第67話 邪龍襲来(下)


 なんか、頭の上が騒がしい。

 俺は世界樹の枝を伸ばして、ちょっと上のほうに伸ばして、のびをした。

 すると、なんと、俺のはるか上空に、何匹かのドラゴンがあわただしくしているではないか!

 よくみると、フランリーゼだった。

 フランリーゼが戦っているのは、なにやら見たことのない異形のドラゴンだ。

 漆黒のドラゴンを取り囲むようにして、フランリーゼと、その仲間のドラゴンが戦っている。

 もしかして、侵入者から、俺をまもるために、フランリーゼは戦ってくれていたのか……!?


 俺は、自分の知らぬところで自分のために身をていしてくれていたドラゴンたちに感謝する。

 ああ、俺は幸せものだな……。

 俺は自分の知らないところで、こんなにも多くのみんなに守られていたんだな。

 そのことをあらためて痛感する。


 ドラゴンたちだけじゃない。

 ゴブリンたちや、ワーウルフもそうだ。

 みんな、俺の知らないところで、いろいろ苦労しているんだろうな。

 俺はたくさんの人に愛されて、まもられている。


 こうしちゃいられない!

 ちょうど、フランリーゼは追い詰められているようだった。

 あのフランリーゼが……。

 もしかして、相手のドラゴンはかなりの強敵じゃないのか?


 フランリーゼに、相手のドラゴンがおそいかかる!

 やばい、このままじゃ、フランリーゼが!

 俺は、気が付いたときには枝を伸ばしていた。


 フランリーゼの目の前に、枝を盾のようにして、構える。

 そして、相手の攻撃を防いだ。


「セカイ様……!?」

「ちぃ……世界樹の枝だと……!?」

「おやめくださいセカイ様! これではセカイ様のお身体が……!」


 俺は大丈夫だ。

 それよりも、フランリーゼのほうが大事だ。

 フランリーゼは、どうやら怪我をしているようだった。

 俺はすかさず、世界樹酒を枝でもって手渡す。


「セカイ様……あありがとうございます」


 すぐにフランリーゼの怪我は回復した。


「ふん、世界樹じきじきに相手してくれるのか。だがな。俺様にはかなわない……! どのみち世界樹も俺様が喰らう予定だ。フランリーゼごと喰らってやる……!」


 なんだと、こいつ、俺のことを食うきだったのか。

 とんでもないやつがやってきたな……。

 フランリーゼは、こいつから俺をまもってくれていたんだな……。

 ようし、俺も加勢するぞ!

 とはいっても、俺になにができるんだ……。

 フランリーゼたちドラゴンが束になってもかなわなかった強敵……。

 そんなの相手に、魔法もろくにつかえない俺が、なにかできるっていうのか?

 ユグドラシル王国のみんなに加勢してもらおうにも、ここははるか上空。

 ゴブリンたちに空中戦はむりだ。

 それに、相手はドラゴンだし、ゴブリンたちじゃかなわない。

 どうすればいいんだ……。


 とりあえず、俺は枝をめいっぱい伸ばして、相手のドラゴンに絡みついた。


「うお……!? なんだこいつ……!」

 

 ドラゴンを枝でからめとって、身動きをとれなくする。

 なんとか、あわよくばこのまま地上まで降ろせればよかったが、すこし動きを止めるだけで精いっぱいのようだ。このドラゴン、かなり力が強い……!


「セカイ様……!?」


 俺は、いまのうちに、ドラゴンブレスを撃て!と思い、そう合図した。

 枝を使って、簡単な合図を送る。

 言葉を発しなくとも、フランリーゼにはそれで十分通じた。


「いけませんセカイ様! それではセカイ様のお身体にまで……!」


 俺は、それも大丈夫だと合図する。


「っく……では……いかさせてもらいます……! みんな、ドラゴンブレスを!」


 フランリーゼの合図で、ドラゴンたちはいっせいに、ドラゴンブレスを放つ。

 ドラゴンブレスは、俺の枝で動けなくなっている敵ドラゴンに炸裂した。

 いてえええええええ!

