第39話 やっぱり引きこもりだよ


 ある日のことだ、俺のもとに、久しぶりにモッコロが現れた。

 ラック商会は息子のドウェインに譲って任せているから、しばらくモッコロはこの街に顔を出してはいなかったのだ。

 それが、今度はあらたまって、なんのようだろうか。


「セカイ様、今回はお願いがあってまいりました」

「どうしたんだ……?」

「それが、一度グリエンダ王国に来ていただくことはできないでしょうか? バマク国王が、ぜひお会いして、お礼を言いたいとおっしゃっているのです」

「バマク国王……? 礼と言われても、俺はそんな、礼を言われるようなことをした覚えはないぞ?」


 グリエンダ王国か……。

 そういえば、俺はまだこの森を一歩も出たことがなかった。

 森どころか、この街からも出たことがない。

 別に街を出なくても、狩りはワーウルフたちがやってくれるし、物資を集めるのはゴブリンたちが、品物はモッコロのラック商会が持ってきてくれるからな。必要がなかったのだ。

 それに、何故だろうか、特に外に出たいとも思ったことがなかった。

 それはもともとの俺が引きこもりだというのもあるのだろうか。

 もしくは、世界樹である俺は、世界樹から離れることができないような、なにかそんな特別な力でも働いているのだろうか。


「それが、バマク王は病気に倒れられていたのですが……それを救ったのが、世界樹酒なのですよ。それで、バマク王はぜひセカイ様にお礼を言いたいと……」

「なるほど……世界樹酒か……」


 だが、困ったことになったな。

 王様に会うなんて、面倒だ。

 俺はただこの街でのんびりと平和に暮らしていたいだけなのに。

 さすがに世界樹酒は大事になりすぎたな……。

 いかんいかん、反省だ。

 もう少し、力を抑えていかなければならないかもな。

 だが、まあ王様が直々に会いたいと言ってくれているのに、断るわけにもいかないだろうな。

 礼を言われるくらいなら、まああってもいいか。


「よし、じゃあ行くか」

「セカイ様! いいのですか! ありがとうございます」

「まあ、俺も王都や他の街がどんなのか、気にならないわけでもないしな。この際だ、小旅行といこうじゃないか」


 俺はせっかくの異世界転生だっていうのに、今までこの街からろくに出ていなかった。

 普通、異世界転生っていえば、いろんな街を冒険したりするもんだろ?

 冒険者ギルドにいったりとかさ。

 他にも、街の市場で買い物したり、獣人を見物したりさ。

 だけど、俺ときたらこの街に引きこもりきりだ。

 なぜだか、不思議と外に出る気にならなかったんだよな。

 まあ、ほんのこの前まで、そもそも動けなかったわけだからな。

 それも、当然といえば当然か。


 俺はモッコロと共に、街の外へ――。

 ――出ようとした。


 しかし。


「あ、あれ…………?」

「どうされたのですか……?」

「う、動けない……」


 街の外へと踏み出そうとすると、どうしてもそこで足がすくむ。


「だ、ダメだ……モッコロ……引き返そう……」


 森の中をしばらく歩いたところで、俺はひどい頭痛と吐き気に襲われた。

 そして、街へと引き返すことに……。


「どうしたのでしょう、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫だ……」


 自分でも、驚いていた。

 俺は街から、どうやら出られないようなのだ。

 俺は一応、エルフのエラに確認する。


「なあ、世界樹って、世界樹から離れられないとかっていう制約があったりするのか……? 街から出られないとか?」

「いえ、そういったことはなかったかと思います。先代の世界樹様は、いろんなところに出かけられていました」

「そうか……じゃあ……」


 つまり、街から出られないのは、俺に原因があるということだ。


「そういうことか…………」


 俺は、思い出してしまった。

 自分自身が、根っからの引きこもりだということに。

 そう、俺は異世界に転生する前、引きこもりのニートだったのだ。

 家から出るなんて、せいぜいが深夜にコンビニに行くくらいなもので。

 電車にでも乗ろうものなら、パニック発作になるような男だった。

 

 そんな俺が、どうして王都なんかに行けると思った……?

