─4─父という人

 生粋の武人である父さんは、初めて会った時気難しそうな人だなと思ったのだけれど、その予想は裏切られることはなかった。

 まともに言葉を交わしたのは、父さんが僕を訪ねてきた時だけ。

 村から首都までの旅の間、父さんは僕が何を話しかけても、うん、とか、そうか、みたいな返事しかしなかった。

 はたしてこれは、母さんと会った時からなのか、それとも別れてからなのか知るよしもない。

 これではまともに意思の疎通ははかれない。

 けれど、僕は父さんのことが知りたいと思った。

 だから僕は旅の道すがら、昼食や休憩の間を縫って、父さんの部下だという人達に色々と話しかけた。


「とにかく生真面目なんだよ、あの人は」


 父さんとの付き合いが一番長いというその兵士は、あご髭をなでながらそう言った。

 母親と死に別れ、慣れ親しんだ生まれ故郷を離れなければならなくなった、かわいそうな少年。

 彼の目からすると、僕はそう見えたのだろうか、彼は父さんについて色々なことを教えてくれた。

 その話を総合すると、予想に違わず父さんは無口で生真面目な人、ということだった。

 ある時、彼は人懐っこい水色の瞳で周囲を見回し、近くに人影が無いのを確認してから、僕に向かい手招きをした。

 そして、僕の耳に口を近付けて小声で囁いた。


「実はさ、あの人にはさ、昔結婚話があったんだよ。それもさ、軍部の有力者のお嬢さんとね。受けりゃすんなり出世街道まっしぐらだったのに、あの人はすっぱりと断ったんだ」


「本当? いつの話?」


「ああ。そうさなあ、あの村へ派遣される少し前だったかな。……ま、これは噂なんだけど」


 再び彼は周囲をうかがう。

 そしてさらに声を落としてこう言った。


「そんな良い話を断ったから、あの人は『島流し』されたんだって、みんな口をそろえて言ってるよ。実際あの人は、ずいぶん遠回りしてたからね」


 自分が同じ立場なら喜んで飛び付くのに。

 言いながら彼は茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。

 そんな彼の前で、僕は首をかしげた。


「どうして父さんは、話を断ったんだと思う?」


 口をついて出た素朴な疑問に、彼はいたずらっぽく片目をつぶって見せた。


「そりゃたぶん、コネで出世したと思われたくなかったからだろ。あの頬の傷、見ただろ? わざわざ最前線でこしらえたんだよ」


 自分の地位と名誉は自らの手で掴んでこそ武人の誉れ、っていうわけさ。

 腕組みしながら彼はしかつめらしい顔をして話を締めくくった。

 生真面目な父さんならば、確かにそう思うかもしれない。

 納得して、僕はうなずく。

 その僕に彼はにやりと笑ってみせる。

 同時に出発の号令が響きわたったので、結局それ以上、僕は父さんについて知ることはできなかった。


 ある時は父さんと一緒に馬の背に揺られ、またある時は馬車に揺られること約二週間。

 ようやくたどり着いた首都は、春なのにも関わらず冷たい空気に包まれていた。

 それは、体感的な気温もそうだけれど、住んでいる人たちの『心』から感じられるものだった。

 街を行き交う人々は顔をあわせても挨拶一つなく、すれ違いざまに肩がぶつかっても頭を下げようともしない。

 狭い田舎の村で肩を寄せあって暮らしていた僕にとっては、信じられないことだった。

 建ち並ぶ建物はどれも無個性で味気なく、これから二人で住むことになった父さんの家は、なぜか無駄に広かったのも『寒さ』を感じる要因だったのかもしれない。

 こうして互いを良く知る機会が持てぬまま、首都で父子二人での生活が始まった。


    ※


「何か、変わったことや困ったことはないか?」


 父さんと暮らし始めて一ヶ月がたったころ、いつもと同じ時間に帰ってくるなり父さんはそう言った。

 一体何事かと言葉を失う僕に、父さんはまったく同じ言葉を繰り返した。


「別に、何も……。でも、何で?」


 答えながら首をひねる僕。

 それを意に介することなく、父さんは僕の真正面に座る。

 そして、一呼吸置いてから、おもむろに切り出した。


「お前には神官になれる力があると、主任司祭殿は言っていたな?」


 父さんの言葉に、僕はうなずいた。

 その『力』を無意識のうちに使うことによって、僕は見えない物を見ているのだから。

 けれど、父さんが何でこんなことを言うのか、まだよく解らない。

 ガラス玉の瞳を向けられた父さんは、ようやく重い口を開いた。


「お前の『力』を父さんに……いや、この国に貸してくれないか? この馬鹿げた戦争を、お前ならば終わらせられると思うんだ」


 父さんの黒い瞳は、いつになく強い光を湛えている。

 言葉を失う僕に、父さんは続けた。


「もう二度と、私達のような家族を作らないためにも、お前の『力』が必要なんだ。頼む……」


 『家族』、という言葉を口にする時、父さんは特に力を込めて言った。

 でも、本当に僕にそんなことができるのだろうか。

 疑問に思いながらも父さんの言葉に抗えず、僕はいつしかうなずいていた。

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