 俺の枝にもぶち当たって、俺もかなり痛い。

 だけど、さすがは世界樹の身体だ。

 俺の枝は、ダメージこそ受けたものの、破壊されずに、ほとんど残っている。

 だがそれは、奴も同じだった。


 漆黒のドラゴンは、外鱗にこそダメージは入っていたが、その鱗の下の肉体にまではダメージが通っていない感じだった。

 黒煙の中からは、まだまだ元気なドラゴンが現れた。

 ところどころ鱗にダメージは入り、欠けている。しかし、根本的な、致命傷的なダメージは与えられていないようだ。


「くぅ~きくねぇ……。久しぶりにきいたよ。だが、こんなんで俺を殺せると思うなよ……?」

「っく……ダメですか……」


 そんな……ドラゴンたちで一斉に撃ったドラゴンブレスを炸裂させても、この程度のダメージしか与えられないなんて……。

 さすがにこれは……俺たち史上始まって以来のピンチなんじゃないのか……!?

 俺はもう一度、やつを捕らえようと、枝を伸ばす。

 しかし、すぐによけられてしまう。


「ふん、同じ手はもう食わない……!」


 っく……。

 

「セカイ様……申し訳ございません。我々では力不足なようです……。やつは、バハナムトは……共食いの禁忌を犯し、数百匹ぶんのドラゴンの力を手にした、バケモノです……!」

「はっはっはっは! ようやく俺様が最強だとわかったか!」


 そういうことか……。

 それで、やつはこんなにも強いのか……。


 仲間のドラゴンたちが、何匹か、フランリーゼに近づいて、言う。


「フランリーゼ様。どうか、ここは我々のことをお食べください。そうすれば、……我々も禁忌に手を染めれば、やつに肉薄するかもしれません!」

 

 ドラゴンたちは、自らの肉体をフランリーゼに差し出そうとする。

 しかし、当然ながら、フランリーゼはそれを拒む。


「だめです。もちろん、そうすれば、ある程度はこちらも力を手にすることが可能かもしれません……。しかし、決して、ドラゴンとして、その禁忌に触れることはできません」

「ですが……! もうこれしか方法はないのでは……!?」

「たしかに、セカイ様をおまもりできないよりは、そのほうがましかもしれません……ですが、あなたたちの命を奪い、食べるなど……到底できません」

「フラン様……」


 それをきいていたバハナムトが、高笑いをあげる。

 バハナムトは攻撃の手を緩め、余裕の表情だ。


「ぎゃはははは! お前らのような古臭い頭のお人よしには、俺様のような境地に達することはとうていできまい! それに、俺様は無数のドラゴンたちを喰らいつくしてきた! せいぜいここにいるドラゴンを数匹喰らったところで、とうてい俺様には追いつけないさ!」


 話をきいている限りだと、どうやらドラゴンは食べたものの力を吸収することができるらしい。

 そして食べたものの力が強大であればあるほど、その得られるパワーも大きくなる。

 ドラゴンがドラゴンを食べれば、最強の存在になれる――しかしそれは禁忌として禁じられている。

 だったら――。


 だったら。

 俺は、フランリーゼの目の前に、自分の枝葉を差し出した。


「セカイ様……? こ、これはどういう……」


 俺は、俺を食べろと、フランリーゼに合図する。


「た、食べろということですか……!?」


 そうだ。


「ですが……セカイ様をいただくなど……」


 だけど、仲間の命を奪うよりはましだろ?

 だって、あくまでこれはおれの身体の一部だ。

 この枝を食ったところで、俺が死ぬわけじゃない。


「そ、そうですが……」


 これしか方法はないんだ。

 俺は、なかば無理やりに、フランリーゼの口の中に、自分の葉を突っ込んだ。

 フランリーゼはしぶしぶそれを噛み切り、飲み込んだ。

 その瞬間――。


「グオオオオオオ!!!!」


 フランリーゼの肉体が光を帯び、さらに巨大化した。

 それはまさに、巨大な熱源の塊――まるで、小さな太陽がそこに出現したかのように思われた。

 

「セカイ様……セカイ様からいただいたこの力、決して無駄にはしません……!」


 フランリーゼは、バハナムトにとびかかる。


「な、なんだぁ……!? っく…………」


 そしてそのまま、フランリーゼはバハナムトの首筋に噛みつく!

