第65話 内政


 戦争が終結した直後の話だ。

 

 征服したデズモンド帝国は、現在は若きゴブリン族のリーダー、ヨークが治めている。

 デズモンド帝国には、ヨーク率いる何人かの若いゴブリンとワーウルフの集団が出向している。

 しかし、デズモンド帝国を属国化したはいいものの、その統治は大変なようだ。

 なにせデズモンド帝国はもともと、モンスターや半人、亜人を忌み嫌い、差別する文化の国である。

 そこにいきなりゴブリンたちが現れて、統治するとなると、当然反発も起きる。


 宗教の信仰の自由はあるが、デズモンド帝国の大勢が信仰する、デズモンド教の教義は、とうてい俺たちのユグドラシル教と相いれるものではなかった。

 それぞれの教義が真逆なほどに違っている。

 デズモンド教の教えでは、同性愛や飲酒を厳しく取り締まっている。

 さらに異種間性交や、亜人ヘイトにまみれた時代錯誤の教義。

 他にも問題はさまざまだ。


 このままデズモンド帝国を属国化し統治していても、いずれ宗教による対立は避けられない。

 ユグドラシル教への布教、改宗をすすめる必要もあるが、強制することもできない、ここはなにか対策が必要だろうな。

 力で押さえつけても、人々の心の中までは縛ることはできない。

 今後の反乱を抑えるためにも、亜人ヘイトなどは即刻やめさせるべきだ。

 だが、デズモンド教の教えにもあるように、亜人差別モンスター嫌いは、デズモンド帝国の人々に根強くはびこっている。

 これを変えるのには時間がかかりそうだ。


 ユグドラシル王国で使っている電化製品や、文化を布教すれば、それを引き換えに人々を誘導できそうだが、どうだろうな。

 文化的に支配してしまえば、人々の考えも変わると思うのだが……。

 いずれにせよ、時間がかかることには変わりがない。


 俺は、ヨークたちが上手くやれているのか、確認するために、デズモンド帝国まで枝を伸ばした。

 世界樹の枝は、ちょうど、デズモンド帝国あたりまでならギリギリ届く範囲だった。


 さっそくヨーク率いるゴブリン軍団が、街に入ると、人々からものすごい反発があった。

 民衆は、異形のモンスターの襲来に怯えていた。

 みな一様に怯えた目をして、警戒している。

 しだいに、その恐怖心は怒りに代わった。


「も、モンスターめ……! 街に入るな! 俺たちの国から出ていけ!」

「そうだ! 戦争がなんだ! 皇帝が死んだからといって、俺たちはまだ生きているぞ!」

「殺せ! 殺せ!」

「皇帝死せども民は死せず! みな、立ち上がれ! この魔物たちを追い返せ!」


 民衆は奮起して、それぞれに武器を手にした。

 しかし、民に武装は認められておらず、みなスコップなどありもので武装している。

 当然、そんな即席の武器程度でやられるほど、うちのゴブリンたちは弱くはない。

 ゴブリンたちは、子供をあやすように、民の攻撃をいなす。

 思った以上の熱量での民の反発に、ゴブリンたちは困惑の声を漏らす。


「なんだこいつら……殺されるのが怖くないのか?」

「くそ、戦争は終わったんだから、おとなしくしろってんだ……」

「俺たちはなにもしねえよ……! むしろこっちは前の皇帝よりも自由を与えようってんのに……。なんでこいつらは……」

「仕方ねえ、こいつらはみんなデズモンド教の信者だ。俺たちじゃこうなることは目に見えていた……」

「やはり、無理を言って人間に統治してもらうしかないか……? グリエンダ帝国に人を派遣してもらえないのか?」

「いや、グリエンダ帝国の兵士たちじゃ、それはそれで心もとない。力で圧倒している俺たちだからこそ、統治をまかされたんだ」

「それに、この国の連中にも慣れてもらう必要がある。俺たちの傘下に入ったんだから、いつまでも亜人を割けてもいられないさ。この国も変わるべきなんだ、いい機会じゃないか。近代化の波ってやつだ。セカイ様のいらっしゃった世界のドラマで見ただろ、黒船来航だよ」

