第66話 邪龍襲来(上)


【サイド:フランリーゼ】


 私はかつて、セカイ様に救われた。

 私がこうしてセカイ様を見つけ出し、世界樹の里に戻ってきたのも、セカイ様に恩を返すためだ。

 セカイ様は、先の戦争の件で、すでに恩を返してもらったと、おっしゃってくれる。しかし、私はまだまだセカイ様に尽くそうと思い、このユグドラシル王国に残っている。


 ユグドラシル王国には、我々ドラゴン以外にも様々な種族がいる。みな、ほぼ例外なく、セカイ様になにかしらの恩がある連中だ。

 そんな中、みなセカイ様にいかに尽くそうかと、躍起になっている。

 彼らよりもはるかに高度な知性を持つ私からすれば、競争など、あほらしいと思う。

 別に誰が一番セカイ様の役に立っているかなど、セカイ様の幸せに比べれば、どうでもいいことなのだ。

 重要なのは、セカイ様が幸せを感じ、このユグドラシル王国が長く続くことである。

 だから、私はことさらに自分の手柄をひけらかしたりはしない。

 あくまでドラゴンは縁の下の力持ち、いや、高みの見物をしていればいいのである。


 下等なゴブリンたちと同じ土俵で競う必要はない。


 さて、今日も私は、ユグドラシル王国のはるか上空を飛んでいる。

 パトロールをすることが、私の役割だと思っていた。

 セカイ様は、かなり巨大な大木だ。だから、セカイ様は周囲の世界をかなりの範囲まで見通せる。

 しかし、さすがのセカイ様といえども、目に見えない範囲はある。とくに遥か上空となると、見渡せない範囲も多い。


 それに私は、どうせここでこうして待っていれば、奴がくるだろうということをわかっていた。

 ある日のことだ、奴はついにとうとうやってきた。

 ユグドラシル王国の遥か上空、セカイ様からも目視できないほどの、遠い場所。

 やつは雲の隙間から、現れた。

 漆黒の鱗を持つ、赤い目のドラゴン――邪龍バハナムト。

 バハナムトは私に気が付くと、言葉をかけてきた。


「おいおい、フランリーゼじゃないか……。こんなところでなにをしているんだ?」

 

 バハナムトと私は、長い付き合いだった。

 私がまだトカゲだったころからの知り合いだ。

 やつはトカゲだった私をこきつかっていた。もちろん、奴に悪気はない。上位の存在であるドラゴンが、トカゲを好きなように使うのは、当然のことだからだ。奴からすれば、むしろドラゴンがトカゲごときに話しかけてやっているのだから、ありがたく思えと思っていたくらいだろう。

 それは、実際にこうして自分もドラゴンになったから、わかる感覚だ。

 だが私はひそかにバハナムトを嫌っていた。

 

 トカゲがドラゴンにいいように使われるのは当然の理だとしてもだ、それにしても、奴はいけ好かないやつだった。

 それに、私がドラゴンとなってからも、彼は私を軽んじてきた。

 成金ドラゴンなどと馬鹿にした呼び方でからかってきたことを、私は忘れない。

 最近ドラゴンになったからといって、見くびられる筋合いはないのだ。

 同じドラゴンとして、もはや我々は対等な存在ではないか。

 年上を敬えなど、人間のような下等生物だけの慣習かと思っていた。


 それに、バハナムトがこんなところまでやってきた理由にも、おおよその見当はついている。

 私にとっては、それこそが許せないことだった。

 バハナムトは古の大火山――デスルーラーを拠点にしているドラゴンだ。デスルーラーはここからかなり遠いところにある。

 そんなバハナムトが、なぜわざわざこんなところにやってきたのか、理由はひとつしかないだろう。


「フランリーゼ、まさかお前もその下に見えている世界樹を目当てにやってきたのか? くそ、先を越されまった……」


 やはりな……。

 くそ、かちんときてしまった。


「バハナムト……まさかとは思いますが、あなた……。世界樹――いえ、セカイ様を狙ってやってきたのですか?」

「あれ? お前は違うのか? いやよぉ……俺もな、デスルーラーを拠点にしてはいたが、そろそろもっと巨大な力が欲しくなってな。そこでいい噂を聞いたんだよ。西の方角に、巨大な世界樹が生えているとかってな。それで、それはいいと思ってな。俺様の新しいねぐらにしようと思ったわけよ。世界樹つったら、かなりの強大なパワーが秘められているんだろ? 俺様の中に取り込めば、名実ともに最強となれるわけだ!」