 バハナムトの強靭な鱗、それを食いちぎり、バハナムトの首に、巨大な傷跡を残す。

 首の血管がちぎれ、そこからは大量に紫いろの血液がダラダラと流れ出す。

 

「ぐぎゃあああああああああああ!!!!」


 バハナムトはそのままバランスを崩し、空中から地面に真っ逆さまに落ちていく。

 フランリーゼはそれをすかさず、飛び蹴りで、地面にたたきつける。

 地面に激突したバハナムトは、意識を失って、動かなくなった。


 すげえ!


「すげえ! さすがはフランリーゼ様……! いや、セカイ様! セカイ様のパワーを受け取ったフランリーゼ様! 最強だ!」


 力を失ったバハナムトは、ドラゴンの肉体を維持できなくなり、人間の姿になった。

 フランリーゼは、バハナムトに、さっきの世界樹酒の残りを飲ませていた。


「おいおい、いいのか……? こいつ、敵なんだろう……?」


 事態を把握して、駆けつけてきたゴンザレスたちが尋ねる。


「まあ、禁忌を犯した、敵とはいえ……同じドラゴン族ですからね。それに、彼は昔からの知り合いでもあるので、いろいろ、気に食わないところはありますが、恩や情がないわけでもないのです……」

「そうか……いろいろ、複雑なんだな……」


 フランリーゼは、回復したバハナムトに手錠をし、連行した。

 そして一度は牢屋につないで、バハナムトにお灸をすえた。

 ちなみに手錠は特殊なアイテムで、相手の力を封じる魔法効果のある手錠だ。

 フランリーゼは、拘束したバハナムトに、いくつか約束をさせた。


「もう二度と、セカイ様に手を出さないと誓えますか?」

「わ、わかった……わかったから、殺さないでくれ」

「殺しませんよ……。それと、私たちと一緒に、今後はセカイ様のために働くこと」

「わかった……。誓おう。セカイ様のために、尽くすよ……」

「よろしい。セカイ様のために精いっぱい働いて、罪を償うように。念のため、この魔封じの輪を頭に装着します。もし魔法を使おうとしたら、この輪があなたの脳みそを締め付け、破壊しますからね。有事の際以外は、その力は封じさせてもらいます。あなたには今後、肉体労働などを頼みますからね」

「わ、わかったよ……」


 これまで力を誇示して、力を求めて生きてきたバハナムトにとって、力を使えないことは、なによりもの罰になった。下級のドラゴンたちからなにを言われても、言い返せないでいるバハナムトの姿には少し笑ってしまった。いい気味だ。

 ところで――。


『バハナムトはあれでよかったのか?』


 俺はフランリーゼに尋ねる。


「そうですね……。セカイ様に牙をむいたことは許せませんが……。でも、彼の力は殺すにはもったいないです。もしものとき、彼にはセカイさまを守る使命があります。彼の力は手元に置いておいて損はないですよ。あれほどのドラゴンは他にはいませんから」

『たしかにまあ、味方となればあれほど頼もしいことはないよな……』

「それに、彼はもうセカイ様に牙をむくことはありませんよ。ゆえに、殺す必要もありません」

『そうなのか?』

「はい」


 フランリーゼの言っていた意味は、すぐにわかることになる。


「フランリーゼええええ! 俺と結婚してくれよおおおお! 俺は俺よりつよい女と初めて出会ったんだ! お前しかいない!」

「うるさいですねぇ……。私はあなたなんかに興味ありませんよ。私が気をゆるすのはセカイ様だけです。とっとと仕事に戻ってください」


 しばらくして、バハナムトは暇さえあれば、フランリーゼのケツを追っかけるようになった。

 つまり、バハナムトはフランリーゼに惚れてしまったから、フランリーゼに頭が上がらないってことなのか……?

 まあ、もはや俺たちに牙をむくことは、本当になさそうだ。

 まさに、牙を抜かれたってかんじだな……。


 フランリーゼはそうはいっても、なんだか言い寄られて、まんざらでもなさそうな感じだ……。

 なんだか複雑な関係だな……。


『フランリーゼ、バハナムトと付き合ってやる気はないのか?』

「ありませんよ。セカイ様に牙をむいたようなクソ野郎とは……。ただしまあ、セカイ様にもっと尽くすというのであれば考えなくもありませんけどね……。とにかく、あんな男とは腐れ縁なんですよ」

『そうか……』


 バハナムトの先行きは暗そうだ。

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