「そうだな、俺たちはさながらペリーってわけだ。悪役を買ってやろうじゃないか」


 そのときだった。

 彼らの頭上を一匹の巨大な影が覆いつくす。

 それは龍化したフランリーゼだった。

 急に現れたドラゴンを見て、デズモンド帝国の民衆はみな凍り付いたように動かなくなった。

 それは畏怖だった。

 はじめてみた神話上の生物に、みな恐怖し、冷や汗を流す。


 ゴブリン程度なら、見た目も人間と近く、それほどの脅威感を感じない――そのため、民衆もその本意をあらわにして敵意をむき出してくる。

 しかし、相手がドラゴンとなると違うようだ。

 いくら敵、忌むべきモンスターといえども、相手がドラゴンでは、なすすべがない。

 さっきまで威勢よく反乱をくわだてていた血気盛んな男たちも、みな武器を下げ、黙り込んでしまう。

 それほどまでに、ドラゴンの持つ場の支配力はすさまじかった。

 事実、ドラゴンには、それ一匹で人間の国など滅ぼしてしまえるほどの実力差があった。

 生物として、圧倒的に格上の存在――まるで蛇に睨まれた蛙のように、人間たちは動かなくなった。

 誰一人として、口を開くことさえもできない。


「ふう、ドラゴンがきてくれた……助かった……」

「さすがにドラゴンがいれば、統治は楽そうだな」


 ヨークたちも、おとなしくなった民衆を見て安堵する。

 ドラゴンが一匹いてくれれば、なんとか仕事を果たせそうだ。


「しかし、いつまでも力で畏怖させ続けるってわけにもいかないぞ。そんなのは脅しと同じだ。もっと根本的に、モンスターに対する敵対心を根絶やしにしないと……。意識改革が必要だ。それには、デズモンド教へメスを入れる必要があるな。それこそが、俺たちに課された使命だ」

「だな……。なんとかデズモンド帝国の人々と、仲良くやっていきたいところだが……先は長いな」

「なに、人間の寿命、もとい生命サイクルは俺たちよりも短い。世代が交代すれば、しだいに人々の常識も変わるさ。戦後の日本だって、欧米を受け入れ、ものすごいはやさで近代化した。少し前までは教科書を黒塗りしていたくせにな」

「ま、戦争なんてのはそんなもんだな……」


 一見、ドラゴンの登場により、民衆は沈静化したように思われた。

 しかし、どの群衆にも、勇敢な変わり者というのはいるもので、ただ一人、ドラゴンにもひるまずに、名乗りを上げる男がいた。

 男は叫んだ。


「てめえら、なにドラゴンごときで日酔ってんだ! それでも誇り高きデズモンドの獅子か!? 亡き皇帝陛下も、ドラゴンがあいてであれ、立ち上がったはずだ! 俺たちでこの国を取り戻すんだ! 俺は最後の一人になってでも相打ち覚悟で戦うぞ!」


 ヨークは、ビデオオンデマンドで見た、戦争映画を思い出していた。そして、彼のその愚かな雄姿は、まるで竹やりで戦闘機に挑もうとしていたかつての日本人のようだとも思った。


 男の一声で、アドレナリンが分泌され、正気に返ったのか――いや、むしろ正気を失ったのである――民衆は再び決起した。


「うおおおおおおおおおおお! ドラゴンを討て!」


 再び、民衆は武器を手に取り、ゴブリンたちに立ち向かう。


「はぁ……なんでこいつらはこう……ここまで愚かなんだ……」

「くそ……死にたがりしかいねえのか?」


 群衆は熱狂に包まれる。

 言葉が民衆を駆り立て、心を一つにする。

 熱狂は伝播し、拡大する。

 熱狂が末端の民まで伝わり、ピークに達したときだった。

 

