第38話 王様だよ


 グリエンダ王国のバマク国王は、城のベランダで夕陽を見ながら、黄昏ていた。


「ふむ……我が国は今日も平和だな」


 風が冷たくなってきたので、そろそろ部屋に戻ろうとした、そのときだった。

 バマクの心臓に、ちくっとした痛みが走る。


「う…………」


 そして、バマクはその場に倒れてしまった。

 急いで、執事が駆け寄ってくる。


「バマク王……!」


 それからバマクはだだっ広いベッドに寝かされて、診察を受けた。

 医師によると、バマクは心臓の病気だという。

 幸い、意識は回復したが、バマクは起き上がることができない。


「ぐ……うう…………」

「王様……」

「苦労をかけるな、セバスチャンよ」

「いえいえ、それより、今はご自身のお体を心配してください」


 バマクは病気で倒れながらも、執事のセバスチャンを気遣うほど、できた王だった。

 バマク王が倒れたという話は、すぐにモッコロの耳にも届いた。

 日頃から王家ともかかわりがあったモッコロは、すぐに病床の王のもとを訪れた。


「おお、モッコロか。わざわざ見舞いにきてくれたのか、ありがたい」

「王様、起き上がらないでください……そのままで大丈夫ですので」

「ああ、すまないな……けほけほ……」

「王様、渡したいものがあります」

「こ、これは……?」


 モッコロが取り出したのは、一本の酒瓶だった。

 病気のものに酒を飲ませるとは、普通に考えれば、おかしな行動だ。


「これは、世界樹酒というものです」

「世界樹酒……? とな」

「そうです、以前から、世界樹のセカイ様のお話はしていましたよね」

「ああ、あの面白いボードゲームを作った人物だろう」


 モッコロは、バマクと会うたびに、セカイの話をうれしそうにきかせていた。

 バマクも、自分の国に多大な利益をもたらしてくれているそのセカイという存在を、こころよく思っていた。

 そして、興味ももっていた。

 モッコロがボードゲームを王都に広めてからは、さらにその興味が増していた。

 セカイという人物はどんなものなのだろうと。

 バマクも信用を置いているモッコロがこれほどまでに心酔する相手とは、どんなものなのだろうと。

 バマクは話にきくだけで、そのセカイという存在が、ただならぬ大人物であることは確信していた。

 モッコロを助けた話もそうだし、ボードゲームなどという得体の知れない、未知の面白いものを思いつくような人物だ。

 ただならぬ人物であることは間違いなかった。


 そんなセカイがもたらしたという、世界樹酒。

 バマクは、さっそくその酒に興味を持った。


「これは、そのセカイ様からお恵みいただいたものです」

「それで、これが何だというのだ……?」

「街で、病気に伏せっていた父がこれを飲み、病気が治ったという娘がいます」

「なんと……!」

「はい、ですので、これを飲めば、もしやと思いまして」

「そうか、それはたすかる。さっそく試してみよう」


 バマクは、モッコロの話をほぼ完全に信用していた。

 なにより信用のおけるモッコロがもってきたものだ。

 それに、セカイという人物がもたらしたものだから、すごいものに違いない。

 だが、執事のセバスチャンはいぶかしんでいた。


「王様。そんな……! 得体の知れないもの……お体に障るかもしれませんぞ。酒は病に禁物です」

「よい、大丈夫だ。モッコロもこう言ってるじゃないか」

「ですが……。しかたありません、まずはわたくしが毒見を……」


 セバスチャンは、一口世界樹酒に口をつけた。

 すると、なんということか。

 セバスチャンの、視力を失っていた左目に、光が戻った。

 執事であるセバスチャンは、執事となる前は、傭兵だった。

 そのときに、セバスチャンは左目の視力を失い、今は眼帯をつけていた。

 余談だが、このセバスチャンは今でも暗殺などの任務もこなす。


 そんなセバスチャンは、酒を飲み終えたとたん、左目に違和感を感じた。

 そして、眼帯をはずしてみると、なんと、見えるではないか……。

 暗闇に閉ざされていた視界が、今ははっきりと見える。


「こ、これは……!」

「どうした、セバスチャン」

「王様、これはすごいです……! この酒は、ほんものですぞ……!」

「そ、そうか……。セバスチャンまでそう言うか。なら、さっそく飲むぞ……!」


 目が見えることに感動しているセバスチャンをよそに、王はさっそく世界樹酒に口をつける。

 すると、王をむしばんでいた心臓の痛みが、みるみるうちにひいていった。


「おお……! これはすごい……! すこぶる体調がいいぞ……!」


 さきほどまでベッドで横になっていた王は、いきなりその場に立ち上がった。

 そして小躍りしてみせる。


「王、大丈夫なのですか……!? そんないきなり動いて……」

「大丈夫だ……! ほれ、このとおり!」


 王は蹴る殴るなどの素振りをしてみせた。

 どうやら、王の病気は完全に癒えたようだった。

 それどころか、歳からくる腰の痛みなども癒えて、前よりも元気なようだった。


「モッコロよ……。すばらしい酒を、ありがとう。お前のおかげで、一命をとりとめた」

「いえ、私は王に当然の恩義をお返ししたまでです。それに、すごいのは私ではなく、セカイ様です」

「そうだな。そのセカイという人物は、命の恩人だ。そうだな。一度会って、礼を言いたい。そのセカイ殿をこの城に呼ぶことはできんか……?」


 王はモッコロにそんなことを言った。


「そうですねえ……セカイ様が何というかはわかりませんが……。いちど、招待だけしてみましょうか」

「頼む」


 ということで、モッコロはしぶしぶ、王に言われて、セカイを城に招く手筈を整えることとなった。



 ◇



「はっくしょん……! 俺、どっかで噂されてるのか……?」


 人知れず、くしゃみをするセカイであった。

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