第71話 美女と野獣(下)


 デート当日、ジョナスはスーツでキメキメに決めていた。

 俺はいつものようにジョナスのあとを枝を伸ばして追いかける。

 デートはおおむねうまくいった。

 ジュリアは食事に満足そうだったし、会話も弾んで、笑顔も多い。まんざらでもないようすだ。

 ジョナスはジュリアをさりげなく褒め、会話も自然だ。

 ボディタッチも軽くあり、グラスの距離も近い。

 これはいい雰囲気じゃないのか……?

 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。


 それから二人は食事を終え、店を出て、散歩をした。

 雰囲気のいいバーに入り、お酒を飲む。

 ほろ酔いになった二人は、夜景の見える高台へと移動する。

 そこで、ジョナスは告白する算段だ。

 ジュリアの目をじっとみつめ、ジョナスは指輪を渡す。

 例によって、俺の枝でつくった特製の指輪だ。ご利益があるぞ。


「あの……! ジュリアさん、俺と付き合ってください!」


 勇気を振り絞って告白したジョナス。

 ジュリアも、今日の流れからして、告白されることはわかっていただろうはずだ。

 しかし、ジュリアは、まるで鳩が豆鉄砲を食ったように、呆けた顔をしている。

 自分がなにを言われているのかわかっていないようすだ。

 そんなことを言われるなんて、想像もしていなかったかのような表情だ。

 しばらくしてジュリアは、ようやく状況を理解したのか、まごまごとして答える。

 まだ戸惑った様子のまま、ジュリアは残酷な真実を告げる。


「え……そ、それは……ごめんなさい。できません」

「そ、そんな……どうして……!」


 ジョナスは絶望の表情を浮かべて、膝から崩れ落ちる。

 そりゃあ、そうなるよな……。

 だって、いい感じだったんだもん。

 なんで……ってなるよな。

 すると、ジュリアはまるでそれが当たり前のことかのように答えた。


「だって、あなた狼じゃないですか」


「え…………」


【だって、あなた狼じゃないですか】――その残酷なまでに純粋な一言は、ジョナスを確実に傷つけたし、彼を二度と立ち直れないほどにズタズタに引き裂いた。俺とジョナスの脳内を、そのセリフが何度も反芻する。

 たしかに、ジョナスはワーウルフだ。だけど、だからなんだっていうんだ。いまどき、グリエンダ帝国の女性は、そんな偏見や差別とは無関係なはずだろう?

 

「ちょっとまってください、確かに俺は狼です。だけど、この気持ちは本物だ。じゃ、じゃあなんで俺とのデートをOKしてくれたんですか!今日の楽しかった一日はなんだったんですか!」

「え……? これって、デートだったんですか……?」


 ガーン、という音が聞こえるほど、ジョナスは絶望した。

 ジョナスは崩れる膝もなくなったのに、さらに下界まで崩れ落ちる。


「すみません、私、まさかワーウルフの方が人間に恋愛感情を抱くとは思っていなくて。私も、ジョナスさんのことはいい人だと思ってましたけど、恋愛対象としてはみていませんでした……。まさかそんなふうに思っていたなんて……」

「俺とは、狼とは恋愛できないってことですか」

「そうですね……。すみません。その、日常生活において、ワーウルフの方を差別しているとかではないんですよ。だけど、やっぱり種族の違う方との恋愛は、私には考えられないんです。すみません」

「それは……どうしてですか。やっぱり差別とは違うんですか?もちろん。俺もジュリアさんが種族によって人を差別するような女性だとは思っていませんけど……」

「だって、やっぱりワーウルフと人間だと、子供ができないじゃないですか。私、将来自分の子供を育てるのが夢なんです。だから、やっぱり子供を持てない相手とは結婚できません」

「そ、そんな……子供はいなくても、愛があれば……!それに、もしかしたら……前例がないだけで、子供ができるかもしれないじゃないですか……!」

「そんな賭けはできませんよ。もし子供ができなかったら、別れるんですか?そうなったら、私はバツ一になちゃいます。それにやっぱり……私はあなたのことは恋愛対象としては見れないんです。ごめんなさい。私の恋愛対象は人間の男性だけなんです。

 これは差別とは違います。区別です。恋愛対象の問題なんですよ。だって、恋愛対象が男性だけって言っても、それは差別にはならないでしょう?男性と女性を区別しているだけです。恋愛対象が男性だけなんて差別だ、女性も恋愛対象に含めろなんて言われても、やっぱり私は女性を好きになることはありません。それと同じです。私は、どうやっても人間の男性しか好きにはなりません。多種族のかたを人間的に好きになることはあっても、恋愛対象にはならないんですよ……」

