第69話 獣人解放運動(下)
ビーストモードと化した獣人たちがヨークたちに襲い掛かる。
ゴブリンたちは持っている槍やら剣やらで応戦するが、ビーストモードの獣人たちの鋭い牙や爪は、武器とも互角に渡り合えるほどの強靭さを誇る。
ヨーク率いるゴブリンは15人。しかし、奴隷商の使役する獣人は50をも超える数だ。
このままだと、さすがに部が悪いか……?
だが、こちらにはドラゴンがついている。
ヨークの横に待機していたドラゴン(今は人の姿をしている)が、牙を剥こうとする。
「ヨーク殿、ここは私が抑えましょうか」
「まて、ドラゴンが本気を出すと、獣人たちに怪我をさせる……。あくまで彼らは奴隷として命令で動いているだけだ。奴隷紋があると逆らえないからな……。俺たちの使命は、奴隷を解放すること。奴隷を殺すことじゃない」
「ですが……。このままでは、ゴブリンたちが殺されてしまいます……」
「俺に考えがある」
俺もなんとか彼らを助けてやりたいが、デズモンド帝国まで枝を伸ばすのは、上空まででギリギリだ。上空からようすをうかがうことはできても、枝を伸ばして戦ったりはできそうにない。
ヨークに考えがあるようだから、ここは静観しよう。
「はっ!」
ヨークは下級ゴブリンから槍を奪い取ると、それを棒高跳びのようにして、その場で空中に浮かび上がった。
そして、獣人たちの包囲を軽々飛び越えて、奴隷商人の元へ。
地面に軽々と着地し、聖剣ゴブリオンを抜くと、奴隷商人の首元へ、剣を突き立てる。
「奴隷紋は、たしか主人であるあんたを殺すと、解除されるんだったよな?」
「ひい……!? ま、待て……! 悪かった。もう一度話し合おう」
「今すぐ奴隷紋を解除しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「わ、わかった……。わかったからゆるしてくれぇ……」
さすがはヨークだ。ゴブリンたちのリーダーだけあって、頼れる味方だ。身体能力もすさまじいし、頭もきれる。
奴隷商人は観念したようで、奴隷紋を解除し、御縄についた。
奴隷商人はゴブリンたちにとらえられる。彼は国家反逆罪で、牢獄行きだ。
奴隷紋を解除された獣人たちは、その場でヨークに向かってお礼を言った。
ひれ伏して、みんなでヨークを取り囲む。
「偉大なるゴブリンの長よ! 我々獣人族を奴隷の身から解放してくださり、まことに感謝する! あなたに一生を尽くそう!」
「待て、俺はゴブリンの長ではあるが、国の王ではない。礼なら、セカイ様に言うんだな。ちょうど、セカイ様の枝が上空に見えるだろう」
獣人たちは俺のことを見上げると、俺を拝むようにして言った。
「セカイ様……! 我々をお救いいただき、ありがとうございます! 我々獣人族は、あなたに平伏いたします」
それから、ヨークは同じようにして、他の奴隷商人の元を訪れては、奴隷を解放させた。
他の奴隷商人たちには先の一件が伝わっているようで、他にヨークに牙を剥くやつはいなかった。
解放された獣人たちは、行く場所もないという。みな、親世代はもともと、獣人の村で暮らしていたらしいのだが、今いる獣人たちはみな、奴隷から産まれた、産まれながらにして奴隷なのだという。
彼らは奴隷としての生き方しかしらない。
獣人族の誇りとして、人間を憎む気持ちはあるが、いざ解放されても、どうすればいいのかわからないのだ。
彼らには自由を約束した。
奴隷たちには、デズモンド帝国での戸籍も人権も、市民表も存在しない。
解放された奴隷たちはなにものにも縛られていないし、どこへでも行くことができた。
俺たちは奴隷に選ばせることにした。
何人かは、獣人族の他の村を探して、旅立つことにした。他にも獣人族の村は残っているし、古来より伝わる獣人族の土地を守りたいという思いがあった。このままだと、世界から獣人族の土地がなくなってしまう。
しかし、人間の土地を離れても、いずれまた獣人狩りにあう可能性が高い。それでも獣人族の村を再建しようとする考えのものもいた。
だが中には、もう人間から隠れ住むのはごめんだという連中もいた。
それに彼らは生まれながらの奴隷がほとんどだったし、他の生き方を知らない。
残る決断をした、8割の獣人族には、ユグドラシル王国の国籍を認めることにした。
ユグドラシル王国は来るものを拒まない。もともと多種族国家だし、獣人族を蔑むものはいない。
中には、グリエンダ帝国に移り住むものもいた。
グリエンダ帝国は、獣人差別のない国だし、過ごしやすい国だ。
好みにあわせて、グリエンダ帝国を選ぶものとユグドラシル王国を選ぶものに分かれた。
デズモンド帝国にこのまま残って、デズモンド帝国に住もうというものはほとんどいなかった。
さすがに、奴隷として使われてきて、デズモンド帝国の人間たちに対する恨みなどもあるだろう。
奴隷を解放されたからといって、わざわざまだまだ差別の根深いデズモンド帝国に住もうというものは少ない。
だが、ほんとうに少数であるが、デズモンド帝国に残る決断をしたものもいた。
奴隷として生まれたものの中には、奴隷としての生き方以外になじまないものもいる。
産まれたのは奴隷の身分だが、彼らにとってはこんな国でも、デズモンド帝国が故郷なのだ。
それに、奴隷とはいっても、デズモンド帝国にもいろいろな主人がいる。
中には、奴隷という身分ながら、それなりの待遇を得ていた家の奴隷もいたのだ。
主人の人間に対する忠誠心や愛着のあるものもいた。彼らは、今後も元の主人のもとで、今度は奴隷ではなく、正式なお手伝い係として、就職する予定だ。
そういう選択も、ありなのだろうと思う。少なくとも、本人がなっとくしていれば、俺たちが口を出す問題じゃない。
奴隷から解放され、一気に自由を得た獣人たちは、ユグドラシル王国にやってきて、その自由を謳歌した。
とくにワーウルフとは種族的にも近いのか、恋人同士となるものもいた。
獣人たちの多くは猫耳の獣人だったが、ワーウルフと交配すれば、狼耳の獣人が生まれるのだろうか。
今後、デズモンド帝国にも、ワーウルフやゴブリンがさらに増えるだろうし、そうなれば獣人に対する差別や偏見も、世代を重ねれば薄くなっていくだろう。
いずれはデズモンド帝国とう故郷に、後ろめたさなく帰れる未来がくればいいなと思う。
獣人族の未来が明るいことを願おう。
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