 俺は、自分が引きこもりであることを忘れていたわけじゃない。

 ただ、この街が、あまりに居心地がよかった。

 それで、もう大丈夫なんじゃないかと、思ってしまっていたのだ。


 あくまでこの街は、俺の街だ。

 俺がずっと見守ってきたし、みんな俺の家族みたいなものだ。

 みんな俺を慕ってくれてるし、もう長年いっしょにいる。

 だから大丈夫だったのかもしれない。

 だけど、俺がここを離れて、外にいくとなると、話は別だ。


 やっぱり、外の世界は怖い……。

 できれば家に、内側に引きこもっていたい。

 それが俺の、本心だった。

 あの家が、この街に変わっただけで、俺の本質はなにもかわっちゃいなかった。


 そりゃあ、ただの引きニートが異世界転生したからって、いきなりうまくいくわけがない。

 いきなりコミュニケーション能力を発揮して、ガンガンいけるようになるなんて、そんなのは物語の中だけだ。

 俺は、あくまであの引きこもっていたころから、何一つ変わっちゃいない。

 俺は、まだ外に出ることが、できないのか……?


 やっぱり、どうしても王都に行くのは怖かった。

 この街に、観光客が来たりするのは、平気みたいだ。

 この街は、家という感覚がして、来客が来る分には平気なのかもしれない。


 だけど、他の街に行くとなれば話は別だ。

 他の街には、もっと大量に、知らない人がいる。

 しかも、みんな外国人、どころか、異世界人だ。

 文化も違うし、きっと俺は白い目で見られるだろう。

 それを考えただけでも、吐き気がする。


 しかも、王様に会いに、城にいくとか……いきなりハードルが高すぎる。

 俺は人見知りだし、そんな偉い人に会うとかも、キツイ。

 正直、無理だ。

 ああ、こうしていざ外に出ようとすると、いろいろ思い出してしまって、しんどい。

 今まで、俺は無視して、気づかないようにしていただけだったのか。


 俺はいままで、街の外へ出ようとしなかったわけじゃなく、出られなかったのだ。

 そのことに気づいてしまった。

 今まで自覚しないようにしていたけど、俺はやはり、なにもかわっちゃいなかった。

 外は、怖い。

 俺は転生しても、俺のままだ。


 引きこもりがなんで外に出られないか。

 家となにが違うんだ。

 いや、コンビニにはいけたじゃん。

 それはそうかもしれない。

 他の人からみたら、おかしなことかもしれない。

 だけど、俺はどうしても出られないんだ。

 ニートの気持ちはニートにしかわからない。

 やっぱり俺は、引きこもりだ――。


 世界樹に転生して、この場所で、みんなにちやほやされて、いい気になって。

 俺は少しは、人に慣れた気がしていた。

 今の俺なら、多少はマシな気がしていた。

 だけど、違った。

 この街のみんなは、結局は向こうから寄ってきてくれた人たちだ。

 みんな俺に優しいし、当然、俺のことを理解してくれている。

 そんな人たちの中にいれば、居心地がいいのは当然だ。


 だけど、いざ大海原に出ようとすると、どうしても足がすくむ。

 俺は、漕ぎ出せない。


「モッコロ……すまない、俺は……この街を出られそうにない……」

「セカイ様……、わかりました。セカイ様には、なにかご事情があるみたいですね……」

「ああ、ほんとうにすまない……」

「王様には上手く伝えておきます」


 それにしても、困ったな。

 今後のことも考えると、俺は一生この街の中なのか……?

 せっかく異世界転生したのに、また引きこもったまま一生を終えるのか……?


 異世界なんだし、外の世界にはもっと楽しいことが待ち受けているかもしれないのに?

 これはなんとか、対策を講じねばな……。

 だけど、今のところは、俺はどうにも外には出られないみたいだ――。

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