第48話 使者がきたよ
ユグドラシル王国に、謎の使者が現れた。
やつらは貴族のような恰好をしていて、なにやら仰々しい面持ちで、書類を手に持っていた。
豪奢な馬車で現れた一行は、デズモンド帝国を名乗った。
使者を名乗りながら、その後ろには兵士をいく人も引き連れている。
これは……穏便には済みそうにないな……?
デズモンド帝国の使者の後ろには、先日街から追い出したチンピラの姿もあった。
なるほど……つながりが見えてきたな。
「我はデズモンド帝国、ゴーエン男爵の使者、ギルグエンなり! この国の代表者に話がある」
「代表者なら俺だが……」
対応したのは、ゴブリンのリーダーであるヨークだ。
一応この国の代表者としては、ヨークが普段対応することになっている。
俺はあくまで、天皇陛下のように、崇められる存在だ。
日本でいうと、ヨークは総理大臣っていう感じだな。
俺も少し後ろから、ヨークのことを見守る。
「それで、この街になんのようだ?」
「ふん、魔物風情が、生意気に人間の言葉を話すんだな……」
「なに……?」
使者の不躾な言い方に、ヨークは眉を顰める。
「おっと、そう興奮するなよ、魔物。魔物はこれだからいけない、なんでも暴力で解決しようとするからな」
「いいから……さっさと要件を話せ」
使者はそうとう魔物を見下しているようだな。
デズモンド帝国、マルクから聞いていた通りの連中だ。
ヨークも怒りを抑えているが、そろそろ限界だろうな。
「話というのはこうだ。お前たち魔物は、どうやらこの森に国をつくりあげ、ユグドラシル王国と名乗っているそうだな?」
「ああ、そうだ。俺たちはユグドラシル王国だ。それがどうした?」
「だが所詮は魔物、貴様らだけの低知能では、とうてい国などやっていけないだろう。まあ、多少発展はしているようだがな。なにやら妙な機械類が置いてあるそうじゃないか。私たちはそれを高く評価している。そこでだ。ゴーエン男爵様から、ありがたぁーいご提案があったのだ。貴様らの国を、特別にゴーエン男爵領に加えてやろうということだ。どうだ、ありがたいだろう?」
「それはつまり……俺たちにすべてを受け渡せと言ってるってことか……?」
「ああ、今なら無条件で我々の領地に加えてやろうということだ。貴様らは足りない知能を補えるし、我々は貴様らの領地が手に入る。どちらにも利のある提案だと思うがな? まともな頭があれば、どうするべきかはわかるだろう? 痛い目にあいたくなければな」
「それはつまり……俺たちを脅してるってことか? 無条件降伏しなければ、今度は力ずくで武力行使するということか?」
「まあ、そうとってもらっても構わない」
「そうか……ふざけるなよ……!」
デズモンド帝国の要求は、とてもふざけたものだった。
無条件降伏し、自分たちにすべてを受け渡せというもの。
そんなの提案でも交渉でもなんでもない。
ただの脅しだ。
そんな提案、受け入れられるはずもない。
「ここは俺たちの国だ! お前たちになにかしてもらわなくても、俺たちにはセカイ様がいる! この神聖な世界樹の大地を、誰が貴様らなんかにやるものか! 帰ってくれ!」
ヨークは大声で反対した。
「交渉決裂か……。まあ、しょせんは魔物、なにが利益かわからないのだろう。まあいい、それならばこちらも好きにやるだけだ。せっかくチャンスを与えてやったというのに……ふん、わからぬやつらだ」
そのときだった。
先ほどまでヨークの横で話を聞いていたワーウルフのジョナスが前に出る。
やっぱワーウルフ、喧嘩っぱやいな……。
「おいオッサン、さっきから話をきいてたらよぉ! 俺たちのこと魔物だとか低知能だとか、馬鹿にしてくれやがって! なんだよ偉そうによぉ! 誰がてめえらの言うことなんかきくかってんだ! とっとと帰りやがれこのクソ野郎!」
ジョナスはそういうと、デズモンド帝国の使者ギルグエンに近づき、彼の胸ぐらをつかもうとした。
すると、そのときだった。
ジョナスの手が、ギルグエンに触れた瞬間だ。
ギルグエンの無表情な張り付いた顔が、怒りに豹変した。
そしてギルグエンは、ジョナスの手を振り払い、叫んだ。
「この……! 薄汚い魔物風情がぁ……! この神聖なる人間さまに触れるでない! 汚らわしい!」
まるでゴキブリにでも触られたかのように、嫌悪をあらわにするギルグエン。
そしてなんとギルグエンは、手を振り払うと同時に、魔法を放った。
いきなりだった。
いきなりのことだった。
あまりにも唐突で、脈絡のないその攻撃に、誰もが対応できなかった。
次の瞬間、ギルグエンから放たれた魔法が、ジョナスの首を貫いた。
「あ…………が………………は………………?」
ジョナスの首はその場に落ち、ジョナスは息絶えた。
一瞬の出来事だった。
俺もなにもできずに、その場に立ち尽くしていた……。
ジョナスが……死んだ…………?
