第68話 獣人解放運動(上)


 デズモンド帝国は、俺たちの統治により今後差別のない国になるだろう。

 ゴブリンやワーウルフも何人か移り住み、デズモンド帝国の人口割合も変わっていくだろう。

 しかし、デズモンド帝国には長きにわたって、モンスターや亜人を差別してきた歴史がある。

 表面上は、ゴブリンたちを受け入れてはいても、やはり人々の意識が変わっていくには、まだまだ時間がかかるだろう。

 手始めに俺は、奴隷の解放を宣言した――とはいっても、実際に宣言したのはヨークだ。

 俺はあくまで、ヨークにそうしろと命じただけだ。


 デズモンド帝国では、獣人を捕まえてきては、奴隷にするという習慣があった。

 獣人に人権は認められず、まるで獣同然に扱われる。

 獣人は高い身体能力を持っているが、人間のような文明を持っていない。

 魔力自体は人間以上に持っているのだが、獣人には魔法の文化も知識もなく、人間には敵わない。

 獣人は他にも様々な人間の国から、奴隷狩りをされており、その数を年々減らしている。

 もちろん、中には奴隷同士で交配させて、無理やり数を増やすという手法をとった国もある。


 獣人はその強靭な肉体のおかげで、疲れ知らずで肉体労働ができる。それ故に、奴隷としては重宝された。

 もちろん、グリエンダ帝国のような、先進的な、人権を重んじるような多種族国家では、奴隷は禁止されている。だが、デズモンド帝国のような独裁国家など、個人の自由より集団を重視するような国家では、むしろ奴隷は推奨されていた。

 デズモンド帝国には、多数の奴隷獣人たちがいて、それぞれに働いている。


 さっそくヨークは、奴隷を解放するべく、奴隷商人たちと交渉をしているようなので、俺はその様子を上空から眺めることにした。

 奴隷商人たちは、奴隷を狩り、集め、売ることが仕事だ。

 そんな奴隷商人たちからすれば、奴隷解放なんて、もってのほか。自分たちの仕事が奪われることになるのだから、反発も大きい。

 そこをどうするかは、ヨークの腕の見せ所だな。

 ヨークはさっそく、奴隷商人組合の会長に話をつけにいった。


「ということで、セカイ様からの命令だ。この国は今後ユグドラシル王国の傘下となったから、奴隷は認められない。そっこく、奴隷たちの解放を行ってもらおうか」


 ヨークは強い口調で奴隷商人に話しかける。

 奴隷はみな、奴隷魔法によって、奴隷紋を刻印され、強制てきにいうことをきかされている。

 奴隷紋を解除できるのは、それを刻印した奴隷商人たちだけだ。

 奴隷商人が一斉に解除すれば、奴隷たちは晴れて自由の身となる。

 今は一応、獣人奴隷たちの身柄は俺たちで確保し、保護している状態だ。


「とはいってもなぁ……。俺たちもこれがずっと仕事で、一族代々やってきているんだ。戦争に負けたからといって、仕事を失えってのは、ちょっと酷いんじゃないのか?俺たちだって、食っていかなきゃならねえ」

「もちろん、それはわかっている。だから、こちらであんたらの仕事を別に用意しよう」

「まあ、そういうことならな……。仕方ねえ、奴隷は解放するよ……」

「わかってもらえてよかった。こちらも、手荒な真似はしたくない」


 ヨークは、奴隷商と握手をかわそうと、手を差し出す。

 そのときだった。奴隷商の態度が豹変する。


「ただし、奴隷にアンタらを始末させた後でなぁ!」


 奴隷商はぱちんと指で合図をならす。

 すると、後ろで待機していたらしき奴隷獣人たちが、一斉にヨークたちゴブリンに襲い掛かる。


「なに……!?」

「奴隷獣人たち!こいつらを殺せ!」

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか……!? お前たちの国は、もう戦争に負けたんだぞ!」

「国のことなんか知らないね!俺たち奴隷商人は何者にも縛られない、媚びを売らない。俺たちは奴隷になる側じゃない、奴隷を使役するご主人様なのさ!この国がだめなら、アンタらを殺して、この国を出る。どこまでも逃げてやるさ!」

「っく……。そうはさせない……!」

「さあ、奴隷たち!本気を見せてやれ!ビーストモードだ!」


 奴隷商人は奴隷紋に魔力を送る。

 獣人たちの目の色が赤く光を帯び、その筋肉はさらに隆起する。毛並みは逆立ち、牙を剥きだしにし、爪は鋭さを加速させる。我を忘れたように、血管を浮き立たせ、にらみをきかせる。理性を失い、まるで獣のようになる。

 

 獣人には、特殊な能力がある。

 これは獣人という種族特有のものなのだが、通称「ビーストモード」と呼ばれるものだ。

 獣人たちは、自分たちの体内魔力を燃やし、ビーストモードという覚醒状態に変化することができる。

 本気モードというか、戦闘モードというか、とにかく、ビーストモードになることで、獣人たちは本来の獣としての本能をむき出しにする。

 ビーストモード中は理性を失い、まるで獣と化す。そしてその身体能力はさらに飛躍的向上を見せる。

 ただし、これには代償があり、身体的な負荷が大きい。脳を解放し、身体能力の限界を無理やり引き出すものだから、筋肉や脳への負荷がある。なので、獣人たちの寿命を大きく縮めることにもなるし、疲労がすさまじい。獣人たちは基本的に、このビーストモードは、よほどのことがない限りは使用したがらない。

 

 なにより、獣人たちのアイデンティティにも関わることだ。どういうことかというと、獣人たちは、自分たちが獣であるということを極端に嫌う。獣人たちのアイデンティティでは、むしろ人間であるという部分に自分たちの誇りをもっている。なので、ただの獣になり、本能をむき出しにすることを恐れた。

 本当の獣になって、戻ってこられなくなったものもいるという。獣人たちは自分たちは人間であるという意識が強く、多種族から、獣であると思われることを嫌った。

 以上の理由によって、獣人たちはめったにビーストモードを使わない。

 それこそ、奴隷狩りなどで命の危険にさらされたときくらいのものだろう。

 

 しかし、人間の魔法や文明、その数による暴力は強大で、ビーストモードを使用してでさえ、獣人たちは人間に敵わないでいた。

 奴隷紋の恐ろしいところは、このビーストモードを強制的に引き出せることにある。

 奴隷紋は、術者の命令を強制的に実行させる強制力がある。

 奴隷紋で縛られた獣人たちは、好むにかかわらず、無理やりビーストモードを解放させられるのだ。これには精神的、および肉体的苦痛を伴った。

 そういった面からも、奴隷紋と獣人という種族の相性はよく、それゆえに、古来より人間は獣人を奴隷として重宝してきた。

 

 人間には、獣人はしょせん獣であり、人間とはちがい、高度な知性及び文明を持たないものだという、見下しがあった。獣人たちは、しょせん獣だというふうに軽んじられることを嫌ったし、自分たちでも、獣の本能を抑え、人間であろうとした。だが、人間は偏見と欲望に満ちた生き物だし、両者はなかなか相容れなかった。

 獣人差別の存在しない国は、近代においても、グリエンダ帝国を含むわずかな先進国のみだ。

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