第63話 ポコット村の行方


 これは俺がちょうど、世界樹の身体から分身を作り出し、人間の身体を手にした直後の話だ。

 突然昔話をして申し訳ないと思うが、少しだけきいてほしい。


 自由に自分の意思で歩けるようになった俺は、さっそく森の中を散策することにしたのだ。

 森の空気は澄んでいて、人間のからだで散策すると、すがすがしい気持ちになった。

 空気を吸い込むと、肺の中までお日様のさわやかなぬくもりが浸透して、心まで洗われるようだった。

 しばらく散歩を楽しんで、俺はふとあることを思い出した。


 そういえば、昔、俺がこの異世界に転生した直後のことだ。

 俺がまだほんの小さな若木だったころ、俺のことを守るために、とある少年が柵を作ってくれたことがあった。

 あのときは本当に感謝したっけな。

 柵を作ってくれた少年は、その後村で家庭をつくり、子供を産んだ。

 そしてその子どもまでもが、俺のことを守ってくれたっけな。

 今でも記憶に新しい。


 そのほかにも、俺を踏みつぶしていった少年もいた。

 俺を斬ろうとしたおじさんもいたな。

 あのころは、周りに人間がたくさんいた。

 そう、俺の近くに、小さな村があったはずなのだ。


 だがいつからか、村の人間たちの姿を見なくなった。

 代わりに、俺のまわりにはゴブリンたちが村を作った。

 あの村は、今はどうなっているのだろう。

 あの少年たちは、どうしているのだろうか。

 俺は気になって、散歩がてら、村を探してみることにした。


 しばらく森を歩いて、俺はそれを見つけた。

 だが、村は既に変わり果てた姿になっていた。

 周囲に村人を見なくなっていたことからも、予想はしていたのだが、こうして実際に目にしてみると、こう……なんというか、感じるものがある。

 俺を助けてくれた、あの少年の故郷……それが今は、無残にも変わり果てた姿になっている。


 村は、焼け爛れ、廃墟となっていた。

 当然人なんか住んでいないし、建物も原型をとどめていない。

 たしかに過去にここに人々が住んでいた形跡はあるのだが、もはやそれは村と呼べるものではなくなっていた。


「なにがあったんだいったい……」


 おそらくは、住んでいた人間はみな……いや、考えるのはよそう。

 もしかしたら、みんなで村を捨てて、他の場所に移住しただけかもしれない。


 あれからかなりの年月がたっているのだ、村のひとつやふたつ、消えてしまっていても、不思議ではない。

 日本でも、田舎が過疎化していってるニュースなんかをよく見た。

 村の若者も、田舎暮らしを嫌がって、街に移住していっただけなのだろう。そうに違いない。

 俺だって、住むところを選べるのなら、村より街を選ぶだろう。

 しだいに村に住む人がいなくなって、村は崩壊し、荒れ果てた。

 そこに盗賊かなにかがやってきて、無人の村を破壊しただけ……そんな感じのストーリーを思い描く。


 そのときだった。

 俺が村を立ち去ろうとすると、草の影から、一匹のモンスターが現れる。

 それは、インプと呼ばれる、下級のモンスターだった。


 なんだ、ただのインプかと思い、無視しようとする。

 しかし、ふと見ると、そのインプは特徴的な、首飾りをしていた。

 インプのような、知能の低いモンスターが装飾品を身に着けているなど、少し奇妙にも思えた。

 じっくりと目をやってみると、俺はあることに気づく。

 記憶が呼び起こされ、俺はその首飾りに見覚えがあることに気が付いた。


「あれは……」


 当時、俺に柵を作ってくれた、名も知らぬあの村の少年。

 彼は、これと同じ首飾りをしていた。

 そしてその首飾りがこの場所にあるということは……。

 このインプは、首飾りを拾っただけなのかもしれない。

 だが、もしこのインプが、あの少年になにかしていたのだとしたら?

