第47話 強欲な男爵だよ


 チンピラどもを街から追い出したことを、ラック商会のマルクに話したところ。

 マルクは顔を真っ青にして言った。


「デズモンド帝国といえば……恐ろしい帝国じゃないですか……!」

「そうなのか……?」

「そいつらは、けつもちにデズモンド帝国の男爵がいると言ってたんですよね?」

「ああ」

「大変だ……」


 俺はデズモンド帝国なんてきいたこともなかったが……。


「デズモンド帝国は、ここから北に位置する帝国です。強大な軍事力を持つ、巨大国家ですよ。しかも、この街とはすこぶる相性が悪いんです……できれば関わり合いになりたくはなかったですよ……」

「どういうことだ?」


 マルクはどうやらデズモンド帝国について詳しく知ってるようすだ。

 だがそれにしても、この街と相性が悪いとはどういうことだろうか。


「デズモンド帝国は、すごく排他的な国なんです。まず、獣人やエルフ、ドワーフ、亜人などを極端に嫌っています。まして、ゴブリンなどのモンスターなんかもってのほかです。グリエンダ帝国は、その辺すごく理解がありますけどね……。デズモンド帝国はその真反対、亜人を差別し、排除してきた国なんです」

「なるほど、相性が悪いってのはそういうことか」

「なので、デズモンド帝国とこの街はもし仮に接触しても、かなり折り合いが悪いんですよ……。まさかとは思いますが、戦争なんてことにもなりかねません。もしそうなったら、今の我々ユグドラシル王国の戦力では、とてもデズモンド帝国にかないませんよ」

「そんなに強いのか?」


 俺たちの国も、エルフたちがかなり魔法をつかえるし、ゴーレムだっている。

 ワーウルフにオーク、普通の人間たちではかなわないほどの戦力があるはずだ。


「相手は帝国ですからね。数が違いますよ……」

「そうか、それもそうだな」


 だがまあ、俺たちがしたのは、ただの迷惑なチンピラを追い返しただけにすぎない。

 さすがにそれだけのことで戦争だの、国交が悪化したりだの、それはマルクが大げさなだけな気がするぞ。


「でも、さすがにそれは杞憂がすぎるんじゃないか? 相手はただのチンピラだぞ。そこまでの影響力はないだろう。けつもちがいるといっても、男爵一人だろ? 男爵にしたって、たいしたことはできないさ」

「そうとも限りませんよ……。デズモンド帝国の皇帝シュバルクは、モンスターや亜人を毛嫌いしているんです。それは単なる差別というだけでなく、かなり病的に嫌っています。もしこの街のことがシュバルクにまで知れたら……シュバルクはこの魔物だらけの国を良くは思わないでしょうね……。そんな国が自分の領土の近くに現れたなんてなると……」

「なるほどな……。まあ、何事もないことを祈ろう」



 ◆



 その男の名は、スレッダと言った。

 彼はデズモンド帝国出身の、いわゆるギャングであった。

 しかも並みのギャングではなく、男爵という後ろ盾もある、名の知れたギャングだ。


 スレッダがユグドラシル王国にやってきたのには、いくつか理由があった。

 スレッダは金に目がない男だ。

 常に金儲けのことを考えていた。

 うまい話しにはすぐに飛びつく。


 スレッダはある日、街でユグドラシル王国の噂をきいたのだ。

 なにやらレルギアーノ大森林の中に、世界樹を中心とした王国があると。

 スレッダはユグドラシル王国に強烈な金の臭いを感じた。

 話によると、ユグドラシル王国の運営は、主にモンスターや亜人によって行われている。

 しかもユグドラシル王国にはカジノまであるそうだ。

 カジノのディーラーは主にゴブリンがやってるらしい。

 そのようなことは、デズモンド帝国ではありえないことだった。

 スレッダは短絡的にこう考えた。


「モンスターがカジノだぁ……? へっへ、それはいいことをきいたぜ。ゴブリンなんて、どうせ知能が低い、あんなちっぽけな脳みそだ。俺様にかかれば、騙すのは簡単だ」


 スレッダは日ごろから、ギャンブルでイカサマをして、金を稼いでいた。

 カジノに乗り込んでは、ギャンブルで金をせしめる。

 ゴブリン相手なら、イカサマもさらに容易だと思ったのだ。

 

 スレッダが最初にユグドラシル王国の話をきいたのは、旅の吟遊詩人からだった。

 どうやら近隣の国から、ユグドラシル王国に観光客が流れ込んでいるらしい。

 そして情報を、実際にいったという観光客たちから集めた。

 デズモンド帝国の冒険者たちの中にも、ユグドラシル王国にいったという観光客がいた。

 