一瞬、なにが起こったかわからなかった。
理解ができなかった。
「ふ、ふん……汚らわしい手で私に触れるからいけないのだ。身の程を知れ、魔物風情め」
この男は、なにをしたんだ……?
ただ触れられただけで、怒りにまかせて殺したのか……?
ジョナスはなにも悪くないのに……?
そんなことが、許されるのか……?
しかも、こいつは悪びれもせず……。
まるで俺たちを、虫けらかなにかだと思っている。
俺の中で、ふつふつとした怒りが湧いてくる。
そして次第に状況が飲み込めてくる。
この男は、明確に敵だ。
やつらは敵対の意を示した。
手を出したのは向こうだ。
もはやこうなってしまえば、話しあいどころではない。
奴らは我々に、手を出したのだ。
周りでみていたやつらも、俺と同じおもいだった。
ジョナスがいきなり殺されたことに、みな恐怖半分、怒り半分といったところだ。
特に目の前で見ていたヨークは、怒りに震えていた。
「セカイ様……こいつら、やっちゃっていいですよね……?」
ヨークが震えた声で俺に尋ねる。
俺は無言でうなずいた。
ヨークが後ろで待機していたオークやゴーレムに命令を下す。
「お前たち……! こちらの使者様がご乱心だ! 彼らは今この瞬間、我々ユグドラシル王国の明確な敵となった! 容赦はいらない……! 彼らを殲滅せよ! 繰り返す、彼らを殲滅せよ! 同志の仇をうつのだ!」
戦いの火ぶたが切って落とされた。
向こうも後には引けないと思ったのだろう、後ろで待機していた兵士たちが、一斉に剣を抜いた。
そこからは戦いがはじまった。
戦いはあっという間に決着がついた。
不意打ちでなければ、戦力的にはこちらが優っていた。
相手の魔法攻撃は、すべてエルフが魔法障壁で防いだ。
兵士たちの剣は、こちらの剣士部隊が上手だった。
なにせこちらには、聖剣もある。
俺も、怒りに任せて聖剣をふるった。
なによりこちらにはオークとゴーレムという2大兵器もある。
相手は少数精鋭できていたようだが、すぐに事は片付いた。
こちらはもとは残忍な魔物だ。
敵をすぐに殲滅した。
あとに残ったのは、大量の血と、肉の塊だ。
平和な森が、一気に戦場と化した。
ジョナス以外に、こちらに死者は出なかった。
何名か負傷はしたものの、すぐに治療したので大事には至らなかった。
「くそ……ジョナス……! なんで……! 俺は目の前にいたのに……救えなかった……!」
戦闘が終わり、ヨークが後悔の念を吐き出す。
「仕方ないさ……俺も、なにもできなかった」
みんなで慰め合い、ジョナスの死を嘆く。
そんななか、マルクが言う。
「でも……大変なことになりましたね……。男爵の使者を殺してしまいました……。こうなったら、もはや戦争は避けられませんよ……。こうなったら、デズモンド帝国も黙ってはいないでしょう。向こうには、この国に攻め入る絶好の言い訳になってしまいます」
たしかに、マルクのいうことはその通りだった。
相手からすれば、これは大義名分になりえる。
というかまさか……むこうは最初からそのつもりで使者をさしむけたのでは……?とすら思ってしまう。
「仕方ないさ。デズモンド帝国とは俺たちはわかりあえない。遅かれ早かれ、彼らと接触した以上、こうなることは避けられないかっただろう」
とヨークが言う。
たしかにそれもそうだろうな。
デズモンド帝国とはグリエンダ帝国とのように、仲良くできる未来は見えない。
「大丈夫だ、俺たちにはセカイ様もいる! 戦争になっても、負けることはないさ! むしろ、あんな連中、叩きのめしてやろうぜ! こうなったら正面きっての戦争だ! ジョナスの仇をうとう!」
「おおおおおおお!!!!」
ヨークの一声に、一丸となる国民たち。
しかし、俺にはどうしても懸念があった。
こうなってしまった以上、戦いは避けられないだろう。
だが、本当に勝てるのか……?
戦争とは軽くいっても、相手は大陸最強の帝国だぞ……?
こちらには十分な戦力があるとはいいがたい。
俺も、ジョナスのことは絶対に許せない。
だけど、それと現実問題、勝てるかどうかは別の問題だ。
「さて……どうすればいいか…………」
俺は頭を抱えるのだった。
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