第27話 世界樹酒だよ


 そういえば久々に、モッコロが来た。

 モッコロは人間姿の俺に驚くと、感動のあまり飛び跳ねて、俺の手をきつく握ってきた。


「おお! これがセカイ様の本当のお姿なのですね……!? なんとも神々しい……! 今後とも、よろしくお願いします!」

「あ、ああ……こっちこそ、よろしくな」


 モッコロには、野菜や、酒を売りつけた。

 そして代わりに、香辛料などを売ってもらう。

 ゴブリン酒にエルフ酒、売れるものはたくさんある。

 人間たちも珍しい酒が飲めるということで、大人気らしい。


「そういえば、世界樹酒を造ったんだ」

「世界樹酒……ですか」


 俺の幹からわずかにとれる、世界樹のしずく。

 それから、世界樹の葉、それらをつかって、世界樹酒というものを、街をあげて開発した。

 これが非常に美味く、疲れもとれるということで、すでに街では大人気だった。


「ふむ……たしかにこれは美味しいですね。これは売れそうです」

「だろ?」


 モッコロは、世界樹酒にかなりの高額な値をつけた。


 このとき、俺たちはまだ知らなかった。

 世界樹酒に、とんでもない効能があることを……。



 ◇



 モッコロが街に帰り、酒を商店に並べると、すぐに世界樹酒は売れていった。

 世界樹酒を買ったのは、とある町娘だった。

 彼女の名は、シーナ。

 シーナには、病気の父がいた。


 父、エドワードは、不治の病にかかっている。

 そのせいで、もはや外を歩けないほど弱っていた。

 身体も苦しく、一日中ベッドで寝ているしかない生活。

 なにも楽しみもなく、生きる希望もなかった。


 エドワードは、病気になる前から、とんでもない大酒飲みだった。

 酒が唯一の楽しみというほどの、酒豪だった。

 しかし、病気になってからは、医者に酒をとめらていた。

 だが、最近、死期が近づいていることが、はた目にもわかるほど、彼は弱っていた。

 すると、どうせ死ぬのだからと、自暴自棄になり、エドワードはまた酒を飲みだした。


 ベッドで寝ているしかない身体だ。

 もはや酒を浴びることくらいしか、楽しみがなかった。

 シーナは最初こそ、酒を飲むのを止めようとしたが、あまりにもエドワードが不憫なので、もう言うのをやめにした。

 どうせ治らない病なら、最後くらい、好きに酒を飲ませてやろうと思ったのだ。


 エドワードを不憫に思ったシーナは、せめて最後に好きなだけ酒を飲ませてやろうと思って、せっかくだから、珍しい酒でもと思い、いろんな酒を買って帰るようになった。

 モッコロの店は、最近いろんな珍しい酒をとりあつかい始めた。

 ゴブリン酒やエルフ酒、それらを買ってかえると、エドワードはとても喜んだ。

 そんなある日、世界樹酒というとても珍しい、聴いたこともないような酒を見つけたのだ。

 すこし値は張るが、せっかくなのでと、シーナはそれを買って帰った。


「お父さん、これは世界樹酒ですって。ちょっと高かったのだけれど、きっと美味しいはずだわ」

「おお、シーナ。ありがとうな」


 エドワードはどんな酒なのかと、わくわくしながら、それを口にした。

 すると、みるみるうちに元気が湧いてくるではないか!

 エドワードの弱った体に、力が湧いてくる。

 そして、一口、また一口と飲んでいくと、どんどんと病状がよくなっていった。


「な、なんだこれは……!?」

「どうしたの!? お父さん!?」

「すごいぞこれは……! なんだか元気になった気がする……!」


 そういうと、エドワードはおもむろに立ち上がった。

 そしてこれ見よがしに、上腕二頭筋を隆起させる。


「お父さん、そんな、立ち上がって大丈夫なの……!?」

「ああ、なんだかすっかり元気になった気がするぞ!」


 それから、不思議に思った二人は、医者にもう一度みてもらうことにした。

 すると、医者は思いがけないことを口にした。


「あ、ありえません……! 完治しています……!」

「ええ……!?」


 なんと、エドワードの病気はすっかり消え去っていたのだ。

 二人は顔を見合わせた。


「すごいぞ! あの酒のおかげだ!」

「どういうことなの……!?」

「ありがとうな、シーナ! おまえのおかげだ……!」

「でも、ほんとうによかったわ。お父さん」


 それから、シーナはこのことを、モッコロに伝えた。


「えぇ……!? それは本当ですか!? お客さん!」


 モッコロは、これはおそらく、世界樹の効果なのだろうと思った。

 世界樹の実には、人の体力を回復させたり、モンスターを進化させる効能があった。

 なら、世界樹のしずくにも、なにか効果があってもおかしくないはずだ。

 なるほど、世界樹のしずくには、病気を治す効果があるのか、とモッコロは納得した。


「これはとんでもないことになったぞ……」


 さすがに、このまま世界樹の酒を売ることはできないと判断したモッコロは、一度販売をとりやめた。

 そして今度は、一度セカイに相談をしようと思い、街へとやってきた。


「……と、いうことなんですが……。どうしましょうか……?」

「どうって、別にいいんじゃないのか? 病気が治るなら、それで」

「このまま売り続けてもいいですかね?」

「うん、俺は気にしないよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 ということで、モッコロは世界樹の酒を大々的に売り出すことにした。

 ただし、その値段はそれなりに高く設定しておいた。

 病気が治る万能の酒ということで、それは飛ぶように売れた。

 そしてなんと、傷口や体力を回復する効能もあり、冒険者たちにもポーション代わりに売れた。

 上級回復ポーションよりも値は張るが、かなりの深い傷も治るということで、重宝された。


 街中の人は、病気が治って、あちこちで喜びの声があがった。

 中には、貴族まで買いに来ていたようだ。

 それに普通に酒として飲んでも、絶品だということで、あっというまに世界樹酒は大人気になった。

 

 この世界樹酒がのちに、エリクサーと呼ばれ伝説になるのは、また別の話である――。

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