「そ、そうですよね……すみません……無理なものは、無理ですよね……。俺だって、スライムやアラクネーのことを好きになったりはしません。それと、同じということですか」

「そういうことですね……」

「わかりました……無理を言ってすみません。あきらめます。だけど、これだけは覚えていてください。あなたは素敵な女性だ。そして、あなたという素敵な女性を愛していた一人の狼がいたということを……」

「はい……。お気持ちは、受け止めさせていただきました。ありがとうございます。ジョナスさんのことは、友人としてお慕いしています。今日は楽しかったです、ありがとうございました」


 二人は、別々の方向に去っていった。

 俺は、涙なしにはその光景を見ていられなかった。

 たしかに、ジュリアのいうことは反論の余地がない。

 人の気持ちは、どう理屈をつけても、変えられないものだ。

 こればっかりはしかたない。

 ゴブチンのときは、まるで物語のようにとんとん拍子にうまくいった。

 だけど、人生は物語のようにはいかない。

 うまく恋愛が成就するものもいれば、こうやってジョナスのように振られる人間もいる。


 ただ今回は、バッドエンドなストーリーだったというだけだ。

 だが、俺はジョナスを男の中の男だと思う。

 結果は振られてしまったけれど、意中の相手に思いを伝えられたというのは、素晴らしいことだと思うし、素敵だ。ジョナスはよく頑張った。

 結果はどうあれ、ジョナスは意中の女性とデートして、素敵な思い出を作った。このことは紛れもない事実であるし、彼の中でも大事な思い出になっただろう。この経験は、きっとジョナスの今後の人生でも役に立つだろう。

 苦い思い出となったが、それと同時に、甘酸っぱい、素敵な青春の思い出として、彼の人生に記録されるだろう。

 振られたこともないような男よりは、よっぽど深みのある人間になれるだろうと思う。


 ジョナスは、振られたあと、あらためて俺のところに報告にきた。そしてお礼を言って、悲しい顔で去っていった。その後ろ姿たるや、なんとも悲哀に満ちたものだった。

 その後、ジョナスは生涯一匹狼宣言をして、周りの童貞たちから崇め称えられることになるのだが、それはまた別の話だ。

 彼曰く、俺は生涯ジュリアだけを愛した、だから、ジュリアがダメだったからといって、他の女にいくのは、自分に対する裏切りなのだと、それは浮気になるのだと理論武装していた。なんとも童貞的な考えである。だがそれでこそ漢だとも思った。ともに童貞を拗らせようぞ、同士よ。


 今回のジョナスの件を見て、俺は自分のことを振り返り、思った。

 もし俺も、彼のように勇敢であったなら、なにか変わっただろうか。

 俺が勇気を出して楓さんに話しかけていたとしても、そしてもしなにかの間違いで、デートにこぎつけていたとしても、結局俺なんか最後には振られていただろう。

 俺みたいなクソ陰キャやろうじゃ、振られて当たり前だ。自分でもそれがわかっていたから、俺は楓さんに話しかけることができなかった。どうせ振られるのなら、なるべく傷つきたくなかった。

 だけど、それで本当によかったのか?


 もし振られることになっても、俺はあのころ、勇気をもって話しかけるべきだったんじゃないのか?デートにさそうべきだったんじゃないのか?

 そうすれば、振られたとしても、俺のなかに、楓さんと話した、だとか、楓さんとデートしただとか、なにかしらの素敵な思い出が残ったはずだ。そしてそれは俺を少し大人にしただろうし、俺の人生を多少はマシにしてくれたかもしれない。

 振られて戻ってきたジョナスは、少なくとも以前の俺よりかは、まともな人間のように見えた。かっこ悪いけど、かっこいい。俺はどこかでジョナスを羨ましく思っていた。

 あのとき俺は、玉砕するべきだったんじゃないのか。人は振られて成長することもあるんじゃないのか。傷つきたくないからって、最初から勝負をせずに、なにからも逃げ続けて、それで得たものはあったのだろうか。

 俺は恋からも逃げたし、そして挙句の果てには人生からも逃げることになった。


 俺はいつも逃げてばかりだった。


 せっかくこうして異世界に転生して、新しい人生を得られたんだ。

 今度は、俺も逃げないで人生と、いや、木生と向き合おうと思う。

 この世界で、俺は今度こそは、逃げないで向き合うことができるだろうか――。

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