第60話 ゴブチンの結婚相手だぞ


 俺は枝を伸ばすのをやめて、再びユグドラシル王国へと戻ってきた。

 とはいえ、暇なので、街の連中を眺めて過ごす。


 ◆


 なにやらゴブリンの第一世代組の男どもが、固まって話をしている。

 俺は枝を伸ばし、彼らの話をきくことにした。


「なあ、ゴブチンもそろそろ相手みつけろよな」


 そう言いながらゴブチンの肩を叩くのは、一番力持ちのゴンザレスだ。

 ゴブリンの第一世代の連中は、みんな結婚して子供もいる連中ばかりだ。

 まだ結婚していないのは、一番背の低いゴブチンくらいなものだった。


「うう……僕だってわかってるけど……。そうしたいけど……でも相手なんかいないんだよぉ……。僕ももう結構な年齢だし、そのくせ、この通り、背が低くて不細工だ。今更、相手なんかみつかりっこないよ……」


 ゴブチンは肩を落とす。


「まあまあ、人の生き方はそれぞれなんだ。そう強制するものでもないさ。相手がいなくたって、幸せに生きられる」


 そう言ってフォローするのは、元村長のリンダだ。


「なあ、誰かいい人はいないのか? 好きな女くらいいるだろう? もしいないなら、他のゴブリンの群れとお見合いでもするか」


 ベンジャミンがそう問いかける。


「う、うう……そりゃあいるけど、僕なんか相手にされないよ……」


 ゴブチンが小さな声でそういうと、男たちは盛り上がった。


「おいおい、誰だよ。教えろよ!」

「まさか、人妻じゃねえだろうな。うちの嫁はやらねえぞ?」


 大男たちに囲まれて委縮するゴブチン。

 顔を赤らめながら、ゴブチンは遠くに見えるある女性ゴブリンを指さした。


 ゴブチンが指さしたのは、クレンだった。

 クレンは女性ゴブリンの中でもっともグラマラスな女性だ。

 クレンはこの歳になっても、かなり美人なお姉さんって感じだ。

 それに、あの大きな大きなおっぱいは、いまだに張りを保っている。

 あれには俺も一度うずもれてみたいものだと思っている……。

 って、ゴブチンの好きな人って、クレンなのかよ……!


「おいおい、お前、すけべだなぁ……! ぜったい乳で選んだだろ……!」

「ゴブチンが結婚できないのは、理想が高すぎるせいだな……。それに、奥手なのもあるし。それにしても、クレンはなぁ……。なかなかだなお前……」

「身の程知らずにもほどがあるだろ……釣り合わないって……」


 三人からそんなふうに言われるゴブチン。


「それは自分でもわかってるよぉ……。僕なんかがクレンと釣り合うわけないってね……。だけど、どうしても……僕は彼女が好きなんだ……。まあ、だからと言って声をかけられるわけでもないけど……」


 なるほどな、ゴブチンがこの歳まで独身なのは、ずっと片思いを秘めているからか……。

 その気持ち、痛いほどわかる……!

 俺も大学生のころ、楓霞を好きでしかたなかった。

 そのくせ声もかけれずに……。

 まあ、最後に死ぬまえに楓さんを助けて死ねたから、よかったけど。

 でも、ゴブチンの状況は昔の俺によく似ている……。

 同じ高齢童貞として、共感せずにはいられないぜ……!

 自分に自信がなくて、相手は美人すぎるし、理想も高すぎるしで、どうしようもないんだよな……。

 すっげえわかる。


「でも、なんでクレンは独身なんだろうな……? まさか、女が好きなのか?」

「たしかにな。ゴブチンのようなチビで不細工ならともかく……。クレンはかなりモテるだろう? あれだけの乳だ。それに顔も美人だし。なんで誰も口説かなかったんだろうな……俺たち。それに、クレンが誰かと付き合ってるなんて話も、きいたことがねえぞ」

「まあ、あれなんじゃないか? あまりにも綺麗すぎるせいあいで、誰も声をかけられないんだよ。なんというか、雲の上の存在っていうか。手が届きそうにないからなぁ。まあ、想像の中では何度もクレンを抱きしめたさ」


 なるほど、確かにクレンは高嶺の花って感じだもんな。

 近くにグラビアアイドル級の美人がいても、なかなか口説けないもんだ。

 今まで誰も遠慮して、声をかけなかったのだろう。

 そう考えると、クレンとゴブチンは真逆だけど、似てるのかもな……。


「クレンも独身なんだ。そろそろ結婚を考えてるかもしれない。案外、告白してみればいけるんじゃねえのか?」

「そうだぜ、ここはゆうきを出して玉砕してこいよ!」

「そういえば、ドウェインさんが、セカイ様から結婚指輪をもらって、それをつかってプロポーズしたってきいたなぁ。お前もセカイ様にお願いしたらどうだ? きっとセカイ様の指輪なら、ご利益もあるだろうし、成功するさ……!」


 そういって、みんなでゴブチンの背中を押す。


「で、でも……僕なんかじゃきっと無理だよぉ……」


 と、弱気なゴブチン。

 よし、ここは俺もゴブチンを応援したい気持ちだ。

 ここは俺が一肌脱ごう。

 俺はドウェインにやったのと同じように、また世界樹で指輪を作った。

 そして木の枝を伸ばし、ゴブチンのもとへ、その指輪を持って行く。


「セカイ様……!? もしかして、さっきの話、きいてらっしゃったんですか!?」


【イエス】


 俺は地面に文字を書いて答える。


「こ、これは……セカイ様の指輪……。これ、もらっていいんですか!? ありがとうございます」


 ゴブチンは俺から指輪を受け取った。


「よし、セカイ様もこうして応援してくださっているんだ! きっと世界樹の加護があるに違いない……! いってこい……!」

「セカイ様が身を削ってくださったんだ。これはもういくしかない……!」


 ゴブチンは意を決して、クレンの元へ歩いていく。

 男らしいじゃないか……!

 よしいけ、ゴブチン……!


「あら、ゴブチンじゃないの。どうしたの? 私になにかよう?」

 

 ゴブチンを見て、笑顔になるクレン。

 これはもしかしたら、いけるんじゃないのか……?


「あ、あの……! クレンさん……! ぼ、僕と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか……!」


 ゴブチンは指輪をクレンに差し出した。


「ゴブチン……! やっときてくれたのね……! あなたを待っていたのよ……! もちろんよ!」

「ほ、ほんとに……!?」


 クレンはそう言って、ゴブチンをその大きな胸で抱きしめた。

 うらやましいぜ……。


 クレンと手を繋いで、繁華街に消えていくゴブチン。

 それを見送る、俺と三人のゴブリンたち。


「まじであいつ成功しやがった……」

「さすがはセカイ様の加護……」

「いやまて、クレンのやつ、ゴブチンを待ってたとかいってなかったか? もしかして、ずっとクレンはゴブチンのことが好きで、そのせいで誰とも付き合ってなかったのか……?」

「くそ……だとしたら、うらやましい話だぜ……」

「あの身体を好きにできるなんてよぉ……! くそ、ゴブチンのくせに……!」

「俺たちが焚き付けたものの、こう、いざうまくいったら、なんか腹立ってきたな……」


 いや、お前らは結婚してるだろうが。

 一番泣きたいのは、いまだに童貞の俺なんだが……?


「くそ、帰るか……」

「そうだな……。嫁さんに会いたくなってきた」

「今夜は嫁を抱くか……」


 おい。

 俺はどうすればいいんだよ……!

 

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