 だがしかし、実際にスレッダがユグドラシル王国にいったところ――。


 スレッダは、カジノでのイカサマを見抜かれてしまった。


「っく……どうしてなんだ……? 俺のイカサマは完璧だったはず……」


 スレッダは相手はゴブリンだと思ってなめてかかっていた。

 もし相手が普通の人間だった場合、スレッダたちの巧みなイカサマはばれていなかっただろう。

 だが、実際の相手は、進化の実で進化した、ゴブリングレートたち。

 ゴブリングレートたちの知能や動体視力は、並みの人間よりも高かった。

 それに、ユグドラシル王国を統べる、セカイにイカサマが通用するはずもなかった。


 スレッダは、あっさりとユグドラシル王国から追い出されることになる。

 追い出されたスレッダは、怒りに身を震わせた。


「くそ……あいつらめ……絶対に痛い目に合わせてやる……」


 デズモンド帝国に戻ったスレッダは自分の後ろ盾であるゴーエン男爵に、話をしにいくことにした。


「男爵、実は……こういう街がありまして……」


 スレッダはユグドラシル王国のことを男爵に話した。

 スレッダはユグドラシル王国で、さまざまな文明の利器を目にした。

 さらには、異常なまでに急速発展した街、それから料理や酒。

 ユグドラシル王国には、たくさんの物資や文化、財がある。


「なるほど……確かにその国は、おもしろいな。ぜひ手に入れたい」


 ゴーエン男爵は、スレッダに負けず劣らず強欲な男であった。

 ゴーエン男爵は近隣の部族などを襲撃し、無理やり自分の領地を広げるような男だった。

 しかも占領した領地には過度な税を敷き、圧政を強いる。

 スレッダから話をきいたゴーエン男爵の印象はこうだった。


「モンスターの王国か、ふん。知能の低い下等生物どもが。群れて人間の真似事か。ちょうどいい。そこに財があるのなら、奪い取って私のものにしてやろう。くっくっく……」


 モンスターの王国とだけきいて、ゴーエンは完全に舐めていた。

 シュバルク皇帝と同じく、ゴーエン男爵もまた、モンスターや亜人を見下し、軽蔑していた。

 デズモンド帝国の貴族たちは、みなどうようにそうだった。

 冒険者たちの中には、そういったことを気にしないものもいた。

 ユグドラシル王国に観光客としてやってきていたのは、そういう連中だろう。


 スレッダは、最初、ユグドラシル王国のカジノでこっそりと稼ぎ、自分の富を増やそうと考えていた。

 なぜなら、男爵に話をすれば、こうなると思っていたからだ。

 男爵がユグドラシル王国を手に入れてしまえば、自分の取り分はなくなる。

 だからそうなる前に、ユグドラシル王国のカジノで自分だけ稼ごうと思って、あのようなことをしたのだった。

 しかしそれが無理だとわかると、こんどは男爵に助けをもとめたのだ。

 男爵に話せば、強欲な男爵はきっとあのユグドラシル王国を手に入れようとするだろうとわかっていた。


 デズモンド帝国の法律では、貴族は自分で攻め滅ぼした土地は、自分の領地にしていいというふうになっている。

 その法律のおかげで、デズモンド帝国は今日まで領土を増やし続けていたのだ。


 スレッダは内心ほくそえんでいた。


「くっくっく……俺を侮ったこと、あいつらに後悔させてやる。おとなしく金を稼がせておけば、こうはならなかったのによぅ。ユグドラシル王国、滅びるべし……!」


 ゴーエン男爵がユグドラシル王国を滅ぼそうとするのは、なにも自分の私利私欲のためだけではなかった。

 彼には圧倒的な正義感や倫理観があった。それが正しいものかはさておき。

 デズモンド帝国の貴族の価値観では、モンスターの王国など、到底看過できるものではなかった。

 デズモンド帝国の宗教観では、モンスターとは滅ぼすべきものなのだ。

 ゴーエン男爵がユグドラシル王国を狙うのには、純粋な正義感も含まれていた。

 モンスターの王国など、治安のためにも、倫理的にも、到底存在していいものではない。

 それが富を持ち、栄えているといったらなおさらだ。


 そのことをスレッダもよく理解していたからこそ、ゴーエン男爵にこのことを話したのだった。


「よし、まずはそのユグドラシル王国に使者を送るとするか」


 ゴーエン男爵は、第一の矢を放つ。

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