 大人しくきいていれば……。はぁ……。

 なんと侮辱的な……。セカイ様を取り込もうなど、絶対に許せない。


「ここから先は通せませんね……」

「はぁ? お前、先にきたからって、世界樹を独り占めしようってのか? それは俺様のものだぞ!」

「黙れ! この痴れ者! セカイ様は誰のものでもありません! 私はただ、セカイ様の平穏を乱そうという愚か者を処刑するだけです……!」

「はぁ……? なにいってっかぜんぜんわかんねえけどよ……。とにかくこの世界樹は俺のものだぜ! 邪魔するってんなら、容赦しねえぜ?」

「はぁ……あいかわらず残念なおつむですね。話が通じない……。容赦しないというのはこちらのセリフです」

「かかってこい!」


 あ、ちなみに邪龍バハナムトと言いましたが、彼が別に周囲から邪龍認定されているというわけではありません。私が一方的に、勝手に彼のことを邪龍と呼んでいるだけです。まあ、セカイ様に牙をむくような奴は、邪龍ですよね。


「ドラゴンブレス――!!!!」

 

 バハナムトはいきなり私に向けてドラゴンブレスを放つ。

 私はそれを避けるが、さすがはドラゴンの中でもかなりの強力な能力を持つバハナムトだ。あれを喰らったら、ひとたまりもない。

 こちらもすかさず、ドラゴンブレスをお見舞いする。


「喰らえ――!!!!」


 しかし、バハナムトはいともたやすくそれを避ける。

 おそらく、一対一では勝ち目がない。

 だけど、私には頼もしい仲間たちがいる。

 私は仲間のドラゴン、ワイバーンたちに命令を出す。

 ドラゴンの咆哮を放ち、周囲の仲間に命令を出す。


「グオオオオオオ!!!!」


 私が命令を出すと、どこからともなく、大量のドラゴン、ワイバーンが現れて、バハナムトを取り囲む。

 そして、バハナムトの身体をがっちりホールドし、逃げられないように捕まえる。


「うお……!? なんだこいつら……!?」

「いまだ、ドラゴンブレス……!!!!」


 私の放った渾身のドラゴンブレスが、バハナムトに直撃――。

 周囲を黒煙が包み込む。

 直撃の瞬間に、仲間のドラゴンたちは離散したので、無事だ。

 いかに上位ドラゴンといえども、同じく上位ドラゴンのドラゴンブレスを直撃で喰らえば、ほぼ命を削りきるには十分だ。

 バハナムトを仕留めたかのように思えた。実際、手ごたえは十分だ。

 しかし、黒煙が晴れると――。

 そこにいたのは、ほぼ無傷のバハナムトだった。


「な……!? どういうこと……!? ドラゴンブレスをくらって無傷なんて、あり得ない……!」


 私は思わず驚きの声を漏らしてしまう。

 私がひるんでしまったのがいけなかったのか、周囲の下級ドラゴンたちも、恐怖をあらわにする。

 仲間のドラゴンたちは、畏怖のあまり、バハナムトから一歩距離をとり、下がる。


 バハナムトは不気味に笑う。


「くっくっく……俺様がなんでデスルーラーを拠点にしていたかわかるか……?」

「なに……!?」

「デスルーラー、あそこはたくさんドラゴンがいた。なにせ火山の熱のおかげで、卵がかえるサイクルがはやいからなぁ……。あそこでは大量に下級ドラゴンが育っていた……」

「まさか……あなた……禁忌を犯したというのですか……!?」

「はっはっは……! なにが禁忌だ! そんな大昔の老害ドラゴンどもが勝手に決めたルールに縛られるほうがどうかしているぜ! 俺は俺様がルールだ! 強くなるためなら、なんだってやらぁ! わかったらさっさとそこをどけ。俺様に世界樹を食らわせろ……!」

「馬鹿な……」


 バハナムトはどうかしている。

 私は、あまりにもの、思いがけない事態に、思わず後ろに下がってしまう。

 ドラゴン族にとっての禁忌――それは、同族喰らいだ。

 ドラゴンというのは、喰らうことで強くなる性質を持つ。

 その性質ゆえに、昔のドラゴンは、自分たちに絶対のルールを課した。

 ドラゴンがドラゴンを喰らえば、それこそ莫大な力が手に入る。

 

 ドラゴンは自分たちの種を守り、理性と秩序を保つために、禁忌を定めたのだ。

 しかし、バハナムトは愚かにもそれを破ったのだという。

 バハナムトの言っていることが本当なら――それは恐ろしいことだ。

 デスルーラーにいたドラゴンを日々喰らっていたとすれば……通常のドラゴンの何倍ものパワーを手にしているということになる。

 なら、私たちなんかでは、もはや到底歯が立たない領域にいるのでは……。

 くそ……うかつだった。


 私は自分自身の力を過信していた。

 進化の実のおかげで、上位ドラゴンにまで進化することができた。だから、もはやどんな敵からも、セカイ様をお守りできると考えていたのだ。

 しかし、それがこのざまか……。

 くそ……。セカイ様をお守りできない……。


「セカイ様……」


 私は覚悟を決めた。

 せめて、私の命と引き換えにでも、あいつに致命傷を負わせられれば――。


「はっはっは! 死ねえええええええ!!!!」


 バハナムトが、私に突っ込んでくる。

 やばい――死ぬ――!


 

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