第49話 開戦準備だよ


 デズモンド帝国のゴーエン男爵は、怒りに燃えていた。


「ユグドラシル王国め……。私の送った使者を皆殺しにするとは……。ふん、いい度胸ではないか。所詮はモンスターだけの集落、知能の低い、野蛮人どもというわけか。いいだろう、ならばこちらも、力ずくで奪おう」


 さっそくゴーエン男爵は、デズモンド帝国の帝都に向かった。

 デズモンド帝国皇帝シュバルクに派兵を懇願するためだ。

 ゴーエン男爵がユグドラシル王国に送った使者は、どれも少数精鋭の兵士部隊だった。

 それをすべてやられてしまったゴーエン男爵のもとには、まともな私兵は残っていなかった。

 それに、その少数精鋭を皆殺しにしてしまえるほど、ユグドラシル王国には戦力がある。

 そう考えたゴーエン男爵は、シュバルクに助けを求めたのだ。


「ユグドラシル王国……モンスターだらけの王国とはきいていたが、思った以上に戦力があるようだな……。これは私だけではどうしようもない。そうだ、シュバルク陛下にお願いしよう!」


 シュバルク皇帝は、モンスターを毛嫌いしている。

 シュバルク皇帝にユグドラシル王国のことを話せば、きっとシュバルク皇帝はユグドラシル王国を滅ぼそうとするだろう。

 ゴーエン男爵にはそういう確信があった。

 それに、ユグドラシル王国にはたくさんの奪うべき富がある。

 そのことをシュバルク皇帝に報告すれば、自分の手柄となるだろうと考えていた。

 最初は自分でユグドラシル王国を征服し、自分のものとしようとしていたゴーエン男爵だが、こうなってしまった以上、その考えはあきらめた。

 だが代わりに、ユグドラシル王国への雪辱を果たすため、シュバルク皇帝に進言しようということだ。


 ゴーエン男爵は、シュバルク皇帝に謁見を求めた。

 シュバルク皇帝はゴーエン男爵を部屋にあげると、座ったまま、上から目線で見下ろした。


「シュバルク皇帝……!」

「ゴーエン男爵か、用件はなんだ」

「それが、南のレルギアーノ大森林に、ユグドラシル王国という王国があるのをご存知でしょうか」

「いや……知らぬな」

「そこはモンスターたちによって運営されているのです」

「なに……!? モンスターだと……!?」


 その瞬間、シュバルク皇帝は立ち上がり、怒りをあらわにした。

 シュバルク皇帝にとって、そのくらいモンスターとは忌み嫌う存在だった。

 デズモンド帝国の初代皇帝は、モンスターによって殺されている。

 それも、モンスターによる裏切りによってだ。

 初代皇帝はモンスターを仲間にしていたのだが、モンスターによる卑劣な裏切りにより命を落とした。

 みんなから愛される、無敵の皇帝であった彼がモンスターに殺されたことで、当時の国民はみなモンスターを恨んだという。

 それ以来、デズモンド帝国はモンスターを忌み嫌っている。


 そのエピソードは、神話として今日まで語り継がれていた。

 この話を子供のころから何度もきかされ、デズモンド帝国の国民はみなモンスターを嫌うようになる。

 そしてデズモンド帝国の国教であるデズモンド教でも、モンスターは悪しきもの、穢れとして扱われていた。

 シュバルク皇帝は、さらに個人的な恨みももっている。

 シュバルク皇帝の両親、先代の皇帝は、モンスターによって殺されたのだ。

 それ以来、シュバルク皇帝は誰よりもモンスターを憎むようになった。


「モンスターの王国など、とうてい許せん。やつらは群れて、人間に牙をむく算段を立てているのかもしれない。もしかしたら、魔王が生まれているのかも……。それは放ってはおけないな。今すぐ滅ぼさねば……!」

「そうです! その通りです! しかもやつらは、かなり発展しており、富をかかえています。やつらを征服すれば、我々にも利益があるでしょう」

「ほう……なるほど、そうか。それはよくぞ知らせてくれたぞ、ゴーエン男爵。ほうびをとらせよう」

「は……! ありがたきお言葉!」


 ゴーエン男爵は、思った通りに事が進んで、しめしめと思っていた。

 シュバルク皇帝は、自ら剣をとり、部屋を出ていく。


「シュバルク陛下……!?」

「私も久しぶりに戦場に出ようと思ってな。モンスター……この私が、絶対に生かしてはおかん……!」


 その瞳には、憎悪が込められていた――。

 


 ◆



 デズモンド帝国からの使者を退けた俺たちは、戦争の準備をしていた。

 こうなった以上、デズモンド帝国も黙ってはいないだろう。

 人を殺してしまったモンスターは、駆除される。

 相手をやっつけてしまった以上、穏便にはすまない。

 おそらくデズモンド帝国はユグドラシル王国に戦争を仕掛けてくるだろう。

 俺たちも、それにそなえなければいけない。


 マルクの話によると、デズモンド帝国はかなりの軍事力をもっているらしい。

 個々の力では俺たちが勝っていても、デズモンド帝国相手だと数の面で、総合的には負ける。

 だから俺たちは、グリエンダ帝国に協力を仰ぐことにした。

 グリエンダ帝国に、伝言を伝える。

 伝言は列車のおかげで、すぐに伝わった。


 俺たちは連合国として、グリエンダ帝国にも参戦を依頼した。

 だが、返事はノーだった。


 グリエンダ帝国としては、表向きにはデズモンド帝国と対立することはできないそうだ。

 まあ、それもそうだろうな……。

 向こうにも、事情ってものがある。

 

 グリエンダ帝国とデズモンド帝国は、この大陸を2分する超大国だ。

 その2国がバランスをもっているおかげで、長らくの平和を維持してきた。

 その2国間のバランスが崩れるのは、国際情勢的にもまずいらしい。

 まして、ここでグリエンダ帝国が俺たちに力を貸すとなると、2大国家の全面戦争にもなりかねない。

 もしそうなれば、大変なことになってしまう。

 

 だが、グリエンダ帝国としてはユグドラシル王国をまもりたいそうだ。

 ということで、裏で軍事的な支援をしてくれるらしい。

 物資を送ってくれたりだとか、傭兵団を貸し出してくれたり。

 さすがに正規の兵は派兵できないそうだが。

 だがそれでも、かなりのたのもしい味方だ。

 俺たちはグリエンダ帝国に最大限の礼を言った。


 それから数日が経ち、いよいよ開戦の火ぶたが切られる。


 ユグドラシル王国に向けて、デズモンド帝国が進軍してきた。

 俺たちはそれを、森のはずれで迎え撃つ。

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