその黒装束には、俺も見たことのある紋章が描かれていた。


「エルドウィッチ教……!?」

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