 俺の中で、よからぬ想像が膨らむ。


 いくら下級の魔物とはいえ、インプは人間一人くらいは簡単に食ってしまう。

 装備を持たない、一般人なら、大人でも殺されてしまうだろう。

 そして、それが集団で村を襲いでもすれば、村を破壊しつくすことくらい容易である。

 

「その首飾り……どこで手に入れた……?」

「ケケケ……!」


 インプは俺の殺意を理解したのか、あざ笑うようにこちらを挑発する。

 俺は怒り心頭に発した。

 インプはモンスターの中でも、かなり邪悪な存在だ。

 まず意思の疎通が困難だし、インプは人に対してかなり敵対心も強い。


 このインプが、村を破壊するのに加担したかどうか、少年を手にかけたかどうか、そんなことは今はどうでもいい。

 俺はただ、あの俺に優しくしてくれた少年が持っていたであろうその首飾りを、インプが持っていることに我慢ならなかったのだ。

 俺は怒りのままに、インプを殴りつけた。


「返せ……!」

「キキ……!?」


 思ったより、俺の身体は軽く動いた。

 インプはひるみ、地面に倒れる。

 俺は馬乗りになってタコ殴りにした。

 そして首飾りをなんとか取り返す。


 モンスターを殺すことに、俺の中で葛藤がないといえば、嘘になる。

 モンスターの中にも、いいやつはいるからだ。

 事実、俺の村はモンスターが大半を占める。

 俺はゴブリンやワーウルフ、スライムといったモンスターと共に住んでいる。

 彼らに助けられ、共生している。


 だが、彼らもモンスターだ。

 ゴブリンやワーウルフだって、人間を襲うことは大いにある。

 俺と暮らしている彼らは、人間とも共生しているし、知能も高い。

 だが、過去に人間を襲ったことがないとは言い切れないだろう。

 良いモンスターと、悪いモンスター、それをどこで区別するのか、どこで線引きするかは難しい。


 村にいるゴブリンたちがいいやつだってのは知ってるし、彼らは仲間だ。

 だけど、この先俺が他のところにいるゴブリンたちと戦わないとは限らない。

 そこはやはり、人間でも悪いやつといいやつがいるように、個体によるとしか言えない。

 同じ人間でも、盗賊団とは敵対するし、村人とは仲良くする、それと同じことがモンスターでもいえるだろう。

 インプでも、俺に利益をもたらしてくれたり、助けてくれたりするやつがいないとは限らない。

 まあ、インプはとことん悪性の魔物だし、知能も高くないから、あまりあり得るはなしではないとは思うが。


 とにかく、俺はこいつが、少年の首飾りを持っていたから、敵とみなした。それだけのことだ。

 ただし、俺はこいつを殺すことはしない。


「俺はお前を殺さない……!」

「キ……?」

「俺は少年はまだ生きていると信じているからだ……! 彼はどこか遠くの地で、大人になって、子孫を残しているはずだ……! お前がこの首飾りを持っていたとして、それが少年が死んだということにはならない……! だからお前は少年の仇ではない……! だから命だけは見逃してやる……! ただし、この首飾りだけは返してもらう! いつかあの少年、それかあの少年の子孫にあったときに、この首飾りを返してやるためだ。わかったらもうお前にようはない。俺の気がかわらないうちに、どこかへいけ。この森から去れ!」


 俺がそう威嚇すると、インプは心得たのか、一目散に去っていった。

 そう、俺はこの首飾りを、少年、あるいはその子孫に返してやろうと思う。

 もしあの村が魔物に滅ぼされたのではなく、別の形で自然に衰退していったのだとしたら、あの少年もどこかで生きているはずなのだから。

 彼の子孫が、そのうち、自分のルーツに興味を持って、この村の跡地を訪れるかもしれない。

 そうなったとき、世界樹を見つけて、俺のもとを訪れるだろう。

 そのときに、俺がこの首飾りを返して、彼の先祖の話をしてやろう。

 そのときは、彼の先祖から受けた恩を、彼に思いっきり恩返ししてやろうと思う。

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