 暴れた民衆が勢いあまって、獲物を振り回した末に、群衆の中に倒れこむ。

 その拍子に、彼が持っていた刃先のとがった包丁が、人間の子供に突き刺さってしまう。


「あ……ぐ…………」


「あ、おい……なにやってんだ……!」

「あ、いや……お、俺は悪くない! こいつらだ、ゴブリンが悪いんだ!」

「そ、そうだ! ぜんぶモンスターが悪いんだ!」

「と、とにかく医者をよべ!」


 人間の子供が、血を流してその場に倒れこむ。


「あ、あ……ぼく……いたい……うえ……」

「しょ、ショーン……!? 誰か、誰かこの子を助けてええええ!」


 そのあまりにもの痛ましい光景に、さっきまでゴブリンたちへのヘイトを熱狂させていた民衆も黙り込む。

 みな、心配そうな顔で子供に目を向けるが、なにもできないでいる。

 このままでは罪のない人間の子供が死んでしまう、という状況に、なにもできないでいる大人たち。

 デズモンド帝国の民衆は、自分たちの無力さを痛感していた。


 そこに静かに割って入ったのは、ヨークだった。


「どけ……俺にかせ」

「あ……おい……」


 ヨークは世界樹酒を取り出すと、子供の刺された患部にそっと垂らした。


「あぐ……!」


 酒が染みるのか、痛みの声を上げる少年。

 しかし、すぐに酒は傷口に浸透し、傷を癒した。


「す、すげえ……治った……! あ、ありがとう……」


 少年が無傷で立ち上がると、民衆はみな、バツが悪そうな顔をした。

 先ほどまで忌み嫌い、敵視していたゴブリン――そのゴブリンが、目の前で幼き同胞を救ったのだ。

 その光景をみてまで、反発しようとするものはいなかった。

 腹にすえかねているものはあるものの、このばでそれを発散しようとする者は、少なくとももう残っていない。


「す、すごい……! 神の御業だ……」

「これはだな、我らが主たる世界樹――セカイ様がお恵みくださった、ありがたい神秘の酒だ。我々の統治を受け入れるというのであれば、この酒がデズモンド帝国にも流通することを約束しよう。この酒は、ふつうに趣向品として飲んでも絶品だ」


 静かになった民衆に向けて、ヨークが高らかに宣言する。

 ヨークの演説は続く。


「それだけではない、酒は百薬の長というが、これは文字通り、万能の秘薬でもある! あらゆる傷、病気を治し、人々に健康をもたらす……! 我々の多くも、セカイ様の御業によって救われた! 我々、魔物のことを信用できないというのであれば、今はそれでもいい。ならば、我々のご神木であるセカイ様を信じてほしい! セカイ様はかならずや、諸君らにも恩恵をもたらす! 手始めに、我々にはあと数十本の世界樹酒の用意がある。もし、難病で寝込んでいる家族がいるものがいれば、名乗りをあげてほしい。お近づきのしるしに、いますぐにでも、治してしんぜよう!」


 最初は警戒してはなしをきいていた民衆だったが、ヨークの言葉にほだされて、一人、そっと静かに手をあげた。


「あの……うちの息子が……寝たきりで……。なんとかなるものなのですか……? もし治していただけるのなら、統治を受け入れます」


 それを皮切りに、雪崩のように人々が手を挙げる。


「お、俺も……! うちの母ちゃんの具合が悪いんだ! もし治してもらえるのなら、改宗したっていい! なんだってするよ! 国よりも、家族が大事だ……!」


「お、おい……お前ら、皇帝陛下を裏切るのか!? 国のほまれはどうした!? この売国奴め!」


「うるせえ! お前だって大切なひとが病気だったら、同じことをするはずだ! 死んでしまった元統治者よりも、今生きていて、実際に苦しんでいる家族のほうが、百万倍大事なんだよ!」


 世界樹の酒のパフォーマンスのおかげもあってか、民衆たちの鎮静化に成功したようだ。

 ヨークは、うまくまとめあげてくれたな……。

 これで俺も一安心だ。

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